第3話 殺すなっし


 東門を出た俺はそのまま南東方向へ向かって3キロメートルほど歩き、そこにある林の中に隠れてからアイテムボックスの中にもぐった。

 もし南に真っ直ぐ歩いていたら、シオタイオ隊長に捕捉ほそくされる可能性があったのだ。


「ヤレヤレだぜ。マーちゃん、今日も疲れたし、逃げるのに必死で昼飯まで食いそこねちまった。ジャージに着替えて、それから健康体操と瞑想めいそうをして夜まで過ごしてえぐれえだ」


 街から出て一息ついたところで、口からはそんな愚痴ぐちが出てきてしまった。


「では今から何か用意しよう。さっきの差し入れのパンと同じ物なら黒子さんがすぐに用意出来るようだが良いか?」


「世話になってる身で贅沢ぜいたくは言わねえ。充分ありがてぇぜ」


 マーちゃんのありがたい申し出にはそう答えたところ、黒子さんがハムとチーズにレタスとマスタードソースを挟んだ40センチのパンを出してくれた。


 食事の後は本当に健康体操をやった。柔軟体操をしていたら黒子さんがやって来て教えてくれたのである。

 

 それが終わってからはマーちゃんが瞑想めいそうに付き合ってくれた。別に勝負というわけでもないが、不動の謎物質なぞぶっしつ姉さんにかなうはずもなかった。


 余談だが、こうして俺の瞑想めいそうに付き合ってくれている間も、うちのトカゲ姉さんはマルチタスクで様々なことをやっている。


 例えばここや他のフロアの重力制御、ロボットたちの管理、このフロアの微生物の観察もそうだ。

 昔からここに存在した微生物については真空の吹き抜けの向かい側にある森とその周辺にしかいない。

 収納口とピンク色のカマクラの周囲にいるのは俺たちの住む世界から持ち込まれた微生物だけだ。

 フロアのこの辺の土は信じられないことに元々は微生物を含まず、芝生については全てが人工物で出来ていた。

 周囲にあるマラソンコースも途中の森に近付くと透明で隙間の無いトンネルになっているのである。


 こちらからは他世界の微生物を外に漏洩ろうえいさせず、観察中の世界の微生物はこちらに持ってきて充分に離れた場所に置いてから、既存の微生物が与える影響を気長に調べているらしいのだ。


 そしてマーちゃんがそれら以外に何をやっていたのか、夕食の時間になってから思い知る羽目はめになった。






「なぁ、ロスナッシさんよ。俺の目がおかしくなけりゃぁ、あんたは満足してるように見えんだが、ボロボロになってるみてえだ。何か不味いことでもあったんかい?」


 あくまでも一時的にだが、この男の存在をすっかり忘れてしまっていた。マーちゃんに丸投げしていたのだ。


 ちゃぶ台の前に座って向かい合った俺たちは緑茶を飲みながらカロリーフレンドのチーズ味をかじって話し込むことになった。


 あれから丸1日しか経ってないというのにこの元改造人間に何があったのだろうか。


「ケンチ、お前は驚嘆きょうたんすべき男だ。何故なにゆえに自分の好奇心を押さえつけることが出来ている? マンマデヒクが与えてくれるのは世界の誰もが望む秘密なのだぞ」


 そう言うロスナッシの身体はすっかり元の人間に戻っていた。うちのトカゲ姉さんが後から追加された生体組織を全部除去して、欠損けっそんした元の肉体部分も修復してしまったのだろう。


「ほとんどはもう滅んだ世界の話だぜ。おめえも太陽の寿命がきたらどうなるのか知ってんだろぃ。そんなら想像するだけでも充分だぜ。それに今のおめえみてえになりたくもねえしな」


 ロスナッシにはそれだけ返しておいた。

 この男は黒髪の長髪だったが、今は眉毛まゆげも髪も全部が真っ白になっていた。


「この髪のことか……。俺は魂がここで終わりではないことも知ったよ。生前の世界を知る男は伊達だてではないようだな。一番下のフロアから私はあの吹き抜けの下を見てしまった。おろかな好奇心に負けて見せてもらうのではなかった」


