第8話 コボルト

「マーちゃん、クラゲの解剖は好きにしてくれ。投げナイフを返してくれたら俺はいいからよ。それと脳ミソが無い生き物は『魔石』を持ってる。神経回路が珍しいから楽しめるかもしれねえぜ」


 『飛びクラゲ』について俺はちょっと詳しい。こいつらの急所を知ってるのはそうした理由だ。

 田舎村の魔法の師匠だった爺さんが魔法道具の技術者で、クラゲの研究を若い頃やってたのが大きい。


「それは楽しみだな。飛ぶ仕組みに関係しているのだな。このクラゲは魔法で飛んでいるのだろう?」


 マーちゃんは小さい手をワキワキとさせていた。


「飛ぶだけじゃねえ。2本だけ長い腕が生えてるだろ。先が二股になってるやつだ。そいつはスタンガンの電撃端子でんげきたんしみてえなもんだ。接触しなきゃならねえが、そいつらは電撃の魔法も使う。脳ミソが無いから神経回路でおぎなってる。魔素は『魔石』を使って集めてるんだ」


 マーちゃんは俺の顔をジッと見て首をかしげてみせた。


「ずいぶんと詳しいのだな。一般教養か? そこまで解っているのなら、それは道具に転用出来るのではないか? 飛行するのと電撃をくらわすことについてだが……」


 俺は両手の平を前に向けて肩まで上げた。


「マーちゃんの言う通りだ。神経回路を調べて道具にした偉い人がいる。太い神経だけだがな。電池の代わりに『魔石』を入れたんだ」


 こいつは革命的な事件だったが民間には浸透しんとうしなかった。

 飛行についても出来なかった。直径130センチのクラゲより重たい物は飛べないが、その代わり荷馬車を軽くすることは出来た。

 軍の備品ということになったわけだ。軍関連以外での使用は法律で禁止されている。

 電撃棒の方は街の衛兵の装備になってて、これも俺たちには使えないように禁制品きんせいひんってことになっている。 


「一般的ではないのだな。いつかその装備を手に入れたいものだ。それからケンチの師匠も紹介してほしい」


 俺の話を聞いたマーちゃんからは物騒なお願いが出た。


「マーちゃん、師匠についてはもう亡くなってるかもしれねえ……恩知らずって言われりゃそれまでだけどな。そのうち、一度は村に帰ってみようかと思うんだ。

それから軍にケンカを売るのだけは勘弁してくれ。負ける心配が無くてもだ」


 今は大森林の中だし、俺はその話題を打ち切らせてもらった。

 今回手に入れた『魔石』は売れるが、1個だけなら高い物でもないし、マーちゃんが好きにすれば良い。




 黒クモさん達の採取も終わって、俺たちは森の奥へと進んでいった。

 ひたすらに広いし、外縁部からして獣道けものみちですらなかなか出来ないような場所だ。

 延々えんえんと続く緑の地面を俺たちは進んだ。

 

 俺としてはマーちゃんが「ここら辺の樹をぶっこ抜きたい」といつ言い出すか気が気じゃなかった。

 そんな俺に神様が手を差しのべてくだされたのかは分からないが、気配感知かんちに生き物の反応が引っかかった。結構な数だ。




 俺はまず強化バフを全身に巡らせるところから始めた。これは身体強化みたいなもので持久力・瞬発力・筋力・視力・聴力・反応速度の全部が上がる。

 そこまでやってからマーちゃんに声をかけようかと思ったら、マーちゃんも黒クモさん達も俺と同じ方向に注意を向けていた。

 さらには棍棒こんぼうらしき物まで取り出した。


「マーちゃん、気がついてるかと思うんだが向こうから何かが来てる。40ぐらいいるんじゃねえかな。多分、コボルトだ」


 コボルトってのは犬面の原始人どもだが、こいつらをコボルトって最初に呼んだのは大昔の教会の聖人でもある『ターケシ・ゴーリ』って御人おひとだ。

 多神教ではあるが、初期の教会をまとめ、毛皮を来た俺たちのご先祖達に神の恩恵の尊さを説いてまわった人でもある。

 実際には、原始人をぶん殴って言うことを聞かせたわけであるがご苦労なことだ。

 おそらくだが、この人は『郷里ごうり たけし』さんなんじゃないかと個人的に思っている。


 

 マーちゃん達と俺の方はすっかり準備が出来た頃、この世界にそんな細かい単位はないが20秒ぐらいは過ぎただろうか。

 前方から革鎧やら棍棒で武装した、直立した犬のような連中が大挙して押し寄せてきた。予想通り40匹ぐらいだろうか。


 鼻面は突き出ているが短い。

 足は犬の後ろ足みたいな関節だが、爪先が大きく2足歩行に問題は無いようだ。

 肩があって腕が下に伸びていて、手は5本指だ。

 身長は150センチメートルと小さいが、アレだけ頭数あたまかずがいるのでは普段の俺なら逃げる。


「マーちゃん、今回は数が多い。立ち回りで何とかするしかねえが、場合によっては逃げるしかねえかもしれねえ。もし何か手があるんなら遠慮無く使ってくれ」


 一応、マーちゃんにはそう伝えておいた。

 後ろには体高4メートルになろうかという黒クモさんが10体はいるというのに、コボルト達は前進を止めなかった。

 あいつらは自殺志願者か、もしくはデカい相手を気にしていないのかもしれない。


「見た感じでは文明を持った連中のようだ。彼らには彼らの規範きはんというものがあるのやもしれんな。ここはひとつ私に任せてもらおう。意思の疎通がとれるか試してこよう」


 そう言ってうちのトカゲさんは、コボルトの群れの前までフヨフヨと空中を泳いで行ってしまった。

 遠慮するなとは言ったが、そういうことじゃねえんだけどな。


「ルールルルルル、ルールルルルル。

よーし、よし。キャオーン、キュキュー」


 連中の前に出たマーちゃんは、丸まっちい手を振りながら妙な声で鳴き始めた。

 俺の考えでは奴らは北キツネじゃないし、鳴き声の方は適当なんじゃないかと思う。

 身振りに加えて念話も使っているんだろうが、言語思考に割り込む為には相手の言葉を理解してなきゃ無理なんじゃないだろうか。


「ウォォォアォウウウゥゥゥ!」


 長く大きな叫び声が上がった後、大勢おおぜいの連中に取り囲まれたマーちゃんは棍棒で袋叩ふくろだたきになっていた。



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