第31話 詰め所

 マーちゃんと出会ってから18日目の朝の時間は、あまり聞きたくもないような話で終わってしまった。

 良かった事と言えば、お茶漬けを焼きさけと昆布の佃煮つくだにで食べられた事と、おかずの棒鱈ぼうだらの煮物が美味しかったこと、キノコのお吸い物が目の覚めるような出来であったことぐらいであった。言い忘れたが、セリと卵焼きもあってこれだって美味であったから、俺としては遺跡に行って無機質な相手に挑む気力は充分だった。


「マーちゃん、取りあえず今日は近い方の遺跡に潜ってみようぜ。技術情報だけでもいただいてくりゃあおんってやつだ。何を持って帰ったってガタガタ言われる心配もねえ」


 古代帝国期の建物というのは、国から指定されていない限りは法律で保護されているわけではない。何をやっても文句を言われたりしないのだ。

 放棄された大型建築物については全部がそうだったりする。


「ケンチ、それを聞いて安心した。実はダミノルさんのオプション換装が完了したのだ。ここはつかダミノルさんに期待してみよう。罠が面倒なので最も外側の壁から、解体して持っていこうと思うのだがどうだろう?」


 気が付かない内にダミノルさんは、遺跡発掘作業用のつかダミノルさんに換装されていたらしい。

 うちの重要文化財保護姉さんとしては、遺跡を解体して丸ごと持っていくつもりのようだった。


「まあ……あれだ。今回も後ろで、マーちゃんと駄弁だべってる間に全部終わるってんでも良いぜ。俺もりきみ返って怪我けがしてもアホみてえだからよ」


 ベアグリアスの件で、俺はらしくもない思考にとらわれていたらしい。

 華々しく活躍すると言っても記録にも何も残らないのだ。

 そして俺はマーちゃんに頼ってここまで来て、持って帰れる物についてもうちのトカゲ姉さん次第なのだった。

 うちの業界は勘違いした奴の墓標ぼひょうで、墓地のスペースが手狭てぜまになっているのを忘れるところだった。


およその見当はついているのだ。ここから近いのは2つの遺跡の内の上側だな。観測所と呼ばれる下層施設の為の詰め所だろう。職員の宿泊施設だそうだから、大した物は無いかもしれんが、例のハーケンケイムが徘徊はいかいしている可能性がある」


 マーちゃんも情報を得た知った上で、可能な限り用心深く立ち回ろうとしていることがうかがえた。心強い。


 そんなわけで、俺達は昨日の夕方に立ち止まった場所から、山脈にある遺跡の探索を再開することになったのである。






「山のかげになってると本当にわかんねえもんだよな。まさかのむき出しだってのぁ意外だったぜ」


 遺跡があったのは意外なことに、昨日に止まった場所からすぐの地点だった。


 そういう訳なので、塚ダミノルさん5体による遺跡の外壁撤去作業は即座に取りかかられたのだ。

 例によって振動も無いチェーンソーの様な道具によって、本来は解体が面倒な遺跡の外壁はチーズか何かのように切り取られて、空気に溶けるように消えていった。


「往来も無いような所であれば、こういうこともあるのだろうな。割と単純な構造の様で助かる。形状も四角だし、耐久性を優先した造りなのだろう。山の環境には合っている」


 山陰やまかげから俺達の目の前に現れたのは、たいらでくすんだ色をした古くなった切りもちの様な建物だった。

 一辺が150メートル程だろうか。高さの方は4メートルというところだ。

 腐っても帝国の産物らしく、入り口の様な物は見当たらなかった。


 俺はマーちゃんを頭に乗っけて、黙々と作業をするダミノルさん達を見ていた。

 使用する道具が砦の解体と同じ物で、ついでに山ダミノルさんや林ダミノルさんとの違いが不明なのだが、これは俺が知らなくても良いことなのだろう。気合いを入れてよく見ると、脚部と腕部の装甲がわずかに丸いことにようやく気が付いた。こういうのはマニアにしか分からない特徴ってやつだ。


「あれ、かなり便利な道具みてえだけどよ、どうやって壁なんかを切ってんだい? ひょっとして山の斜面なんかも、アレを使って掘れたりすんのかい?」


 丁度良い機会だったので、マーちゃんにはダミノルさんが使っている道具について聞いてみることにした。


「アレはな大型物質分解用工具ハヨンクレスァイというのだ。チェーンソーの刃に見える部分は、全体が物質分解の為のエネルギーだから触れるなよ。

以前、一緒に作業をしていた知り合いの人が上半身を無くしてしまってな。再生したが大変だったのだ。魂の方は容器に保存してどうにかした」


 どうやらあの道具についても、どれくらいの過去かは不明だが以前にひと悶着もんちゃくあったらしい。

 アレで切れない通常物質は今のところ無いそうだし、遺跡も前方から70メートル程がもう無くなっていた。ほとんどが空調設備用のパイプと水道管に、ベッドや机などの生活用品しか出てきていない。

 ちなみに会議用の黒板やらチョークやらも出たが、こういう物は既に各国が持っている技術なので、持っていっても大した値段で売れる代物ではなかった。孤児院と国の学校で活躍中なのだ。


「ん? 何か変な物を見つけたらしい。弱いが生体反応が出ている。10メートルぐらいの生物である様だからドラゴンかもしれん」


 遺跡の解体が半分ぐらい終わった頃、作業中のつかダミノルさんからマーちゃんに報告が飛んだらしかった。何か見つけたのだ。


「人間じゃねえ知り合いの友達かもしれねえよな。正直なとこ、あんまし会いたかねえんだが、そういう訳にもいかねえか」


 俺としては渋々しぶしぶという感じで、ダミノルさんが開けてくれた通路を伝ってくだんの場所まで入ってみることにした。

 天井も幅も4メートルに近いこの遺跡の通路は、息が詰まりそうな感覚とは無縁むえん代物しろもので通り易い。

 マーちゃんは相変わらず頭の上にモッチリと乗っかっている。


「これは……ケンチ、妙な既視感きしかんがあるが、栄養失調と脱水症状の様に見えるな。まだ危険性は低い様だが水の補給と食事が必要だ」


「どうしてこう、この山は行き倒れしかいねえんだろうな? とにかくここで死なれちゃ寝覚めがわりいぜ。マーちゃん、何とかしてやってくれ」


 目の前の行き倒れが、聞いていたドラゴンのスーラネオラの特徴とそっくりな事について俺はげんなりした。

 全長10メートルの赤い身体は何故かしおれて見えた。



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※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。


※第3章に16話『ミノル100%』を書き足しましたので、そりらもよろしくお願いいたします。

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