 この男は俺がくだらない騒ぎで右往左往している間に、自分の知的好奇心を満たしながらある意味ではひどい目にあっていたらしい。

 このフロアを有する塔は最上部が土台に固定されている。一番下には文字通り何も無いはずだ。


「信じられない程に巨大な棒とそれを振るうことが出来る存在も見たぞ。あれが歩いただけでも、我が国は原始時代に逆戻りするのであろうな。博士たちがやっているのは無駄なのだ。何を付け加えても、我々は人間であることから逃れられん」


 ロスナッシはそこまで話してから黙り込んだ。

 この男はショックは受けたようだが、やはりどこか満足もしているように見えた。


「その博士って奴のことは俺も気になっててな。マーちゃんには全部話してくれたらしいから、細けえこたぁ後から聞くけどよ。あの街には他にも仲間が来てんのか?」


 俺は目下もっかのところ一番気になっていることを聞いた。

 あの姉弟が危険なようであれば今からでも街に戻ることは出来る。


「俺とアンタニオだけだ。俺のチームの人間は後から来るかもしれんが、今のところは動いていないだろう。これが俺の知る人員の一覧だが他にいるかもしれんぞ」


 そう言うとロスナッシは俺に何かが書かれた紙を差し出してきた。


────────────────────

『融合強化兵』計画の推進者

ターニア・ルナ・パンテーラ

クルトスワロー王国

キテルモントリサール女伯爵


『融合強化兵』計画の主任研究員

フィーダ・ヴィヘラ・ツボルハイル博士


『融合強化兵』計画の被験体

第1グループ

リバデーロ・カトロア

ドッチオ・モッサーリ

ゲレッツィ・ネトラメロィ

モネッタ・ヨーネイヤ


第2グループ

ブラバスタ・ゲシュジェイム・ダレランデス

エランダラ・バッティングスタ

アンタニオ・ラーセディッテ:死亡

アンサール・ロスナッシ:離脱


第3グループ

サミー・フリューガー

マティルダ・ディオクレッティ

トロイメライ・メナーワイス

メリサント・リナッティ


第4グループ

キテルモントリサールの三闘士

マッパ、オルヌド、ゼンラ


────────────────────


「こりゃあ、意外にまだ少ねえな。ツボルハイル博士ってなぁ聞いたこともねえ。キテルモントリサールがんでやがるのか。三闘士っていやぁ精兵だ。厄介だねぇ……」


 ロスナッシの出してきた情報からは連中の計画がまだ小規模であること以外は不明な点が多かった。

 博士は典型的な北部人だろう。被験体の連中は全員が中産階級出身者のようだが、外人部隊らしき奴らまで混じっていた。被験体には女性もいるようだ。


 組合を例に出すと、トマンネーノのおやっさんは典型的な南部の人で、アッコワ兄貴は典型的な北部の人だ。

 メナーワイスやフリューガーって奴は北部人で、ダレランデスやネトラメロィという奴らは内海の東のどん詰まり辺りの人間だろうと思う。内海は西側が大洋に開けているのだ。


「フィーダ・ヴィヘラ・ツボルハイル博士は女性でも一種の狂人だ。マンマデヒクと話が合うかもしれんぞ。そして何を見ても俺の様にはならないかもしれん」


 ロスナッシからは頭の痛くなりそうな話を聞いてしまった。

 これは3ヶ月ぐらい山にこもっていたら、いつの間にか計画が破棄はきされていたりはしないだろうか。



====================


※私がキャラクターの名前を変な物にしている理由について、そのひとつが書いてあるエッセイ(1話完結)がありますので、ご興味がお有りの方は下記のリンクよりお読みくださいますと幸いです。

『オッサン化という進行性の不治の病』

https://kakuyomu.jp/works/16816927859252940923

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る