第7話 ケンチの能力

 翌朝、シャワーを浴びてジャージを着直した俺は朝のお祈りを済ませてから、かまくらハウスの外にある東屋あずまやに顔を出した。

 すっかり贅沢ぜいたくが身についてしまったみたいで、いつの間にかそこに居た黒子くろこさんからマグカップを受け取って、中のコーヒーを飲むまで『いつもの朝』みたいな顔を崩さなかったぐらいだ。


「ん!? コーヒー? コーヒーだ! これ……そういえばこんな飲みもんがあったよな……」


 俺は頭をなぐられたような衝撃を受けた。

 俺はこっちに順応しすぎて、前世のことを忘れつつあるようだ。無意識に砂糖もミルクも入れてしまった。

 もちろん、これを売るなんてことは考えてない。文化の発展なんてものは他の誰かがやれば良いんだ。

 探索者なんてクズの集まりだし、俺もご多分たぶんれずクズだ。

 それに俺は文化汚染てものを恐れているところがあって、バタフライエフェクトの責任を取りたいとも思ってない。


(※バタフライエフェクト:非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながること)



「おはよう、ケンチ。昨日はよく眠れたかな? 今日から大森林だ。出会ったものについてはケンチの仕事の邪魔にならない限り、全部持っていくつもりなのでよろしく頼む」


 今朝のマーちゃんは上機嫌だった。このお姉さんに睡眠が必要だとは思えないが、待つことに慣れているんだろう。何万年単位とかだ。


「マーちゃん、おはよう。そこら辺は遠慮しねえで持ってってくれ。前もって言ってくれると助かる。

弩貝イシユミガイを探すつっても、どうせコボルトどもや角猪ツノイノシシは出るだろうしな」


 今日から大森林の探索を始める予定だ。

 俺にとってはこれが本業だし、人間の手垢てあかが付いてない自然を観察する上では貴重な機会だ。


 俺は朝食の『BLTサンド』をモショモショと食べてから、マーちゃんに説明を始めた。


「大森林っつうのは東西南北に40キロメートル以上あってな、山脈のはじに繋がってて、領地のはじにある。街道の邪魔にならねえから開拓する旨味うまみも今のところえ。

ただし、珍しいもんはあって、俺たちはそれを取って来て売ってるわけだ。しくじると死ぬけどな」


 俺はマーちゃんにザックリと説明をした。


「探索者の死亡率はだいたい8割だ。

死ぬのが俺たちだけなんで、社会全体としちゃあ人間が減るわけじゃねえ。農家や商人や職人、軍人、役人は減らねえからな。

探索者ってのはそういう仕事で、大森林みたいな場所はそういうところだ」


 正直に言えば、探索者組合というのは社会のセーフティネットじゃなくてゴミ箱▪▪▪だ。普通じゃ役に立たない奴が、値打ちのある物を持ってきてくれればおんの字だからだ。

 それでも頭ひとつ飛び抜ける奴はいるから、毎年志望者が後をたない。そいつらの8割は死亡者だ。


「それから、これが今んところの俺の能力スキルだ。こんなでも結構、自分のことをきたえたんだぜ」


 俺はマーちゃんに用意した紙を見せた。こちらではちゃんとした質の植物紙だ。書くものは木炭筆もくたんふでしかなかった。


『ケンチ:25歳

光源こうげんの術

慣性かんせいの術

空歩くうほの術

強化バフ

抗術レジスト

気配感知かんち

気配隠蔽いんぺい

治癒ちゆの術

アイテムボックス』


「こちらの魔術体系はよく理解出来ていないが、大したものだな。使い道が多そうな能力ばかりだ。この世界では剣術は能力スキルに入らないのか? それからこれは全部が日本語訳ということでよいのかな」


 紙を見たマーちゃんからは鋭い突っ込みが飛んできた。


「疑問はごもっともだ。剣術や追跡ついせき術なんてのは鍛えれば身に付くからな。神様もそこまでは介入なさらねえ。

そこに書いてるのは奇跡に近いもんだけだ。

経験や鍛練だけじゃ身に付かない能力だ。外来語が混じってるのはご愛敬あいきょうだな。感じとるとそうなるんだ」


 俺としてはそのまま答えるしかない。


「なるほど。昔にもそういうことはあったな。私は科学の延長としてこの力をとらえすぎているのかもしれん。

ケンチがここまでなのは安心した」


 マーちゃんはそう言ってくれるが、正直なところ、ちょっとは恥ずかしかった。

 こんな能力スキルなんてものは弱い奴が生き残る為の手段でしかない。

 それでも俺にはこれしかないし、持ってるものだけで勝負して、今まで何とかなってきている。今回だって同じだ。


「んじゃぁそろそろ、大森林に入ってみますかね。樹をぶっこ抜く時は先に言ってくれよ。あとは生き物が出てきたら最初ぁ俺に任せてくれ」


 街を出た翌日、俺とマーちゃんたちは大森林へと踏み込んだ。




 森に入ってからのマーちゃんは珍しく大興奮だいこうふんだった。

 樹高15メートル以上にもなる木々の投げかける影の中、地面にはモッサリとした緑の絨毯じゅうたんが敷き詰められていた。


「ケンチ、アレは地衣類だな。この地面全部がそのようだ。キノコも生えてるじゃないか。全部持っていきたいのだが待っててもらえないか?」


 森と裏街道の境界線から1歩だけ入ったらもうこれだ。


 黒クモさんがワラワラと10体も出てきたかと思ったら、そこら辺の地面を全部▪▪掘り返しにかかったのには驚いたね。

 体高3から4メートルのデカいクモが、木と木の間にみっちりとうずくまって地面をあさってるなんてのは酔っぱらいオヤジの戯言たわごとみたいな光景だった。


「マーちゃん、自然破壊はほどほどにしといてくれねえか。キノコはまんま『白いキノコ』つって食えるけど、駆け出しの奴らの獲物だ」


 キノコは大陸公用語でも白いキノコだ。見た目のそっくりな毒キノコもいないし、マッシュルームみたいな味で食える。


「そうだな。自然環境と地域社会には配慮はいりょしなければならない。ところでケンチ、上からクラゲみたいなのが来た。のんびりしてるな。アレは知り合いか?」


 トカゲさん以外に知り合いのいない俺はマーちゃんがそう言った直後に、投げナイフをそいつにはなった。

 笹の葉みたいな刃はそいつのかさの下からもぐり込んで、中枢神経系のどこかに当たったらしい。

 そいつは水風船が割れるような音と一緒に10メートルの高さから地面に崩れ折れた。


 気配感知かんちで気がついてはいたが、黒クモさん達にびびって離れるだろうと思ったのははずれだった。

 

流石さすがだ! 10年も業界で生きている男は違うな。これもらっても良いか?」


 この世界の海にもクラゲはいるが、空中をただよって襲いかかってくるクラゲは こういった森にしかいない。

 『飛びクラゲ』の死骸の上でフワフワと泳ぎながら喜んでいるマーちゃんを見て、俺はため息を吐いた。


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※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。




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