第2話 東門から

 面倒な仕事を全部ヨッシュアたちに押し付けた俺は、この街から出来るだけ早く逃げる為に、探索者組合の事務所に急いでやって来た。

 依頼無しで南の山脈に行く場合でも、行き先の届け出は義務付けられているからだ。


「ブヒャヒャヒャヒャ、ケンチじゃねえか。またそんな似合わねえカッコしてんのか。こないだの結婚式ん時なんか花嫁を誘拐しに来た奴と間違えられて連れ出されてたろぃ。あんときゃ俺も一緒に叩き出されたけどよ」


 そう言って俺に声をかけて来たのは昼間から飲んでいるダメ人間の鏡だった。

 このドミルコ・オッサンダォロという男は腕は立つが、俺より遅く出て俺よりも早く帰って来ては組合事務所の食堂で酒を飲んでいるここの『顔』みたいな奴だ。

 老け顔だが実は俺と同じ歳だったりする。


「オッサンダォロじゃねえか。相変わらず暇してそうだな。実は『愛の終わる日』が来ちまったんで、街からしばらく消えることにしてよぅ」


 ここの人間なら一発で分かることを返してからカウンターに向かいかけた。


「ゲロッシの旦那だんなにだったら俺から教えといたぜ。何かおめえが葬式に出るって教会にいファガダぁッ!」


 裏切り者が素直に白状してくれたので、奴の顔面には俺の腕から殴打力オーダちからを流し込んでおいた。


 本当はこんなことに時間を使っている余裕は無いのだ。今はアッコワ・ユシュトルの兄貴に届け出をしてこなければならない。


「兄貴、詳しい理由は言えやせんが、南の山に行ってきやす。司祭様からも許可ぁいただいとりますんで、受付だけお願い出来ぁせんでしょうか」


「そういうことなら、まぁ仕方がねえ。俺が手続きしといてやるから、お前は気いつけて行ってこい。向こうにはどんぐれえ居る予定なんだ?」


 相変わらず貴族然とした銀髪オールバック冷酷顔の御人おひとだが、話が通るのが早くて本当にありがたい。


「取りあえず2ヶ月は潜って来やす。実ぁ何か見つかるかも知れねえんで」


「そんなに長えのかよ!……まぁ司祭様が言うんじゃ何かあんだろうな。それからな、さっきジットナーさんが来て依頼の完了の受付が終わった。今回の銀貨5枚だ」


 兄貴の高速メタ推理はまた何か勝手に結果を出してくれたらしい。兄貴のこういうところにも俺は毎度のように助けられている。

 ジットナー執事からは依頼完了の届け出がされており、報酬の銀貨5枚は腰のポーチにしまっておくことにした。


 そんなわけで手続きも完了し、俺は外区南側にある事務所から外区東側にある街の東門まで、反時計回りで向かうことにした。

 そう言えば、今日は兄貴の前でも神官服と神官帽にフェイスマスクだったが不思議なことに何も言われなかった。






「マーちゃん、東門の連中に差し入れをしてえ。パンに何か挟んだ奴を20個ほど作ってくれねえかな。屋台みたいに葉っぱで巻いてくれればいいや」


「それは門に到着するまでに出来るだろう。ところで、モドンニョ氏はもう街を出たかもしれんな」


 今回の勝手なお願いもマーちゃんはこころよくうけてくれた。

 モドンニョ氏にはもう会えないかもしれないことも覚悟している。


 俺は神官服のまま、屋根も乗り越えて最短距離で東門に向かった。空歩の術だ。強化バフ併用へいようしてる。

 神官服なので通報されることもないと思いたい。黒いマスクをしているから多少は不安だが、山脈でほとぼりが冷めるまでのんびりしている予定なので何とかなるだろう。


 そんな勢いで東門には到着した。


「アゴスゲーノ、いつもお疲れさん。こいつは休憩の時にでも食ってくれ。ところで人を探してんだ。協力してもらいてえ」


「ケンチ、いつもすまねえな。今日は神官服なんだな。誰を探してる?」


 街の東門に到着した俺は途中で渡してもらったパンを差し入れながら、知り合いの衛兵に聞いてみた。

 俺はここの衛兵にも顔見知りが多い。

 そこに立っている衛兵の中から、今日はアゴスゲーノという頑丈を絵に描いたような男に声をかけてみた。


「古参兵のような爺さんで、アメディオ・モドンニョって人だ。ひげがある。隙が無い感じの人だったぜ」


「その人ならもうここを通ったと思うぞ。珍しい人だったんでおぼえてる。これ肉とチーズが入ってんのか。みんな喜ぶぞ」


 俺は急いだつもりだったが、モドンニョ氏はもうここを出て国へモディョって行ってしまったらしい。最後に一声かけたかった。

 ちなみに今回差し入れたパンは肉とチーズを挟んだ40センチのものが20個もある。紙は高いので抗菌作用のある葉っぱで包み、ツタで編んだかごに入っていた。

 もちろん全部が黒子さん製だ。

 葉っぱとツタは前回行ったクリシカネイヨン大森林でたくさん採ってきたものだった。


「そうか、ありがとうよアゴスゲーノ。今から俺も街を出るんで手続きしてくんねえか」


「ケンチ、その格好でどこ行くんだよ? 荷物だって持ってないだろ」


 青銅級の探索者証を出した俺をアゴスゲーノは不審ふしんな顔で見た。


「それについちゃあ教会の支援を受けることになってる。実は山で置き去りになってるご遺体のとむらいに行くことになってな。一時期、がけ登りが流行ったろ? そん時に滑落かつらくした人がたくさんいんだよ」


 アゴスゲーノにはそう言ったがほとんどがウソである。

 組合には届け出をしたし、矛盾についてはデチャウ司祭様が全部をみ消してくれるだろう。


「そりゃケンチも大変だな。それでそんな格好をしてんのか。分かった、まだ春だけど山は危ないからな。気をつけて行けよ」


 アゴスゲーノは変に食い下がらないし、俺の神官服姿を見ても笑わない。フェイスマスクをしていても何も言わなかった。

 こいつがここの責任者になったらそでの下でも何でも出そうと思う。


 俺は手ブラかつ神官服という状態で、混んでいる東門を抜けて堂々と街から出ることが出来た。



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