第30話 スーちゃん

「マーちゃん、こんなことに付き合ってもらっちまって何かわりいな。どうしても遺跡の場所だけは先に確認しておきてえんだよ」


 エっちゃんやブラバさんと別れた俺は、うちのトカゲ姉さんを頭に乗っけたまま山道を進んでいる最中だ。

 エっちゃんから聞いた遺跡の場所は、今いる山から隣の山まで行き、さらにその中腹辺りまで登った所にあるらしい。


 今回は山脈内での採掘という目的もあるのだが、途中から加わった遺跡の探索を優先してもらうことにしたのだ。

 過去の偉大な先輩であるベアグリアスが、いどやぶれたその場所を俺はどうしても見ておきたかった。


「気にするなケンチ。どうせ2ヶ月はここにいるのだろう。ところで、ヨッシュアたちは相手の女性に手切れ金を渡すことが出来ただろうか? 刃傷沙汰にんしょうざたに発展していないといいがな」


 うちの『仕事押し付けて逃げたよね』姉さんからは、あまり思い出したくないことも聞かれたが、遺跡行きには賛同してくれたので何よりだ。


「ああいうのも経験だぜ。わけえ間はな、信徒さんの相談に乗るのも探索者の修行ってやつだ。ゲロッシの旦那だんなだって、教会にゃあそれなりのお布施ふせを入れてくれてんだしよ」


 この業界に入ってもう10年になるが、自分もまだ25歳であることを棚に置いて、マーちゃんにはそんなことを返しておいた。

 どうして俺はあの手の旦那だんなに気に入られるのだろうか。


 ほとんどの夢や冒険は、俺達をむごい勢いで殺しにかかって来るものだが、あの様な依頼だって飲まないとやっていられない気分にさせてくれる物なのだ。

 しかもたちの悪いことに、アレは借金の取り立てや冠婚葬祭かんこんそうさいの仕切りと並んで、うちの組合の通常業務というやつなのである。


「ケンチ、そろそろ陽が落ちてきた。雲行きも怪しい。今日はここで移動を止めた方が良いかもしれん」


 俺が街で起きた件についてのと考えていると、ありがたいことに頭上のマーちゃんがそんなことを言ってくれた。

 うちの世話焼き姉さんは、こういう所が人間よりもはるかに優れていると思う。柔らかいアルトボイスは伊達だてではないらしい。


 人目も無いのでその場でフロアに戻り、その日は移動を終えてまったり過ごすことにした。






 日課をこなし眠りから覚めて、マーちゃんと出会ってからむかえた18日目の今日。俺たちはこの山脈の遺跡の手前まで来ていた為、朝から本日の探索についての話をしていた。


 土の精霊女子であるエっちゃんに聞いた話では、ここにある遺跡は2か所に存在しており、各々それぞれに役割の違う建物であったらしい。

 今日はその片方に行くわけなのだが、そこには遺跡の衛士が待っているのか、またはドラゴンが待っているのか分からないのだ。分かっているのは、どちらかに各々それぞれの片方が居るであろうことだけだった。


「マーちゃん、今日はよろしく頼むぜ。遺跡の衛士はきっとロボットみてえな奴だ。そんなら捕まえて、色々と調べてみりゃあ面白おもしれえんじゃねえかな」


 あのベアグリアスを殺したであろう存在については、特に警戒する必要があるだろう。どういう手段で彼がやられたかは分かっていないのだ。

 朝の東屋あずまやで、久しぶりのお茶漬けをき込みながら、俺は不明な相手のことを考えていた。


「ドラゴンの方かも知れんぞ、ケンチ。スーちゃんとは是非とも話をしてみたいのだ。他世界のドラゴンと違うかもしれん。エっちゃんからは、スーちゃんがマスコミ志望であるという話しか聞けてないのだ」


 うちの異種族交流姉さんとしては、話が通じそうな方に興味があるらしかった。


 俺としてはマスコミ志望という時点で、他の世界のドラゴンと確実に違うのではないかと思うのだが、実は他にも存在する可能性に気がついた時点で黙ることにした。

 まさかとは思うが、マーちゃんは以前にそんな奴に会ったことがあるのではないだろうか。知らなくても良いこと、というのは無数にあるのだと、このトカゲ姉さんと出会ってから俺は思い知ったのだ。

 別の意味でものすごく面倒な存在であることは、出会わなくとも分かりそうなプロフィールだった。


「まぁ、あれだ……。そのスーラネオラってドラゴンさんのこたぁ、会えたら何とかなりそうだよな。俺ぁ余計なこたぁ言わねえように黙ってるからよ、そこはマーちゃんの好きにしてくれてかまわねえぜ」


 俺はこの山脈行きに関しては単なるツアーガイドであるし、戦いになりそうな場合には前口上まえこうじょう担当なのだ。戦いにならないのであれば、出番なんぞは空気分子1個分もないはずだ。

 俺は最後の卵焼きを口に入れて、その話は終わりにさせてもらうことにした。

 そうしたかったのだが、うちのミニ天使トカゲ姉さんにはもちろん通用しなかった。


「こう見えても情報産業の人とは、何百億年も前になるがそれなりに付き合いがあったのだ。話は任せてもらおう。この界隈かいわいで、不特定多数から求められる情報というものも聞いてみたい」


 今のところ、スーちゃんが紙の製造設備と瓦版かわらばんの印刷手段を有していることだけは分かっている。

 俺が気にしているのは、そこに何を書いて誰に売っているのかということだった。


 ここは国をまたいで東西2000キロメートルもある山脈の中央部で、北のふもとから40キロメートルも分け行った場所にある山の中腹なのだ。

 近隣でのドラゴンの目撃情報は無いし、こちらから誰かが行こうにも、まともな装備無しでは自殺と同じ行為でしかない。

 俺がここに手ぶらで来れたのは、マーちゃんのヒモ▪▪をやっていて食事も風呂もいつでも提供されるからだ。もちろん安全に寝ることも出来る。


 今回の相手が両方とも、人間を鼻で笑う様な怪物であることは間違いない。

 それでも俺は、この仕事にたずさわる上で神秘性の欠片も無いような相手に、不毛な問答もんどうをやらねばならない状況だけは絶対に避けたかった。



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