ある記者の回顧録

くるり

ある記者による回顧録

第一篇

 誰に読ませるわけでも無いが、俺が死んだらあの記事はなんだったのか誰にもわからなくなっちまう。それは不憫だと思うので、字を書けるうちにこの話を書き留めておこうと思う。

 俺の遭った、変わったバケモノの話だ。


『廃墟の怪喫茶を取材して記事にしろ』


 それは廃刊間近のオカルト誌の、ありふれたゴシップ記事の仕事だった。

 あるビルが改装工事中の事故によって計画自体が白紙になってしまい、改装工事も当然にご破算。廃墟のまま宙ぶらりんで放置されているビル。そんな廃ビルに忍び込むといつの間にか迷ってしまい、あるはずの無い喫茶店に辿り着くという。そこは死者の店で、供されるモノを口にすれば二度と帰れない。だからあのビルの周りには浮浪者も破落戸もいないのだ、という噂がある。らしい。

 噂があるという噂話。その程度の与太話の取材。詰まらない仕事と言っちまってもいい。なんなら家から一歩も出ないで、適当に有る事無い事でっちあげて原稿を送り付けたところで誰からも文句を言われないような仕事だ。

 そんなどうでもいい仕事、受けなくても良かったんだが……まぁ、言い訳をするならそう、暇だったんだ。世間の熱狂に乗って株と土地でひと儲けした頃に自分だけ冷めちまった。そこからお先にイチ降りたってしたら世間様は大変なことになっていたわけよ。そうすると真面目に働いてやろうって気も起きねえわけだ。そんな風に燻っていたところにこの変な仕事。虫の知らせもあったが、とりあえず行ってくるわと件の廃ビルまで来てみたわけだが……。


「なんかあるねぇ、ここ」


 俺の若い頃にオカルトブームがあったが、それでいうところの霊感というものが俺にはあったらしい。それでオカルト誌の仕事にありつけたんだから、それ自体は良いことだろうとは思う。だがそのせいで命が危なくなる目にあったのも1度や2度じゃない。除霊で有名なお大師様にはとっくに顔を覚えられて仕事抜きでも呑みに行く仲だ。

 そんな俺だが、この感覚の良い悪いの判断は付かない。無害だったことも多いが、同行した後お祓いに行かなかったヤツが半身不随になった案件もあった。その時は仕事終わりにお大師様と呑みにいったんだが、塩をぶつけられた。袋で。痛かったが半身不随に比べりゃマシだ。

 ここにいるのはどんなヤツなのか。ホントに喫茶店はあるのか。あったとして、何でそんなことになってんのか。気になるものは調べてやんねぇと、供養もできねぇからな。

 そこで見たことの大半は墓場まで持っていくと誓っちゃいるが、これだけは先に書いておこうと思う。


 喫茶店はあった。最高に美味い珈琲が飲めた。


 さて、廃ビルに足を踏み入れた俺を出迎えたのは視線だ。もちろん人間のソレじゃない。臓腑を、心根を、魂の起源を見透かすような、総毛立つ怨みの籠った力ある視線がまとわりつく。ある程度慣れている俺ですら足が震えてくる。どこを見返しても目が合ったという錯覚がある。バケモノがたくさんいるのか? 眼が多いのか? それとも他の何かかはわからねえが、濃密な視線は様々な感情に似たものを叩き付けてくる。

 警戒、敵愾心、隔意。歓迎されていないようだと振り返って出入り口を確認したとき、臭いを感じた。肉や毛が焼け焦げ……そこまで考えたときにはもう、身体が動いていた。

 弾けるように身体を投げ出して廃材とガラスの散らばる床を転がる。瞬きの後、さっきまで立っていた場所に轟と音を立てて赤い光……火柱が立ち上がっていた。熱波とともに襲い来る、鼻腔を殴りつけるような悪臭に息を吞むが、まだだ。崩れた体勢のまま更に転がる。風を切る音と共に硬質のモノがコンクリートを斬り裂く音、そして……獣臭! ビルに憑いてるくせに、人間じゃねえのかよ!? 驚きながらも体勢を整えて立ち上がる。

 この野郎、警告無しでいきなり殺しに来やがった……。警戒心を何段階も引き上げ、隙をうかがうような視線を睨み返しながら息を整える。


 静寂。


 焼かれた畜生風情が、人間様ナメんじゃねえぞ! そんなことを考え、最も強い攻撃的な視線と向き合いながらジリジリと下がっていく。いま目指すべきは出口だ。恐らく縄張りさえ出れば安全圏……!


 フシャーッ……!


 ビルを脱する間際、猫が威嚇する声が聞こえた気がした。

 ……最初にやってくれよな、それ。

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