第11話 慣性の術

 マーちゃんに探索者組合について説明していたら、俺の信仰する『魔法の神』と何かのやり取りが出来ないか相談されてしまった。


 物理領域においてはこの『トカゲ姉さん』も立派に神の一族ではないかと思うのだが、マーちゃん自身によれば全く違うらしい。例え想像しづらい年月を生きるとしても終わりがあり、また全能にも程遠ほどとおいのが自分であるとマーちゃんは言う。他の生物にとっては、彼女が世界と繋がっている間だけの隣人でしかないと言うのだ。


 ここの神々はこの地の生き物の生存競争に介入しているのであって、マーちゃんのような立ち位置の存在と関わりを持つかどうかはよく分からない。

 そういうわけなので、ダメ元で朝晩のお祈りにマーちゃんも参加してもらうことになった。何もしないよりマシだろうと思う。




「そんじゃあマーちゃん。陽も落ちたし、そろそろ外に出て弩貝イシユミガイを始末しに行くとしようぜ」


 時間が来たので、俺たちはアイテムボックスの外に出て、今回の獲物である弩貝イシユミガイってくることにした。

 ちなみに今は日本語で話しているものの、10年もいる業界の影響が大きくて、日本語まで言葉づかいが悪くなってしまっている。

 悲しい話だが、マーちゃんは特に気にしていないと言ってくれた。ありがてぇ。


「光源がほとんど無いな。どうやって倒すのだ? あの弩貝イシユミガイも別の場所に移動しているのではないか?」


 うちのトカゲさんからはもっともな質問が来た。


「そこは大丈夫だ。アイツは今も近くに居ると想うぜ。が少なくとも3つはあったからな。今頃は食休み中だ」


 例の仲良し6人組の生き残り3人は、無事に逃げられたかどうかは今は分からない。

 反抗的な面が収まらない年齢のようだから、森のこんな場所までまだ入るなという忠告を無視したに違いない。

 神に対してい願い、自分を鍛えておけば能力スキルは授けられるがそれも出来なかったのだろう。

 刹那的せつなてきな集まりにしか参加できず、自分だけは大丈夫だと意地汚く欲をかいて死体あさりまでやろうとする。

 それで仲良く道連れになったのだから、皮肉だとしか言いようがない。


 弩貝イシユミガイは仕留めた獲物は丸飲みにする。それが人間でもだ。

 サイズ的に1匹あたり2人が限界だろうと想うが、腐ってても喰うので、今頃は食べ残しの死体の近くでうずくまってじっとしてる可能性がある。

 アイツらは、同族のダーツを撃つ時の音の方向に寄っていく変な習性があるから、3匹ぐらいに増えているかもしれない。

 その場合には仲良く獲物を分けあっているだろう。2人ずつだ。

 普通は警戒けいかいしてお互いに離れるはずなんだが、縄張りがかぶっても平気なのは貝類だからかもしれない。


「あの貝の習性について大凡おおよそのことは分かったが、とどめはどうやって刺すのだ? 外部の損傷が少ない方が良いとか殻だけ無事なら良いとか色々あるだろう」


 俺の解説を聞いていたマーちゃんは空中をただよいながら聞いてきた。時々宙返りしてる理由は不明だ。


「今回はこれ▪▪で何とかする。上手く行くと思うぜ」


 俺はマーちゃんに向かって笹の葉型の投げナイフを振ってみせた。




 この世界にも月はあるが、森の中からはほとんど見ることが出来ない。

 地上15メートルもある樹冠じゅかんの下、昼間に見た低木の繁みの裏側も、強化バフによる視力向上と暗視効果でかろうじて見える程度だった。


「マーちゃん、居たぜ。多分だが寝てる」


 弩貝イシユミガイは昼間よりも身体の厚みがあるように見えた。殻の横の方まで乾燥した鱗肌うろこはだがはみ出している。

 頭は完全に殻から出ていて伸びきっていた。

 相手までおよそ40メートルというところだ。


 ここで俺の2つ目の切り札を使わせてもらう。


「外れなけりゃ、これ一発で終わる。マーちゃん、丸ごと回収を頼んだぜ」


 マーちゃんにお願いをして、俺は手の中の投げナイフを握り直した。振りかぶって投げる。

 空気が吹き出すような鋭い音がして俺の手からナイフが消えた直後、前方40メートルにいる弩貝イシユミガイの身体が少し震えてからまた動かなくなった。神経節をやったらしい。


「ほー、ナイフが進む慣性を大きくしたのだな。それを強化バフで投げたのか。こちらも亜音速のナイフで向こうを始末したと言うわけだ」


「連発すんのは無理だけどな。疲れんだよ、これ」


 マーちゃんは俺のやったことが分かったらしい。当然といえば当然か。


 俺がやったことは『ナイフを普通よりも大きい力で投げる』ことと『ナイフの速度が下がりにくく、方向も変わらないようにする』ことだった。

 『慣性の術』は物の速度と方向を変化しにくくするし、逆に変化しやすくすることも出来る。その効果で、俺のナイフは普通よりも遠くへ真っ直ぐに、ほぼ初速のままのスピードで進むようになったわけだ。


 


 始末した弩貝イシユミガイはマーちゃんに収納してもらった。

 アイテムボックスはもう俺の能力スキルじゃない気がする。


「ケンチ、解体はどうするのだ。どこをどう利用してるのか聞いていなかった」


「そうだったな。マーちゃん、すまねえ。

俺ももちろん手伝うよ。

信じらんねえかもしれねえけど、腹足があるだろう、それを食うんだよ。珍味なんだ。

アワビみたいなもんだ。それ1匹で200食分ぐらいあるんだけど少ねえよな。

それから混ざると爆発する液体の入った袋と中身が売れる。それで毎年死人が出るんだ」


 人を食べた生き物を調理して食べるのは抵抗がある人もいるだろう。

 それでも現場を見ておらず、切り刻まれてしまえば普通に珍しい貝料理だし、寄生虫のたぐいもいないとくれば、この世界では立派な高級食材だ。


 俺は弩貝イシユミガイの解体についてマーちゃんに色々とレクチャーしたのだが、胃の中から溶けて一緒になった仲良し2人組が出てきて、その日の晩飯は食べられなかった。

 

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