第50話 母とのやり取りを思い出して

その頃アルナンド達は竜化してライゼウスの屋敷の近くまで来ていた。


 カイトが仲間を装って屋敷に入ろうとしている頃、プリムローズは2階の寝室に運ばれている途中だった。




 セザリオは機嫌よくプリムローズを寝室に運ぶとベッドに下ろした。


 「カーテンは閉めようか。プリムローズも恥ずかしいだろう?まあ、もっと慣れてくれば明るい所でのお楽しみもいいけどね」


 セザリオはご機嫌で重厚なカーテンを閉めた。


 部屋は一機に薄暗くなりプリムローズは焦る。


 (どうやったらここから逃げ出せるの?思い切ってやって見るしか…)


 ベッドに横になっていた身体を起こしてベッドから下りようと脚を伸ばす。


 すると脚は思うように動いてベッドから立ち上がれた。


 (今度は部屋から逃げ出すのよ)


 そう思って扉に向かおうとした時セザリオが声をかけた。


 「プリムローズ。逃げ出すつもりか?いけない子だな。ライゼウスに言われた事を忘れたのか?何と言われたか思い出せ。俺とここにいろ!」


 そう言われた途端。


 身体がくるりと回れ右をしてベッドに向かった。


 「良し、いいぞ。さあ、服を脱ぐんだ」


 「はい」


 言われるままプリムローズはブーツを脱ぎ始める。続いて着ていた服のボタンに手をかけ始めた。


 (もう、どうして…これって…どうしようライゼウスに言われたようにセザリオの言うことをなんでも聞いてしまう。そんなのいやだ!)


 「いいぞ。さあ、全部脱いで」


 プリムローズは手を何とか止めようとするが指は全くそれに反応しない。


 頭では脱いじゃだめと思っているのに身体は言うことを効かない。


 (もう!何なのよ!)


 頭の中で激しい拒絶反応が起きた。


 その時プリムローズの脳内に突然前世のプリムローズの母が生きていた頃の記憶が蘇った。


 プリムローズが幼いころ母親は朝から夜遅くまでいつも忙しく働いていた。


 物心ついてからも母は忙しくいつも一人で遊んでいた。


 ひとりで遊んでいるといつも周りの子供や大人たちの言うことが耳に入った。


 大人たちはプリムローズを見かけるとこそこそ話をした。


 ”あいつは父親がいないんだ。母親が辺境伯癪様の弟クロノス様に色目を使って妊娠までした。でも、あんな女を貴族が相手にするはずがないだろう”


 ”それにその人の子かさえもわからないんだからな”


 ”ああ、あんな子と一緒に遊ぶんじゃないぞって良く言い聞かせておかないと”


 ”機織りの仕事も辞めさせられたって言うじゃないか”


 ”だからああやって宿屋の女中をしているんだろう”


 ”おい、それに宿じゃあ、客の相手もしてるって噂だぞ”


 ”ああ、だろうな。女一人の稼ぎじゃ大変だろうからな。それに女はいいよな。楽しい思いも出来る。一石二鳥じゃないか”


 ”それに子供さえ出来なけりゃこんなことになっていなかっただろうになぁ”


 大人たちは口々にそんな事を言っていた。


 子供たちは子供たちでプリムローズを見るとはやし立てた。


 【や~い。お前なんかと遊んでなんかやらないからな】


 【あっち行けよ。お前がいたら汚いのが移るじゃないか!】


 【いいか、みんな。あいつを仲間に入れたら許さないからな】


 子供たちも大人の言うことに習って同じようにプリムローズを貶めた。


 プリムローズはどんどん内向的になって話もろくにしなくなった。


 それに母も忙しく言いたいことも言えずいつも我慢する癖がついたのもこの頃の事が原因だろうなと思った。


 ラルフスコット辺脅迫の所に連れて行かれた時もそうだった。


 嫌だと言えばよかった。


 自由にしてくれと言えばよかった。


 でも、私はそうはしなかった。


 やっと逃げ出したのは生贄とわかってだから。



 不意に記憶の断片が掘り起こされた。


 それはある夜の母との会話だった。


 その日私は絵本を読んだ。母親に捨てられた子供の話だった。だからつい母にそんなことを聞いた。


 『どうしてお母さんは私を産んだの?』


 『なあにいきなり。あなたが出来て母さんは本当にうれしかった。だからあなたを産んだのよ』


 『でも、お父さんは私たちを捨てた』


 『捨てたなんて思わないで。母さんは本当にお父さんを好きだったの。でもそれは一方的な思いでね。お父さんに取ったらたった一度の過ちだった。でも、あなたを妊娠した。それがわかった時奇跡だって思ったわ。好きな人の子供を授かるなんて女としたらすごくうれしい事なのよ』


 『じゃあ、お母さんは私を嫌いじゃない?』


 『当たり前じゃない。だから何を言われてもプリムローズは胸を張ってね。お母さんは何も悪い事なんかしていないからね。きちんと真面目に働いてあなたと暮らしているんだから…でも、いつも忙しくてごめんね。何とかあなたにいい暮らしをさせてあげたいけどこれが精いっぱいなの。許してねプリムローズ』


 『ううん、お母さん大好き。でも無理しないでね』


 『ありがとう母さんもあなたが大好きよ』


 (そうだった。母は私をいつも可愛がってくれた。どんなに貧しくても苦しくても愚痴ひとついわずにいつも笑顔だった。なのにお母さんは急にいなくなった。どうして…あっ、そう言えば男に無理やり連れて行かれたんだった)


 そんな記憶が蘇りプリムローズに心の中で何かが変わった。


 (こんなの嫌だ!)




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