第19話 出掛けます
プリムローズたちはパン屋に寄って昼食のサンドイッチを買い相談所に戻って食事をする。
「今、お茶煎れますね」
「ああ、俺は奥の部屋で食べるからプリムローズは好きに食べたらいい」
「はい…」
アルナンドは淹れたお茶を持つとさっさと奥の部屋に引っ込んだ。
(わたしって嫌われてるのかな?そんなに一緒が嫌ならもういいや)
まだ、誰も帰っておらずアルナンドは別室と言ってもこの空間に二人きりという事がたまらなくなった。
プリムローズは食事を済ませるとせっかくだからローリーに会いに行って来ようと思った。
(ほんとは最初にローリーの所に行きたかったんだけど仕事だから遠慮したんだよね。ローリーに会うのはすごく久しぶりだから緊張するけどきっと心配してるだろうし会いに行ってきてもいいよね?)
プリムローズはアルナンドに声をかけてから出掛けようと奥の部屋の扉をノックする。
扉越しに声をかける。
「アルナンドさん、私少し出かけてきますので」
慌ててアルナンドが出て来る。
「どこに行く?また変な男にでも絡まれたらどうする?俺も付いていく」
「でも…大丈夫です。今度は機織り工房で働いている女友達の所に行くだけですから」
「だが、道中は危険だ!俺は後ろからついて行くだけだ。お前の邪魔をするようなことはしない。だから…」
アルナンドはぼそぼそ何か言うが聞こえない。それに髪をガシガシ掻きむしってその美しい白金の髪はぐちゃぐちゃになっている。
「あっ、もう。髪ぐしゃぐしゃになってますよ。頭下げて下さいよ」
プリムローズはアルナンドの頭の髪を何度も撫ぜつけてきれいにする。
アルナンドは借りて来た猫みたいに固まってそれでいてうっとりしたような顔でされるままになっている。
そんな顔に気づいてプリムローズは自分が何をしているか気づいてパッと手を離した。
(もう、なんだか頼りないなぁ。アルナンドさんにはもっとしっかりしてほしいのに…)
前世の会社で上司は圧倒的に恐い存在だった吉田あかねとしては、やる気のない少し抜けたようなアルナンドは何だか物足りないのだ。
「これくらいでいいですかね。…あの、余計なことかもしれませんけど、アルナンドさんはこの結婚相談所の一応所長何ですからもっとこう…威厳のある態度と言うか…」
「威厳?そんなもの必要か?」
せっかく整えた髪をまた掻きむしられプリムローズは唖然とした。
「いえ、何でもありません。でも、どうしてもついて来るなら黙ってついてきてくださいね」
「ああ…」
ぼそりとつぶやくアルナンドに更に腹立たしさが増した。
***
機織り工房はセトリアの北側に集中している。カイトに聞いた話ではマルベリー通りからは馬車に乗ったほうがいいらしい。
プリムローズは恥ずかしい話お金を持っていなかった。
今日は会社から渡された交通費を預かっていたのでそれを使うことにして乗合馬車に乗る。もちろんアルナンドも一緒に。
「ふたり分だ」
先にお金を払ったのはアルナンドだった。
「アルナンドさん私が払いますから」
「どうして?これも仕事だろう?経費だ。遠慮することはない」
(そう言えば昼食のパン代もアルナンドが払ってくれた。もう、私ったら何だかみっともないな。でも今は何もないからこれからしっかり働いてお返しするしかないか…あっ、しかもアルナンドさんって一応上司だし言葉遣い気をつけなきゃ)
乗合馬車は混んでいて私とアルナンドはぴったりくっつくように座る。
プリムローズは改めて挨拶をするべきだと…
「あの、何もかもお世話になりっぱなしですみません。私頑張って仕事しますからよろしくお願いします所長」ぺこりと頭を下げる。
「はっ?俺にそんなことする必要ないから、所長なんてやめてくれ。アルナンドでいいし…それから少し離れてくれ」
アルナンドは何だか辛そうな顔をしている。
「ごめんなさい」
プリムローズは飛びのくように彼から離れると顔を真っ赤にして俯いた。
「ありがとう」
アルナンドはプリムローズとくっついたせいでずっとビリビリと激しい痛みに襲われていた。
それも嫌だったが彼女に触れていると思うと何だかいけないような気もして来て…
まさかそんな事を話すわけにもいかず彼女を傷つけたと思うとますます戸惑って何も言えなくなった。
「はぁぁぁぁぁ…」アルナンドは聞こえないよう小さなため息をつくだけだった。
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