第6話 回鍋肉

 マーちゃんが何故なぜ『採取と観察』を続けているのか俺は何となく理解した。

 彼女はおそらくだが、あり得ないくらいに巨大だ。自分を全て照らしてくれる太陽だって、無いんじゃないだろうか。

 マーちゃんにとっては世界もそこに生きるものも、そこを構成するものも、あまりにも小さくて、アクアリウムの中みたいな物なのかもしれない。それはきっとワチャワチャと動き回っていて、手にとってながめていたい物なのかもしれない。

 それを出来るだけ長く手元にとっておきたくて、あのトカゲさんはみずから記録の番人になることにしたんじゃないか、と俺はそう思った。


「マーちゃん、話ぁ分かった。そういうことなら、俺もよ、協力はさせてもらうぜ。

とりあえずはこのまま大森林まで行かねえか。あそこなら樹を抜いても地面をがしても誰も文句は言わねえ」


 雰囲気が重くなってしまったので、俺はマーちゃんにそんな風に声をかけた。


「そうか。気をつかわせて悪いなケンチ。

それから移動についてなのだが、乗り物を出すことはもちろん出来る。ただ、目立ち過ぎるし、移動が速すぎると見落としも多くなる。すまんが最初は徒歩で大森林まで連れていってくれないだろうか」


 マーちゃんからまたも衝撃しょうげきの発言が出てきた。

 こっちに生まれて25年も経った所為せいですっかり忘れてしまっていた。便利な移動用機械のことを。

 こっちじゃ猪車とか馬車とか鳥車しかないし、どこぞの誰かさんがようやくサスペンションっぽい何かを取り付けたってうわさが流れたばかりだ。もちろん値段はクソ高いし自分で走った方が速い。


 だがマーちゃん製の移動装置なら話は別だ。

 俺がこちらの世界で移動出来れば良いんだから、何かに乗って動いたって問題に無らないはずだ。それが今の技術レベルからへだたったバカっぱやい乗り物でも。


「マーちゃん、俺ぁ楽しみにしとくぜ。次からでも行くのが楽になりゃぁ、そこで探し物をする時間が増えるってことだしよ」


 探し物が増えれば売れる物も増える。売れる物が増えれば金が増えるってわけだ。

 金では買えない物をマーちゃんが用意してくれるのにこう考えるのも変だが、文明的なアイテムは買ってそろえるしかない。空き巣やら強盗やらをやるのはバレなくても不味い。それは俺の信仰する『魔法の神』の望まれることではないだろう。




 野営の準備がらないものだから、俺は9ザイト(18時)まで歩き続け、街を出たその日のうちに大森林の入り口まで進むことが出来た。

 今の季節は春の中頃で、二の月の終わりに近くてもはすっかり落ちてしまっていた。

 早速アイテムボックスの中に入り、風呂でシャワーを浴びて紺色のジャージに着替えたら食事だ。

 ジャージはニケの製品の違法コピーなんじゃないかと思うんだが、俺のいた太陽系がすでに無くなってしまっている可能性もある。


「ケンチ、希望が無かったので今日は適当に回鍋肉ホイコーローだ。味噌汁は明日出そうと思うが、それでかまわないか?」


「いつもすまねぇマーちゃん。あっちの料理が食えるだけでもありがてぇ。それにキャベツ味噌炒めは大好きなんだ!」


 俺の泊まってる『かまくら』の前には簀の子すのこが置かれ、その上に座布団とちゃぶ台が乗っかってる。

 その上には東屋あずまやの様な屋根がもうけられていて、4本の柱にはそれぞれLEDのような照明器具がくっついていた。

 マーちゃんの住んでるこの不思議フロアは何故か夜になると暗くなる。あのバカみたいに高い天井から出てる太陽の光みたいなものが無くなってしまうのだ。


「昼と夜を設定してあるのだ。時間はこちらの世界に合わせた。4日に1度は雨も降るから、食事をするここに屋根をつけておいた。寒くはならないから、そこは安心してくれ」


 芸が細かいのは恐れ入るが、環境の維持に必要なんだろう。

 

 しばらくすると真っ黒いマネキンみたいな黒子くろこさん達が食事を持ってやって来てくれた。全員が紺色のジャージとエプロンを来て、頭には白いヘアバンドをしてる。

 全身が太くて、身長2メートルもあるのに威圧感が無いのはその手に今日の晩飯ばんめしが乗っているからだろう。


 どんぶりに白いご飯、スープわんに鶏湯のスープ、はしとレンゲ、そしてデカい皿に回鍋肉ホイコーローがこれでもかと乗っている。

 プリプリの豚肉に、油でテラテラのキャベツ、それらにからんでいる甜麺醤テンメンジャンのタレ、クソッ、もう涙腺るいせん決壊けっかいしそうだ。


「お待たせした。ケンチは探索者だからカロリーがあった方が良いだろう? まだ25歳だし1日に4000キロカロリーぐらいは摂取した方が良いかもしれん。太りすぎは良くないが、筋肉は裏切らない」


 確かにマーちゃんの言う通り、この業界で1日2000キロカロリーなんて生活をしてたら1週間でガリガリになってしまう。

 たとえ不味まずかろうと粥でも何でも食うのが探索者だ。蜘蛛とかサソリとかラクダとかベア・グリルスとかな。

 

 今はそんなことより回鍋肉だ!


「いただきまひゅ!」


 んでしまったが、そのまま俺は何事も無かったようにレンゲでスープを飲み、久しぶりにあの鶏湯の風味を味わった。

 続いてテカテカでシャキシャキのキャベツと豚肉を頬張ほおばる。豚肉の弾力とキャベツの食感に甜麺醤テンメンジャンの甘辛い味が絶妙だ。町中華の味だ。

 俺はご飯も3杯おかわりして、今日の晩飯を堪能たんのうしつくした。


「マーちゃん、ありがとう。ごちそうさまでした」


 もうアゴまで涙が垂れてたが、今日はお礼を普通に言うことが出来た。


「満足してもらえたようで何よりだ。

ケンチ、今晩はもう寝るのか? それともまだ、何かするのか」


 晩飯に感動して忘れるところだった。

 敬虔けいけんな信徒としてのお勤めを果たさなくちゃならない。


「1日が終わったら、またお祈りをしなきゃならねえ。見てて面白いもんじゃねえと思うけど、携帯用の祭壇さいだんを持ってきてる。そう言えばここに部屋の祭壇を置かせてもらえば、それで済んだんだよな。ウッカリしてたぜ」


 俺は信仰してる『魔法の神』へのお祈りをかまくらハウスの前で済ませた。

 今朝のお祈りの時もそうだったんだが、マーちゃんと黒子さんと黒クモさんたちがやって来て、俺の後ろで興味深そうに見てたのにはまいった。



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