第7話 泉の水 全部抜く

 林の中のかしに似た木は次々に引き抜かれていき、周囲が広くなったところで追加のダミノルさん達と黒クモさん達がき出てきた。


 作業効率はアップし、地面までもががされ掘り起こされて、それらはどんどんアイテムボックスの中へと送り込まれていった。

 幅60メートルをキープしたロボットさん達は猛然もうぜんと前進し続けたのだ。


 視界の隅の方では黒子さん達が、地面に突きぐわを差し込んで何か長い物を掘り出そうとしていた。あれは長イモの当たりのヤツではないだろうか。揚げたヤツが飲み屋で出されたりするのだ。


 余談ではあるが、ロボットさん達は別々べつべつの統合管理知性によって各種類ごとにコントロールされているとのことだった。

 俺が住むフロアを有する塔内の黒子さん達は全部が一つの統合管理知性に動かされているということになる。

 管理知性は数百メートルどころではない規模をほこっているらしく、おそらくはフロアの床下にあるのではないかと思う。

 フロアの床の厚さは3キロメートルを越えるため、スペースとしては充分にあるのではないだろうか。床の幅も3キロメートルあるし厚さもそれくらいは必要なのだろう。


「ケンチ、どうやらこの林の奥に泉があるようだ。周囲の偵察に出ていた黒クモさんが発見した。水質調査の為のサンプルをもらっていきたい」


 数百メートル先の短い範囲を偵察しに出ていた黒クモさん達であるが、水がき出ている場所を近くで見つけたらしい。


「分かったぜ。そっから水をいただいてくるんだろ。今んとこ俺は暇だからよ、マーちゃんの好きにしてくれ。精霊って呼ばれてる変な奴がいるかもしんねえから、そこだけ気をつけてくれよ」


 今のところは危険な生物もおらず、特に反対する理由も無いのでそう返しておいた。

 この世界にはどうやって生きているのか分からないが、敵対する可能性のある生物もいることは付け加えておいた。


「この世界には精霊がいるのだな! それはむしろ会いたい。どういう形態の生物なのか非常に興味がある。ここの大気成分は7%が魔素だがそれが関係しているのだろうか」


 今日のトカゲ姉さんは大陸公用語と日本語を混ぜて話していた。

 そして空気のサンプルの分析も終わっているのだろう。魔素7%というのは濃いのか薄いのか俺には分からない。


 この世界には魔素があるが、それを生まれた時から利用出来るのは野生生物だけだ。もちろん野生生物だってスタミナも消費する。


 この世界で発生したはずの人類については生まれた時からこれを利用出来ないが、神に能力スキルを授かることで初めて利用出来るようになるのだ。

 これには何か特別な理由があるのかもしれないし、魔素はここの人類にとって地磁気や紫外線と同じような物であるだけなのかもしれない。






「やっと見えてきたみてえだぜ。泉ってアレじゃねえのか」


 結局、木を引き抜いて持っていくことと、地面を掘り返していくのは続行された。それをやりながら泉の方向まで真っ直ぐに進んだのである。


 途中で昼休憩も取ることになり、カレーに満足しきっていた俺は代わりに牛丼を出してもらってさらに満足してしまった。もちろん生玉子と七味唐辛子はかけて、豆腐と油揚げの味噌汁と一緒に並盛3杯もいただいた。


 そういったわけで、デブになりたくない俺はスタミナを消費するために気配感知を使いながら、いつでも抗術レジストを飛ばせる様に周囲に気をくばっていた。


 マーちゃんの方は木を抜き始めてから俺の横をゆったりと飛んでおり、たまに宙返りなんぞしては先へ行ったり後ろへ行ったりしていた。


「これは中々にきれいな泉だ。直径16メートルぐらいあるのではないだろうか。あとは深さか……2メートルといったところだ」


 見たところ、たどり着いた人間がほっとする様な泉だった。

 丈の低い草が周囲に繁り、き通った水が泉の奥からき出して水面にゆるい波紋を作っていた。

 円形の池は俺たちから見て右方向に幅2メートルぐらいの小さな川を作り、林の奥の方へと静かに水を流していた。


「他の者は泉の周辺から引き続き地面を回収せよ。水の回収についてはこちらも専門家を出そう。頼んだぞ、吸い取るさん!」


 マーちゃんのいさましいアルトボイスがひびき渡り、泉の光景に何となく見とれていた俺の横から、そのロボットさんはなつかしさまで感じさせて現れた。


 全高10メートル、便器を逆さにして前後を逆にした様なボディ、6本の脚と4本の腕、前面に張り付いた『( •̀ㅂ•́)』という顔、そして身体の両脇から伸びる4本のパイプを持つ異形のロボット。それは6日ぶりぐらいに見る『吸い取るさん』だった。


「いかにもって感じだぜ。パイプを突っ込んで回収しちまうわけか……怒って何かが出て来なきゃいいけどな」


 俺としては何かの邪魔が入るのだけが心配だったが、これらの作業自体はあらゆる抵抗を無視して、完了するまで続けられてしまうような迫力が確かにあった。


 吸い取るさんの2本のパイプは上に向けられて空気を吸い込み、残りの2本は泉に沈められて猛烈に水を吸い込み始めた。

 さほど間を置かずに、それなりに広い泉の水位はみるみるうちに下がり始めたのだ。


「おそらくここは40万リットルほどしかないだろう。残りの60万リットルは湧き出し口から直接吸うしかないかもしれんな」


 うちの自然の恵み泥棒姉さんはサンプルとしての水を100万リットルも持っていくつもりらしい。

 そろそろ『チクワーブ』などの両生類の様な奴らが怒って出てきそうではある。オーデン地方に特有の生き物ってやつだ。


 と思ったのだが、俺の視界の隅では黒子さんがサンショウウオとワニの中間の様な生き物に生肉を投げ与えている最中だった。アレはチクワーブだ。

 胴体だけで長さ2メートルもあるそいつはここのヌシなのかもしれない。しかしそいつは食料事情からだろうと思うが、早々に泉の仲間を売ることにしたようだった。


「ん? 黒子さんが中々いい感じの両生類を手懐てなずけたようだ。アレはうちに来てくれんかな……」


 そう言うマーちゃんは俺の頭の上に戻ってきて身体を揺すっていた。アレ系の両生類も爬虫類もおそらく好きなのだろう。

 うちのトカゲ姉さんとチクワーブとは体型も似ているのだ。


 そんな感じでほっこりしていた俺たちに対して、出し抜けにひびき渡った怒りの声が抗議の意思を伝えてきた。


「ちょっとぅ! ぅあんた達ぃ、ここでぇぬわんとぅいう事をしとぇくれてぃんどうぇすかぁ、うぇいぃぃぃ!」


 おそらくは俺とマーちゃんの目の前に浮かんでいるソレが今の声を発したのだろう。とにかく怒っているというのだけは分かった。


 妙な振動をともなった声を放ったと思われる存在は水で出来ている様な80センチぐらいの女性だった。



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※ご指摘をいただき、泉のサイズを修正しました。本当にありがとうございます。

こういう計算ミスは恥ずかしいことこの上ないです。気を付けねば。

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