第23話 マイルド無力化兵器2

※今回は世知辛せちがい事件が連続して起きたために、いつもより長めです。


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「オヨイデンシャイゼの旦那だんな、ここで領主館の周囲を回ってらしたんですかい。何か煙が上がってましたんで、こっちに来てみたんですがね。中の方は大丈夫でえじょぶですかい?」


 周囲は混乱しているという程ではないが、静かなのに統制が取れていない雰囲気だけはたっぷりあった。どさくさにまぎれて、という風ではあったが予定どおりに聞いてみた。


「それがな、不思議で仕様がないのだ。我々は総督閣下が、執務室で飲んで騒いでいるのを聞きとがめて中に踏み込んだ。気がついたらここに居るという次第でな。どうなっているのか聞きたいのはこちらだ」


 東門隊長の話を聞いて、俺は即座に理解した。スーちゃんの持っていった高い酒は効きすぎたようなのだ。

 ヒルマッカラン総督閣下のご機嫌な声は、館内を巡回中の衛士には無視できない勢いだったのだろう。見つかって当然だった。内緒で来いとか言った閣下も同罪ってところだ。


「そいつぁ災難でしたね。俺みてえなのが居たら邪魔になるだけだ。今日はこの辺で、失礼さしてもらいやすぜ」


 オヨイデンシャイゼ隊長にはそう言って、俺は内壁の南門を急いでくぐり抜けることにした。出入でいりの状況はチェックされているのだ。

 内壁を出ると、人目の無い場所を探して転移の術でアパートの部屋まで飛んで帰った。こういう時は、マーちゃんの転移の術は本当に助かる。






「マーちゃん、領主館はどうなったか出来たら知りてえ。黒クモさん辺りが動いてくれねえかな?」


 アパートの部屋に戻った俺は、フロア内に入ってからすぐにマーちゃんにお願いした。


「それについてはTチームを動かした。すでに内壁の内側に入り込んで、関係者の情報を収集している最中だ。怪我ケガ人と死亡者はいないようだな」


 うちのトカゲ姉さんの即応力に感謝だ。Tチームの第2ローテーションを構成する黒クモさん30機は、公衆トイレと施療院から離脱して内区へ入った後だった。上がってくる情報を待つしかない。


「お帰りなさい。2人とも絵は買えた? 私の方は総督閣下が騒いじゃって、衛士さんに見つかったものだから、ダミノルさんと新装備をいて来ちゃったのよ」


 やれやれと落ち着いたところで、スーちゃんの呑気のんきなアルトボイスの念話が聞こえてきた。

 今回は、このドラゴンライターさんの才能に助けられたこともあって、俺たちの方からもヤイのヤイのと言うわけにはいかない。

 スーちゃんには、美術商での出来事と内区の様子を見た限り伝えておくことにした。

 ついでなので、東地区の衛兵チームに何をしたかも聞いてみた。


「あれね、とっさの事だったからコレを使ってみたの。30人ぐらいが、まとめて言うことを聞いてくれたわね」


 スーちゃんのいうコレとは、彼女の頭に乗った金色の大きな王冠おうかんだった。


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●強制王冠おうかん『全裸キング』

全裸である場合に限り、ほとんどの人間に命令を下すことが出来る。

命令の対象者以外には効果が及ばない為、通報されないように注意が必要。はたからは馬鹿にしか見えない。

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 鑑定で見たところは、これまた困った機能の地球産アイテムだった。

 ほとんどの人間が、この王冠を使用する事を躊躇ためらうだろう。


 だがここで、素晴らしい発想がマーちゃん達に訪れた。これを使用する為の理想的な存在がいることに気がついたのだ。ドラゴンであるスーちゃんは、その種族ゆえに常に全裸だったのである。


「スーちゃんにとっては、理想的な手段になると思ったのだ。スーちゃんは性格も良いから、無体むたいな命令も下さないという確信もあった。今日の相手も、遠ざけられただけで済んだようだしな」


 うちの裸の女王様姉さんの台詞を聞いて、なるほどと納得してしまった。東地区の衛士チームは「領主館の外を巡回せよ」という命令で追いやられただけだった。それは仕方がないところだろう。


 ちなみに全裸キングの使用条件が厳しいのは、強力な呪術的効果に対する代償であるらしい。押さえようにもここまでが限界であったとのことだ。


 他のマイルド兵器に関する被害状況が入って来たのは、それからしばらく後になってのことだった。






「今回の、領主館周辺の被害状況のまとめが上がって来たぞ。喜ばしいことに人的損耗そんもうは無い。最終的に怪我ケガ人も出なかったそうだ。ただ妙な事件が3件ほど起きたらしな」


