第4話 探索者組合

 昨日はすっかりマーちゃんにお世話になってしまった。

 風呂の後で散髪までしてもらい、ついでに歯科検診も受けて歯石まで取ってもらった。

この世界でも虫歯は怖い。甘いものが少なくても酒があるからな。


 それから俺がパンツで苦労していると勘違いしたマーちゃんは新しい下着として、伸縮性と通気性に優れたボクサーパンツを何着か用意してくれた。

 こっちの方がき心地がいいから、正直にありがたい。


 今日の俺は後ろと両脇を刈り込んで2ブロックになった茶髪ちゃぱつに革のジャケットと革のズボン、綿シャツ、ショートブーツで、探索者組合の事務所に向かっていた。

 念のために言っておくと茶髪は生まれつきだ。


 俺だって危ない真似まねはしたくないが、折角せっかくアイテムボックスという有用な能力スキルも授かったのだから、早く役立ててみたいという気持ちもある。

 マーちゃんからは「街の外にある大森林に連れていってほしい」と頼まれてしまっていることもあり、お世話になりっぱなしという俺の立場もあって、探索者組合で依頼を探してみることになったわけだ。





退け!ゴルァァァ!」


「ファガダァァ!」


 組合事務所の入り口付近、両開きの扉の前で、ふて腐れたようなつらをして座り込んでいたガキが蹴り倒された。叫び声だけは個性的だ。


 蹴り倒したのは俺だ。茶色い革のズボンをはいた脚を思いっきり振り抜いて、これまた茶色いショートブーツの爪先を相手の脇腹にめり込ませてのことだ。

 蹴り倒された方は髪と同じ茶色のヒゲが生えていたが、まだ16とか17歳ってとこだろう。

 何かに失敗して誰かに因縁いんねんでもつけるつもりだったに違いない。


「ケンチ、アレはあの対応で良いのか?」


 まだ、探索者組合の事務所前だってのにマーちゃんがニュっと出てきてしまった。

 今の質問は念話だ。相変わらず何でもありだ。


「マーちゃん、探索者には『負けが込んでてろくでもない奴』だっている。

ああいうのは甘い顔をして相談に乗ってやりゃあ付け上がる。

それにどの神様もああいう奴には能力スキルをくださらねえ。

俺は業界に10年いるけどよ、ああいう奴が違う結果になるのを見たことがねえな」


 蹴り倒されたヤツがよろよろと歩いて逃げていく様子を見ながら、俺はマーちゃんに出来るだけ簡潔かんけつにサラっと説明した。

 マーちゃんは念話が使えるが、俺は聞こえるだけで念話を発することは出来ない。

 この会話もはたから見たら独り言にしか聞こえないだろう。しかもこちらでは未知の言葉でだ。周りに人が居なくて良かった。


 探索者になる奴ってのは孤児院で育った孤児のごく一部、俺みたいな地方出身の次男や三男、そして街の出身者で占められる。

 街の出身者だと、親もいるのにガキの頃から手のつけられない破落戸ゴロツキだと相場が決まってる。

 探索者として上手くいかない奴は犯罪者になるし、それでしくじったらのどを切られて街の外壁から吊るされることになるわけだ。

 

「とにかくだ、さっさと依頼を見てこようぜ。もし依頼が無くても、森には絶対に連れてくから安心してくれ。

それから他のヤツらに見つからないようにしといてくれ」


 昨日からの相棒パートナーであるマーちゃんに、俺は力強く請け負った。

 ここは事務所の入り口の前だ。

 こんな場所でぐずぐずしていたら、どんな噂が立つか分かったものではない。

 今の俺はマーちゃんと日本語で会話してるから、入り口の前で未知の言語をつぶやいてる変な奴だ。


「そこは期待しているぞ、ケンチ」


 こっち側に出てきてしまったマーちゃんはそう言うと姿を消した。流石に器用だ。

 

 そんなわけでようやく、俺たちは『オーデン伯領 衛星都市ズットニテル』にある探索者組合の事務所の扉をくぐり抜けた。





 探索者組合の事務所内は昼の時間は閑散かんさんとしていた。

 フロアの広さは幅も奥行きも30メートルぐらいあってそれなりに広い。

 この国や他の国もそうなんだが、長さや重さはメートル法が古代から使われてる。転移した同郷どうきょうの奴がなにかしたんだろう。それについての詳しい話は民間人のレベルでは伝わってない。

 俺自身が大したことない人間なものだから、そこら辺は気にしたことがない。


 入り口から入って右側にはカウンターが長々と並んでいる。受付窓口ってやつだ。

 中には顔とスタイルの整った受付嬢うけつけじょうがズラリと6人ほど並んでいた。

 こいつらは『じょう』を名乗るだけあって、素材で勝負出来る女しかいないから化粧が薄い。

 シャツの胸元は全開で、ついでにスカートは脚の付け根までしかないようなタイトな代物しろものだが、それは全部カウンターの向こう側だ。

 それなりの金さえ積めば、どんなことでもやってくれるんだが、正直言って風俗嬢ふうぞくじょうの方がマシなんで、探索者になってからの俺は初回以外お世話になったことがない。

 今回、用があるのは一番奥のカウンターだ。


「おはようございます。アッコワの兄貴」


 一番奥のカウンターに居るのは、酷薄こくはくそうで怜悧れいりな整った顔をした男だ。

 ピシッとしたジャケットとオールバックの銀髪が目にまぶしい。

 このアッコワ・ユシュトルって御人おひとは貴族の係累けいるいらしいが、俺が最初の頃からお世話になっている兄貴でもある。


「ケンチか。今日は働きに出るみてえだな。神様は失敗についてはお優しいが、怠け者なまけもんには容赦ようしゃしてくださらねえ。能力スキルがされてるされる前にはげめ。

今日は依頼の確認か?」


 そう言うアッコワの兄貴の声は落ち着いたバリトンだったが迫力があった。

 まだ30代じゃなかっただろうか。


「へい、久方ぶりに森に行ってこようと思ってるんですが、何か良い依頼はねえでしょうか? 今回は無くても行ってこようと思ってまして」


 それを聞いたアッコワの兄貴はスッと紙を出してくれた。


弩貝イシユミガイだ。期限は6日。物が大きいが持ってこれるか?」


 運の良いことに依頼があった。

 しかも大型生物の運搬だ。

 俺のアイテムボックスにピッタリの依頼だ。


「それでお願いしやす。実は……大きい声じゃ言えねえんですけど、新しい能力スキルを授かりやして……」


 俺はポソポソと答えた。

 ちなみに言葉づかいが悪いのは俺が田舎出身の所為せいもあるが、探索者のがらが全体的に悪いからでもある。

 こちらの言語だけならまだしも、日本語の言葉づかいまで悪くなってしまったのはいただけない。引きずられ過ぎだ。


 能力スキルのことを聞いたアッコワの兄貴は目を細めると、顔を俺に寄せてささやいた。


「ケンチ。前から思ってたんだがおめえには見所がある。そんならこの件はこっちで手続きしといてやるから、おめえはさっさと森に行ってこい。抜かるんじゃねえぞ」


「アッコワの兄貴、ありぁとうございます」


 そんなわけで、俺はマーちゃんを連れて大森林に入り、弩貝イシユミガイってくることになった。


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※お読みいただきましてありがとうございます。この作品について評価や感想をいただければ幸いです。



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