第29話 山の上でいつまでも

 俺はマーちゃんと、アイテムボックス内のフロアにある白い豆腐の様な形の倉庫に入って、変身コンテナ『木になりたい』を取ってきた。

 この『色々なりきり可逆不可逆変身コンテナ』という危険な雰囲気しかないアイテムを使用することについて、俺としてはめた方が良いのではないかと思う。

 だがブラバさんの特殊な願いに対しては、これ以外の良い案が他に無いこともまた事実なのだ。

 対象者が岩や水や風になって、内的にはどういう状態になるのかは不明だが、俺は今回も色々と飲み込むことに決めた。木の場合は一応、生き物の範疇はんちゅうではあるのだ。

 

「2人ともお待たせした。食事はどうだったかな。ケンチと一緒に倉庫に入るのは初めてだったが、新鮮な気持ちでアイテムを見直すことが出来た。アレらの封印は強化しないといけないようだ」


 うちの暗黒重工業姉さんからは聞き捨てならない台詞も出てきたが、今はブラバさんに報告やら説明をしてもらうのが先だろう。

 今日まで何事も無く、ここで生活してきた実績を俺は信じることにした。


「マーちゃん、俺は今から用意してもらった朝食をいただくからよ。申し訳ねえがコンテナの説明についちゃあ、あっちの台車の上に乗ってる現物の前で頼めねえかな?」


 俺としては、あの箱から何が出てきて何をするのかもう耳に入れたくなかった。

 無心になり、食事をして、ああいうイカれた思想と手段が無数にあることを頭からめ出したかった。


「そうか。ケンチは興味があるかと思ったのだが、そういうことなら仕方がない。ではダレランデス氏はこちらへ。この道具の説明をしよう」


 マーちゃんはそう言って、ブラバさんを例のコンテナの近くへと誘った。


 五体満足で持病も無く、容姿も10人並みで国に仕えるような身分の男が、何故なにゆえに過激な自己改変を望んでしまうのだろうか。容姿を良くするとか、肉体を頑健にするとかで良いのではないだろうか。


 俺が前世の記憶を持ち、前よりも健康で大きな身体を得られたから、相手の心情について否定的になってしまうのかもしれない。


 そしてそれでも、彼に何があってそれを願うようになったのか、根掘り葉掘り聞き出すようなことをやるわけにはいかないだろう。


 マーちゃんも、具体的な願いそのものについては可能な限りかなえてしまうのであるが、立ち入らないラインというものをキチンと持っている様に思えるのだ。


「黒子さん、ご馳走さまでした。

本当に先が見えねえ。俺たちが相手にすんのぁ遺跡や怪物どもだ。隣の国のイカれた連中じゃねえはずなんだ」


 食事のお礼以外は完全に独り言だ。

 

 奉仕活動としての借金の取り立て業務からはえらい事件に発展してしまった。

 本当なら無人の要塞をあさって解体し、今頃は楽しく山の斜面を掘り抜いているところなのだ。

 ちなみに今回の放棄ほうきされた要塞のような物件については、中をあさろうと雨宿りしようと法律に反しているわけではない。これを勝手に解体して持っていくことについては、そんな内容自体が存在しなかった。


 そんなことを考えながら、台車を置いた方を見ればマーちゃんも説明を終えたようだ。

 

 白い貫頭衣に着替えたブラバさんをともない、俺たちはその場所へ向かうことにした。






「ケンチ、とうとう私も君らの世話になることになった。もう人として借りも返せなくなるが、それでも礼は言わせてもらおう」


 そう言うブラバさんの顔は、出会ってから初めて見る晴れがましいものだった。


「礼はマーちゃんだけに言ってくれ。俺は毎回何もしてねえ。それにしてもベアグリアスの墓の隣たぁあんたも妙な場所を選んだな」


 ある意味では見送りと言ってもよい場面であるが、やはり俺からはそういうことしか言えないのだ。


 ブラバさんが木になる場所として選んだのは、偉大な男であるベアグリアスの知られざる墓の隣だった。10メートルぐらいは離れているだろうか。


「ではブラバさん、これを飲んでくれ。それで変化が始まる。安定したら完了だ」


 うちの身体変化薬姉さんの指示は非常に簡素なものだった。コンテナの中身については大半が、樹木になってから気を付けるべきことと、さびしい時に鳥や昆虫をよんでみようという様な指南書の類いだったのだ。


 薬品を嚥下えんげしたブラバさんの変化はゆっくりと始まって途中から急激に進んだ。他に言いようが無いくらいにそれは木だった。


「ブラバさん、とうとう木になれたどるぁ! これで迷子にならんで済むどるぁ。お腹が空いて倒れることもないどるぁ!」


 エっちゃんとしてはひと安心といったところなのだろう。もう後味の悪い思いをする心配もなさそうだ。


「マーちゃん、俺の気の所為じゃなけりゃ、こいつはヒノキじゃねえのか? そりゃ似たような木はあるんだろうけどよ。大丈夫なのかよ? 菌根とかそういうのがえと難しいんじゃねえか?」


 ブラバさんの木は見た目としてはヒノキだった。樹高は10メートルぐらいだ。

 この木はここに根付くことが出来るのだろうか。この場所は日当たりもそこそこで、ついでに雪も少ないような山の中腹の平たいところだ。


「そこは問題ないだろう。実はサスライぐさの細胞は完全に取り除いていないのだ。ツボルハイル博士は、人体と他生物を繋ぐ特殊な細胞を使用していた。それが環境に適応させてくれるだろう。それにエっちゃんも世話をしてくれるそうだ」


 うちの改造人間戻しちゃう姉さんも今回は完全に戻さなかったらしい。相手を木に変えてしまったので、どうでもいい話ではある。

 にしても、ツボルハイル博士はどうやって違う生物同士を融合させているのか、いつかマーちゃんから聞かせてもらおうと思う。


「これは中々に快適だ。私はここから下界を見て過ごすよ。人間は一人も見えないがね」


 唐突に念話がひびいた。ひょっとしなくても今のはブラバさんだ。


「ブラバさん、話せるんどるぁ!? そんなら便利なんどるぁ。暇な時には付き合ってやるんどるぁ!」


 エっちゃんも相手が話せるなら楽だろう。

 草も生えないような峡谷だって、風や水が色々なものを運んでくることはあるのだ。

 気がつけば彼女の肩の上には、小さなサスライぐさが乗っていた。


「そんじゃあ、俺たちはこれで行くぜ。ベアグリアスの墓参りも出来たしよ。遺跡の場所を教えてくれてありがとうよ。スーちゃんには正直会いたくねえが、もし会ったら言っとくぜ」


「ではブラバさん、あなたに殴打オーダの導きのあらんことを。エっちゃん、またここに来ることがあったら、その時には例の緑柱石のことを聞かせてほしいのだ」


 奇妙な組み合わせの2人にそう告げて、俺たちは遺跡の方向へと顔を向けた。


「迷わねえようにどるぁ! また来るんどるぁ! ブラバさんの面倒は見とくどるぁ!」


 銅管かられるようなアルトボイスに答えて、俺は手を振っておいた。ここも何とかなるだろう。

 それに奇妙な組み合わせなのは俺たちも同じだった。



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