 うちのトカゲ姉さんからの報告によれば、今回の件は犠牲者も無く終息したとのことだった。

 ふんわり入眠わな『地面75』に捕らわれた人々は、およそ2ザイト(4時間)後に覚醒かくせいし「スッキリした」と言い残して全員が元に戻った。

 地面75自体は、時間の経過と共にモロモロの土のようになって消えた。


 無力化薬『黄色い朝陽』を吸引した衛士たちは、甘いものを食べた直後に全員が復帰出来た。この辺は山道でダルに取りかれるようなものだろう。対処方法を知られてしまえば役に立たないのだ。


「何かあったなぁ呪法煙幕の方だな。世知辛せちがらい事件が襲いかかってきちゃあ、腕っぷしより別の才能がいんだろ」


 俺はマーちゃんの言う、3件の妙な事件の方に興味があった。

 呪法煙幕『人生劇場』については、スーちゃんが普通の煙幕と間違えて投げてしまったそうだ。領主館内は警護が特別に厚いときては、あわてるのも仕方がないというところか。


「巻き込まれた警備の者は、48人程だそうだ。第1陣の30人は、個人的な事情で即座に解散した」


 マーちゃんの解説によれば第1陣の30人は、見合い話を持ってきたオバチャン、困り顔の若い女性、放っておけない雰囲気の若い男女によりりになってしまったとのことだった。

 俺としては、町内のめ事にひるまない連中の事を素直に尊敬してしまった。あの仕事は普通の根性ではつとまらないらしい。


「第2陣の18名だが、こちらが3件の妙な事件に当たったようだ。彼らは、6人ずつの3チームに別れてこれに対処した。私はこの街の衛兵諸氏をあなどっていた。皆が優秀な人材だと認める」


 マーちゃんがこう言うのも無理は無いだろう。3件の事案は、この世界特有の厄介な出来事だった。他人事だと思えないのは俺が経験者だからだ。


 1件目は「秋と冬の間だけ、領主館の地下にある暖房室に住まわせてほしい」というものだった。困ったことに相手は火の精霊だったのだ。


「その話なんだけどよ、結局は通っちまったんだろう? 普通に考えたらすげえ話だ。ヒルマッカランの旦那だんなが寝てる間に、適当なことをやった奴がいるにちげえねえぜ」


 詳細はさておき1件目は解決した。後のことは俺の管轄外かんかつがいだ。


 2件目は、領主館の庭に住んでいる小人の士族が、戦争になりそうなところを仲裁するというものだった。10センチぐらいの奴らが地下にいるそうなのである。


「彼らの調停能力には目を見張るものがあるな。スーちゃんが総督に渡したワインが消えたようだが、必要経費としては格安の部類に入るだろう」


 うちの軍事不介入姉さんによれば、総督の楽しみが消えた代わりに、目の前にある庭の平和は護られたとのことだった。景観を維持する、という意味においては喜ぶべきことだろう。


 俺としては3件目が1番不思議な話で、神の介入を疑いたくなる代物だった。


「モジョという動物がいるだろう? あのカピバラのようなやつだ。私も是非飼いたい。アレを飼っている人物がいてな。最初はペットのモジョが、その飼い主を呼びにきたことから始まったのだ」


 自分のペットに呼ばれ、ソレに連れられた男と5人の仲間は、用水路でおぼれている子供を救い出すことに成功した。

 その後もペットに連れ回され、親子喧嘩の仲裁ちゅうさいをやり、渋滞と化した高級スイーツ店の整理をやって、シオタイオ隊長の「陰謀が進行中だ!」という言葉に従い街の外にある『石の橋』を調べたりしたらしい。


「シオタイオ隊長が、動物好きだったのぁ意外だぜ。あの晩は、少しだけ光が漏れたのかもしれねえな」


 シオタイオ隊長以下6名は動物好きという共通点もあって、石の橋で童心に帰った後、串焼き屋ザッカネンで一緒に飲んで帰ったとのことだ。


 事件の後、関係者全員のポケットに金貨が2枚入っていたようだが、うちのお駄賃あげちゃう姉さんの気づかいというヤツだろう。


「事件に関する報告は以上だ。内区に関してだが、スーラミノルのこれ以上の侵入は無理だと判断した。ここは人間の振り作戦の出番ではないかと思うのだ」


 ここでマーちゃんの鶴の一声が出てしまった。俺としても同意見だ。内区にもたらされた騒乱は、外区のソレを余裕で上回ってしまったのだから。



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