第四篇

 さて残りは……後始末か。心残りってのが猫にもあんのかは知らねえが、今回の仕事でいちばんの厄ネタを片付けねえとなぁ……。


「一体なんだねキミは! こんな所に人を連れてきて、何が目的だ!」


 椅子に縛られて転がされてるってのに、元気だねえ、坊ちゃんは。つっても坊ちゃんて歳でもねえか、俺よりちょい下だしな。俺はあの廃ビルの現オーナー様を……まあ、ちょっとしたコネとカネを使ってあの廃ビルまでご招待したってわけだ。……コイツを調べていたらまあ厄ネタが出てくる出てくる。裏取りできねえ話ばっかりだったから後始末だの口封じだのは万全にしたんだろう。上手いことやっているよ。でもな、そんなのバケモノには関係ねえんだよ。


「へへ、まあ、インタビューってやつですよ。俺ァこれでもブンヤでしてね。社長さんに教えて欲しいことがあるんすよね。親父さんのこと、で」


 そう伝えると顔を強ばらせて静かになる。前オーナーの病死ってのがまあ……コイツが毒を盛ったってわけだ。父殺しとはまた業が深いにも程があるが、前オーナーが資産を目減りさせるような放漫経営をしていたんだから、気持ちはわからんでもない。実際コイツに代替わりしてから業績は伸びてるんだから大したもんだ。他の経営陣は察してはいても確たる証拠が出ない以上はダンマりを決め込んでやがる。それなりに立派なグループ企業の取締役ってのも気苦労が多くて素晴らしいね! 俺はそんなのは御免だがな。


「父の何が知りたいんだね?」


 平静の仮面を被り直すことに成功したのか、声を震わせてもいない。流石だねえ。


「表向きは病死したことになってるが、あれお前が盛ったんだろ? ああ、しらばっくれなくていい。たぶんお前はここで死ぬ。素直に話せば死なないかもな?」


 沈黙。獣臭が少しずつ濃くなってきたな……常命には持ちえない気配に肌が粟立つ。俺の感じているこの臭気を、コイツも感じているのだろうか。それとも端的な死を明示されたことによる重圧か。猫の足音すら聞こえてきそうな重たい沈黙のなか、恐怖を生唾とともに飲み込んだ男が口を開く。


「必要なことだったんだ。父が代表のままだったら、大変な数の失業者を産み出していたはずだ……俺はその命を救ったんだ! 彼らの家族の命だってそうだ、俺が救ったんだ! お前が父の何だったかなんて知らないが、俺は正しいことをやった! 恨むのはお門違いだ!!」


 息を切らしながら絶叫する男には罪悪感など欠片もないように思えた。本心から従業員たちや関連企業を助けたいと思っていたのかもしれない。それで父殺しをやってのける……ダークヒーローってやつか? まあ俺がコイツをどう思おうと、コイツ自身がどう思おうと関係がない。


「ご立派なことだな。当時の経営状態は調べさせて貰ったが、俺だってアレじゃどうしようもねえと思うよ。お前は上手いこと建て直したよな、すげえよ。だがな、そんなこと猫には関係ないんだ。……そう、猫だ。お前の親父が可愛がっていた黒猫だよ。覚えているか?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になりやがる。俺だってこんなのところで猫の話をされたらそんな顔になるかもしれねえな……と、苦笑している場合じゃねえ。ジワジワと温度が下がってきている。アイツが出てくる前にコイツと話を共有しねえと、視えないままの仇を殺したんじゃハレる恨みもハレねえしな。


「あの猫はお前が手配した工事業者に殺されたんだ。だが、それはお前のせいじゃねえ。そのせいでバケモノになっちまったってだけだ。だけど、そのバケモノは生前に受けた恩を忘れていない……つまり、お前の親父の仇を討ちたいんだ」


「いったい何の話だ!? 金が欲しいならくれてやる! 俺を離せ、帰らせろ!」


 視えないやつってのはそうだ。非科学的だとか言ってバケモノの存在を認めない。まあ仕方ねえか、見聞きできるものしか人間は理解できねえ。バケモノが実在することも、それが現実と幻想の狭間を越えて、コッチ側に出て来ることも知らなければ理解できない。


「気付いてるか知らねえが、ここはお前の親父が喫茶店をしてたビルだよ。その猫はバケモノになって、ここで待っていたんだ。お前が再びここに来るのをな。これまでここに来なかったお前は運がいいよ。それは認めてやる」


 顔色が変わる。自分を殺すバケモノがここにいるかもしれない。そんな風に思ってしまったんだろう。……現実なんて本当はあやふやなもんだ。そこに観測者がいなくなっただけで生と死ですら一匹の猫のなかに同居する。境界線なんて、幻みたいなもんだ。だから、観測者の誰もがそこにソレが在ると考えてしまえば、ソレはもう、そこに在るのだ。


「その間に何人もあいつの餌になった。これもまあ、お前のせいじゃない。だがあのバケモノを産んだのはお前なんだよ。だから……」


 責任を取れ。そう言った時、何かが俺の横を通り過ぎた。

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