第6話 ダミノルさん

 2頭の猪に引かれたベイブレーダは特に問題が生じることもなく順調に進んだ。

 普通の馬や猪とは違い、この2頭はサイボーグであるためペースが全く落ちず、2時間も経つ頃には本当に30キロメートルも進んでしまった。


「マーちゃん、そろそろあいつらを休憩させなくて良いのかい? 良さそうな木が生えてる林も見えてきたぜ」


 前方にマーちゃんの興味を引きそうな林も見えてきた為、俺は猪たちのことも込みで聞いてみた。

 まだ昼前ではあるが、今回優先するべきはマーちゃんの採取と観察であることを忘れるわけにはいかない。


「おお、そうだな。あそこは装備の初披露はつひろうにも良いかもしれん。あそこの近くで箱車は仕舞って、林の中をのぞいてみよう。泉があるといいのだが」


 どうやら深淵しんえんの生き物姉さんの新装備がまたも出て来てしまうらしい。俺としては備えるだけにとどめることにした。

 マーちゃんのアルトボイスが珍しくはずんでいるように聞こえたからだ。


「そういやぁ、あの2頭は普段は何をやってんだ?」


 ついでなので、全く知らなかった例のサイボーグ連中について聞いてみた。


「ケンチが使っているのとは別のフロアに森から持ってきた木を植えたのだ。地衣類も土もそのまま使った。そこで彼らは過ごしている。ブラシをかけてやると喜ぶのだ」


 うちの大自然もらっちゃう姉さんは別のフロアにクリシカネイヨン大森林の一部を再現したとのことだった。

 あいつらは黒子さんからえさをもらい、黒クモさんにブラシをかけてもらったり、水浴びをしたり、縄張りを好きに主張したりして過ごしているようなのだ。

 角や牙が残っていようとも、野生の気概きがいはトイレのカビの様に洗い流されたらしい。たちの悪いことに連中は俺の同類だった。


「ところでケンチ、新しい鎧の調子はどうかな。今回はマイナーアップグレードだがそれなりに自信があるのだ」


 猪たちのことを考えていたら、マーちゃんから俺の新しい鎧について聞かれた。

 実は俺の探索装備も今回は更新されているのである。


「ニット帽がそのまま使えるのもいいんだけどよ、この長めの鉄胴衣ブリガンダインも結構いいぜ。腕や足の防具も軽くて使い易いのぁありがてぇ」


 今まで使用していたベストの様な鉄胴衣ブリガンダインは半袖になって腰までおおう様に伸びた。表面は茶色の布だが中に金属の細い板が蛇腹じゃばら状に入っており、防御面積と耐久性が上がった格好だ。


 腕や脚の鎧は以前は革製だったが、これも茶色い合成樹脂製に変更になったお陰で軽い上に耐衝撃性が格段に上がった。


 防具も新しくなったことだし、その慣らしもねて俺たちは目の前の林の中へとけ入った。






「ここはオーク(ナラカシ)の近縁種の様な木が多いのだな。ケンチ、ここの一帯は落葉樹なのか?」


 林に入るとマーちゃんが隣で浮かびながら早速聞いてきた。ここは俺の無駄知識の出番のようだ。


「ここら辺は一年中こんなんだからよ、常緑樹ってやつじゃねえかな。つまりオークでもカシの方だと思うぜ。引っこ抜いて持っていくかい?」


「解説をありがとう。では遠慮なく持っていくとしよう。全く同じ種というわけでもないのだろう。領主殿や街守がいしゅ殿は怒らんかな?」


 木については例によって持っていくことになったようだった。

 無くなった跡を見られても何がやらかしたかまでは誰にも分からないだろう。


「丸ごと木を抜いて持ってく奴なんかここにゃぁ居ねえよ。切り株も残さねえようなら、うちの街守がいしゅ様は酒飲んで忘れるんじゃねえかな。デチャウ司祭様やトマンネーノのおやっさんと飲み仲間なんだよ」


 街守がいしゅ様はズットニテルの総督そうとくでオルド・ロムル・ヒルマッカランという御方おかただ。北部人になる。

 領主様はオーデン伯爵領の女伯爵様でありやっぱり北部出身の人だ。

 名前をイーリア・ガレディア・ディオシュタインといい、界隈かいわいでも有名な慎重居士しんちょうこじだったりする。石橋いしばしの耐久試験を限界までやって、最後には「渡らなくて良かった」とか言ってしまうような御人おひとなのだ。

 マーちゃんの存在を知ったら、この2人が真っ先に考えるのは避難場所であるに違いなかった。


「ケンチ、そう言うことなら安心してやらせてもらうとしよう。では『はやしダミノルさん』頼んだぞ!」


 うちのトカゲ姉さんの勇ましくも自信に満ちた呼び声に答え、その何とも言いようがない名前のロボットさんはアイテムボックスの中から現れた。


 その『はやしダミノルさん』は全高10メートルはあろうかという巨体を引きずり出す様にして現れると、長さ2メートルもの太い円筒形の首に自動掃除機がそのまま乗った様な円盤形の頭部を俺に向かって下げた。

 そのロボットさんの壺を逆さにしたような胴体には4本の脚と、同じく4本の作業用の腕が付いていた。サイズが大きいだけで黒クモさんなんかと同じ形状だ。

 一番の特徴は俺に下げた円盤形の頭部の正面に『(;´༎ຶД༎ຶ`)』という様な顔が付いていることであった。


「マーちゃん、なんか借金のカタにとられたみてえなロボットさんなんだが、大丈夫なのかよ。パワーがありそうなのは見りゃわかんだけどな……」


 俺は本当フォントの限界に近い様な顔を見て、以前に見た吸い取るさんも同じような顔が付いていたことを思い出していた。

 俺がそんなことを考えているうちに、はやしダミノルさんは移植ゴテの大きいヤツの様な道具で、周辺の木々を根っこから掘り出し始めた。


「うむ、この汎用作業ユニットはベースである『ダミノルさん』を元に、装備を換装かんそうすることで『はやしダミノルさん』になっているのだ。山脈のふもとに到着したら『やまダミノルさん』に換装かんそうせねばならん」


 マーちゃんの説明を聞いて、このダミノルさんは意外に拡張性が高いらしいことが分かった。


「ひょっとして水の中とかでも行けたりすんのかよ? だったらすげえな」


 よく見ればダミノルさんは水陸両用の様なおもむきも持っていた。


「流石に察しが良いな、ケンチ。リアス式海岸対応の『はまダミノルさん』や深深度しんしんど水中用『うしおダミノルさん』というのもある。惑星表面が変化に富む地形の場合には重宝しているのだ」


 うちの似非えせ科学姉さんの説明を聞いて俺はうなるしかなかった。

 おそらくは砂漠対応の『すなダミノルさん』とか市街地用『まちダミノルさん』とかもいるのだろう。

 目の前で黙々もくもくと働くダミノルさんをながめながら、俺は今回の行き先を誤ったのではないだろうかと考えてしまった。


 こんなことなら採掘出来る資源が少ないことでも有名な、北部のスコッシホーレル山脈にしておけば良かったのかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る