第5話 大森林へ

 依頼を受けた後のこと、俺はすぐにアパートまで戻って、マーちゃんにことの次第しだいを説明した。

 弩貝イシユミガイを獲ってくる為に、これから出かけなくちゃならないからだ。


 組合が持ってるアパートは1ヶ月に銀貨2枚っていう普通の物件だが、石造りで壁が厚いことに今日ばかりは感謝だ。

 こよみについてなんだが、この国では1日は12ザイト、7日が1週間、28日(4週間)が1ヶ月、13ヶ月で1年(364日)になってる。

 長さと重さはメートル法のこともあってきびしいが、時間の流れについては皆んなが割と適当なんで気が楽だ。


 そんなことをマーちゃんにも話したら、かなり興味を持たれたようだった。


「メートル法以外にこよみでも転生者の影響があるかもしれんな。1週間という区切りは独特のものだ。

各世界の基礎きそに人材の環流かんりゅうが盛り込まれている可能性が出てきたぞ」


(※環流:水もしくは空気の流れなどが、めぐり流れること。)


 マーちゃんはそんなことを言いながら、部屋の中をプカプカと泳ぎ回っていた。


「そういえば、マーちゃんは文化的な物品の収集もやってたんだったな。きたねえけど、俺の部屋にあるもんだったら全部持っていっても良いぜ。ガラクタしかねえが。祭壇さいだんと俺の装備だけは持っていかねえでくれよ」


 部屋の中は祈りをささげる祭壇さいだんの周り以外は雑然としていた。昔に購入して使わなくなった物が転がってるからだ。

 こういうのも文化的な品物だってことで、マーちゃんは喜んで回収してくれた。


「これは探索と野営用の道具だな。一般的な品物か……実にありがたい。野営と収納については任せてくれ。

それとなケンチ、大陸公用語の辞書と教科書があると助かる」


 寝袋からランタンまで全部持っていかれたが、部屋がスッキリして助かった。

 マーちゃんからは大陸公用語の辞書と教科書を強請ねだられてしまった。辞書も教科書も高いんだよ。今回はしっかりかせがないといけない。


 マーちゃんとそんなやりとりをしつつ、俺は探索用の装備を手早く身に付けていった。

 下着は綿のアンダーシャツとパンツ、それからグレーのタートルネックのようなシャツを着て、革のズボンと綿の靴下、革のジャケットは前を全部める。革の指貫ゆびぬきグローブもいる。

 こっからはよろいだ。手首から肘までの革鎧、足首からひざまでの革鎧、胴体にベストみたいな鉄胴衣ブリガンダインを着る。最後に頭に革の帽子をかぶって全部だ。


 武器は腰にベルトを巻いて、笹の葉みたいな投げナイフを10本、解体用の分厚ぶあついトラッカーナイフ、さやに入った刀身とうしん60センチメートルの曲刀(ファルシオンに似てる)をげて終わりだ。




 7ザイト(14時)までにはアパートを出ることが出来た。

 こっからは徒歩で大森林まで行かなくちゃならない。

 マーちゃんのおかげで、背囊はいのうの中身は携帯用祭壇さいだんと少しの現金、念のための短い松明たいまつだけになってる。本当にスカスカだ。


 衛星都市ズットニテルの外壁門がいへきもんは出ていくには楽だ。身分証を提示するだけで済む。

 自慢には全くならないが、俺はひもで首からげてある自分の青銅ブロンズ探索者証たんさくしゃしょうふところから出して、衛兵の旦那だんなに見せてからそのまま通り過ぎた。


 ちなみに探索者の等級ってのは強さとはあまり関係がない。

 石・鉄・銅・青銅・銀・金・魔銀・神鋼の8つの階級があるが、どれだけかせいだかが基準になっているため、長く働いているだけの奴と要領ようりょうの良い奴が上の方にいるのも珍しくない。


 俺は街から出て商用の街道をれ、裏街道に入った。こっちの方が危険だが、人通りが無いのと、大森林までの距離が短いからだ。それでも20キロメートルはある。


「マーちゃん、もう出てきても大丈夫だぜ。ここら辺は行商人も来ねえ。同業の奴らで喧嘩ケンカを売ってくるのは殺すしかねえ。もう滅多めったにいねえけどな」


 3キロメートルほど歩いたところで、マーちゃんに声をかけた。

 ここは大森林ほどじゃないが、木がそれなりに生えてる林道で、見通しもきにくい。


植生しょくせいが豊かだ。ここら辺のは引き抜いて持っていっても問題無いようなら持って行きたいのだが……どうかな?」


 マーちゃんからは物騒ぶっそうなご要望が飛んできた。しかも肉声にくせいでだ。

 大体ここの樹をぶっこ抜いてどうするつもりなのか俺にはさっぱり分からなかった。


「マーちゃんはアレか? 文化財の収集だけじゃぁなくて、とか生き物も集めんのか? ここらの樹は実がなるし、実を採ってるガキもいるから不味いんじゃねえかな。何につかうんだよ?」


「ケンチ、世界を構成しているのは目の前の全てだ。観察とは全てが対象になりうる。その足元のコケもな。

私は観察し、それを可能な限り記録しておきたいのだ」 


 マーちゃんは意外と探求者だった。

 俺は足を止めて聞き入ってしまった。

 その間に『黒子くろこさん』が出てきて、足元のこけを土ごと袋詰めにしていた。

 俺の知らないところで微生物の採取はされてそうだ。


「そう言えば私のことを話してなかったな。最初は惑星系や恒星系を分解して食べていたのだ。当時は気がつかなかったが『重力崩壊ほうかいの壁』を超えてもつぶれなかったのは不思議なことだと思う。

超銀河団を食いつくした辺りで『あの空間』に閉じ込められた。

多分、神と呼ばれる上位者の仕事だろう。

それからは時々、他の世界と『あの空間』がつながるようになった。

他に出来ることも無いので世界の観察をすることにしたのだ」


(※銀河の集まりを銀河団と呼びます。銀河団の集まりが超銀河団です。)


(※重力崩壊:物質はある程度集まると内側に向かって核融合をおこします。ものすごく質量が多くなるとブラックホールになったりします。)


 今聞いたことが全て真実だとすると、マーちゃんは俺が考えている以上の存在だった。その話には妙な説得力があって、ウソだとは思えなかった。


 大森林に向かう道すがら、後で教えてもらおうと思っていたことを俺はこんな場所で聞いてしまった。


 

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