第二篇

 前回書いてから随分時間が経った。早く書かねぇとな、あいつのためにも。


 さて、出逢ったその場その時に死にかけるオカルトってのはそう多くはない。その類は力が強いかわりに、縄張りを守ろうって意識が強いからかそこから出ていったやつを祟ることが少ない。それでも俺は念のためお大師様のとこに行っていた。甘く見て大怪我するのは御免だからな。ま、そうしたら案の定ってやつだ。


「これはまた大物に喧嘩を売ったものだ。拙僧が猫アレルギーでなくて助かったなぁ。ほれ」


 笑いながら差し出された手には可視化された魍魎……死んでるようだがノミか、これ。手のひらいっぱいに乗っかるほどの大きさの、人の顔をしたノミなんざ見ていて気持ちの良いもんじゃねぇが……ヘルメット被ってやがるし、胴体もなんとなく作業着に見えるあたり、あの猫に喰われた工事業者か? じゃあ工事を途中までやってたってのは本当か。そっちから調べてみるかね……。


「深追いするなら持っていけ。お前さんなら死ぬことはないだろう」


 お大師様がそういって差し出してきた小袋の中身は……珈琲豆? なんだこりゃ。ところで俺は大怪我もしたくないんですがね。そう抗議しても知らぬ風にニコニコしてやがる生臭坊主に心の中で中指を立てながら、俺はあの雑居ビルが稼働していた頃を調べるための算段を練っていた。なんであんなとこに化け猫が取り憑いてやがるのか、話はそこからだ。


 方々に話を聞いていくうちに、なんとなく話は読めてきた。曰く、雑居ビルの1階ではオーナーが趣味で喫茶店をやっていて、そこには特定の野良猫が出入りしていて可愛がられていたらしい。飲食店に何処を歩いてきたかも知れない野良猫がうろつくなんて、今じゃ考えられもしねえが、当時は色々適当……おおらかだったからな。

 オーナーが病で亡くなり、その息子は跡を継がず、採算の取れない喫茶店を畳んだ。ビル自体が老朽化していた事もあり、建物自体の耐震化工事や改装なんかも決まっていたそうで、上階のオフィスやらなにやらも次々に退去していった。その猫だってその騒動のうちにいなくなると常連は思っていたそうだ。どんなに可愛がられていたって野良猫なんて餌のない場所にわざわざ出入りなんてしない。まして改装に備えた引越しのために人が出入りし、大きな音のする空間だったんだ。さっさと別な餌場や塒を見つけるだけだろう。普通なら。

 だが、どうもその猫は普通じゃなかったらしい。閉めた店の窓や換気扇の隙間から中に入っていくその猫を見掛けたっていう人間が大勢いるのだから猫違いってこともなさそうだ。なんのためにその猫が店の中に入っていっていたのかまでは誰も知らなかった。まあ、猫のやることの理由なんて人間が分かるはずもない。

 しばらくして工事が始まると、事故が相次いでしまい工事は中断。神主やら坊さんを呼んでお祓いしたって続くもんだからどうしようもなかったらしく、計画自体が白紙になって放置され今に至るということらしい。あのお大師様も呼ばれたって話が出てきた時は知らぬ振りの恵比寿顔を殴りに行こうか考えたが辞めておいた。だがどれだけ聞き回っても、猫がどうなったかは誰も知らないようだった。封鎖されたビルの中でひっそりと息を引き取っているのか、それともいつの間にか何処かへ去ってしまったのか。はたまた、未だあの喫茶店で店番をしているのか。といったところらしい。


 おかしい。


 俺が遭遇した化け猫はそいつなんだろうか? あのバケモノは確かに俺を焼こうとした。同じ目に遭わせてやるという殺意を込めて、だ。同じ猫だとしたら、いつ焼かれた? いつ、殺された?

 俺は考える。記事を書くならここまでの取材で十分だ。廃ビルと、ビルオーナーのやっていた喫茶店。そしてマヨヒガの喫茶店。その話だけでも記事なんていくらでも書いてやれる。だが、猫だ。あそこには今、オーナーだったり入居者だったりではなく、猫が取り憑いている。侵入しただけの人間に殺意を持つほどの怨みを持った、あの場所を終の住処と定めた猫を放っておくのか。


 放っておくべきだ。次も怪我で済むとは限らない。


 俺はそう結論づけた。

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