第22話 マイルド無力化兵器1

 購入というより、交換になった真作絵画と複製品20点は、アイテムボックスに収納していくことにした。

 店主さんと用心棒氏には驚かれたが、その後で次の輸送の依頼を受けてほしいと頼まれることになった。こういうコネはあった方が良いに違いない。

 最後はシーシオン氏と握手までして別れた俺達は、どうせだから内区の他の店も見てみようと、中心にある領主館の方向へと大通りを進んだ。


「ところでよ、マーちゃん。どうにも内区の様子がおかしいんだが、俺の気の所為せいじゃあねえよな」


 夏の神官服にマスクという格好で通りを歩いていると、街路の地面に寝ている人々が見えてきたのだ。全員が茶色い柔らかそうなシートの上に寝ていた。どう見てもおかしい。


「あれは『ふんわり入眠罠 地面75』だ。スーちゃんが使用してしまったようだが、寝ているのは一般市民が多いな。あの茶色いシートは踏むなよ」


 地面に敷いてあるシートは、マーちゃんの言葉によればわなの一種であるらしい。アレはマイルドな無力化装備だろう。縦にかれたシートは大通りの半分をふさいでいた。


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●ふんわり入眠罠にゅうみんわな地面じめん75』

地面にくタイプの75メートル✕5メートルのシート。

踏むと寝たくなり、2ザイト(4時間)は眠ってしまう。覚醒時はスッキリする。ふんわりしているので、倒れてもケガしない。

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 鑑定で見てみると、これまた微妙な結果が返ってきた。


「また使い道の難しいヤツを出してきたな。アレは踏ませりゃ良いが、こっちが踏んじまうと駄目なヤツじゃねえか」


「ケンチの言う通りなのだ。今まで出さなかったのはソレが原因でな。それでも今回は、スーちゃんに試験的に渡してみた」


 マーちゃんの説明では、危険性の低い兵器については、スーちゃんにいくつか渡したとのことだ。

 わなについては一般の人も捕まっているものの、ここは馬車や騎獣もあまり通らないし、ここまで目立つと逆に近寄られることもないだろう。シートの上が満員なので、これ以上の犠牲者も出そうにない。


「ケンチ、散布された薬物の匂いがする。マスクを取るなよ。これは散布型無力化薬『黄色い朝陽』だな。あそこの、甘いものが売っている店が混んでいる原因だ」


 シートの場所を通りすぎると、マーちゃんから注意が飛んできた。


 散布型無力化薬『黄色い朝陽』とは、突然甘いものが食べたくなるという、どこかで聞いたことがある効果の薬品だった。徹夜での麻雀マージャンの後に、チョコレートパフェが欲しくなる様な勢いの効果に襲われるとのことだ。

 よくよく聞けば、地球のファンタジードラマを参考に作成したということだった。


「仕方がねえ。甘いもんの店は次の機会だ。孤児院に持っていけそうなんだがな。酒飲み共もああいうのは好きだろうぜ」


 そんなわけで、高級スイーツのお店もスルーと相成あいなった。






 内区自体は、直径2キロメートルぐらいの円形の都市になる。大通りもそこまで長いわけでもなく、門からでも比較的早い時間で領主館までついてしまう。

 寄りたい多くの店をスルーした俺たちも、あっという間に領主館の近くまで来てしまった。

 領主館の壁の向こうからは、何故か煙幕えんまくの様な煙が上がっている。


「あー……マーちゃん? 俺が鑑定したとこじゃ、ありゃ呪法じゅほう煙幕って出るんだが。あの煙に巻かれたらヤベえよな?」


 マスクをした俺は、念話は使えないので小声で頭上のマーちゃんに聞いてみた。


「そうだな、ケンチ。アレは極限までダメージを減らした煙幕なのだ。欠点は、冷酷な人物と問題解決能力のある人物には効果が薄い点だ」


 うちのマイルド造兵廠ぞうへいしょう姉さんからは、またもや微妙な兵器についての返事があった。


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呪法じゅほう煙幕『人生劇場』

高機能煙幕。煙に巻き込まれると、世知辛せちがらい事件が起こる効果を持っている。

知り合いのオバチャンが、お見合いの話を持ってきた日には、屈強な兵士も1ザイト(2時間)は拘束されてしまうだろう。

最大肉体ダメージはビンタ。最大精神ダメージはほろ苦い思い出。

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 こういった効果については、問題処理能力が高い相手には効きづらいに違いない。またしがらみの無い反社会的人物にも効果は薄いだろうと思う。


 それはともかくとして、先程からマーちゃん製マイルド無力化兵器が活躍している理由とは何であろうか。俺は激しく不安になってきた。


「マーちゃん、今日はスーちゃんが内区に来てんだよな。ひょっとすると、転移で移動してきて何かの拍子に見つかったのかもしれねえ。もうフロアに戻って来てねえかな?」


 被害の方向を見るに、スーちゃんは領主館に転移してきて見つかり、大通りを南へ逃走しながら無力化兵器を使ったということになるだろう。

 転移の術で即座に逃げないのは、それが使えることを知られたくない▪▪▪▪▪▪▪からだ。


 そしてスーちゃんが帰る先は、俺のアイテムボックスの中なので、帰って来たならマーちゃんが気がつくようになっているわけだ。


「スーちゃんは戻ったようだな。ダミノルさんと一緒だ。それからな、ケンチ。前方から衛兵が30名ほど接近中だ」


 うちのビターマイルド姉さんから、それなりの人数がこちらに接近中である旨のお知らせが来た。アレは今日の領主館内警護チームではないだろうか。

 こちらに来ている衛兵達は、見たところ東地区の連中のようだ。綺麗な隊列を維持しながら、先頭のハマート・オヨイデンシャイゼ隊長に続いて行進しているように見えた。


「ありゃ東地区の連中だな。俺が世話になるこたぁ少ねえ人らだ。マーちゃん、良い機会だからよ、ちょっと袖の下を出してえ。良いかな?」


 ここは聞ける情報は聞いておく手だ。マーちゃんには金貨をお願いしてみた。美術品で一枚も飛んで行かなかったのは大きいのだ。お願いの後で、金貨33枚がジャラジャラと出てきたのには感謝しかない。


「こりゃ、オヨイデンシャイゼの旦那だんなじゃねえですか。お疲れ様です。探索者のケンチですよ。こんな所でどうなすったんで? 内区じゃ物入ものいりでしょう。こいつで何か旨いもんでも買ってくだせえ」


 俺は隊列に素早く近づくと、隊長に4枚、他の連中には1枚ずつの金貨を配り回った。


「ん!? ケンチではないか! 無事に戻ったようだな。そうか……俺たちは何をしてたんだろうな。館の周囲を巡回する命令は受けたのだが……それは別の班の仕事であったはずだ。それより、これはありがたくもらっておこう。何かあったら相談しろ」

 

 一見いっけんしておかたいように見えるオヨイデンシャイゼ隊長だが、貿易商どもを日頃から相手にしているような御人おひとなのだ。賄賂わいろについては慣れていて当然だった。

 気になる事と言えば、東地区の連中全員が催眠術にでもかかった様な事を言っていることだ。何があったか聞くしかない。



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