第67話 ユリア先生に個人補習を告げられ・・・

「じゃあ、この問題を……拓雄君、やってみて」

「っ! は、はい……」

 数学の授業中、拓雄はすみれに当てられて、黒板に書かれた図形問題を解く様に指示される。

(えっと……これから、どうするんだっけ……)

 途中まで解いてみたが、すぐに行き詰まってしまい、チョークを動かす指が止まってしまう。

「昨日、やった問題のおさらいよ。ちゃんと、復習して来なかったのかしら?」

「すみません……」

「期末試験も近いんだから、駄目じゃない、そんな事じゃ」

 と、あからさまに不機嫌な顔をしながら、すみれは拓雄に注意し、拓雄も肩を落として、席に戻る。

 最近、すみれに難しい問題を当てられる頻度が高くなっており、拓雄も答えられずに困っていた。

 それ以上に、すみれが最近、拓雄にあからさまにキツく当たっていたので、彼もすみれを恐れていたのであった。


「何かわからない所ある、拓雄君?」

「い、いえ」

「そう。何か気になることがあれば、遠慮なく言ってね」

 美術の時間になり、水彩画を描いていた拓雄に、彩子が笑顔で話しかける。

 最近、彩子はやたらと拓雄の周囲を授業中、回る様になり、彼女の熱い視線を常に感じたまま授業を受け続けていったのであった。


「いらっしゃい、拓雄君。よく来てくれたわね」

 放課後になり、彩子に呼び出されて、美術準備室に足を運ぶと、いつものようにすみれとユリアもおり、彩子に手を引かれて、中に入る。

「ふん、よく来れるじゃない。この二股男子め」

「ちょっと、そんな言い方ないじゃないですか。自分が抜け駆けしたのが悪いくせに」

「キイイ、知ってて、拓雄に言い寄った癖によく言うわ」

「はいはい、喧嘩しないの。教え子に手を出してる時点で、二人とも同罪よ。ここは学校なんだから、騒ぎすぎない」

「良い子ぶって。んで、四人で集まってどうしようっての?」

「二人ともやり過ぎよ。ちょっと釘を刺しておこうと思って」

ユリアが鋭い目で、彩子とすみれを睨むが、二人とも悪びれる様子も見せず、

「釘を刺すって今更過ぎじゃない。拓雄が私らを首に追い込むような真似はしないわよねー?」

「はうう……」

 すみれが拓雄を抱き寄せて、自身の胸元に顔を押し付けて言う。

 拓雄も三人に教師をクビになって欲しくはなかったので、告げ口する気はなかったが、特に彩子とすみれが好き放題やっているので、困り果てていた。

「そうよー。いくら、拓雄君を取られたくないからってねえ。ユリアちゃんがモタモタしているのが悪いのよ」

「モタモタとかそんな話をしてるんじゃないの。二人とも少しは教師の自覚を持ちなさい。最近、拓雄君の成績が落ちているのは、二人に原因があるのが明白じゃない」

「そうかしらねー。ユリア先生の教え方が悪いんじゃないですか?」

「あ、あのっ! そんな事ないですから」

 すみれがユリアにキツイ嫌味を言うと、すみれの胸元に顔を埋めさせられていた、拓雄が珍しく食って掛かる。

「あら、あんたにしては珍しい。そんなにユリア先生を悪く言われたのが許せなかったのかしら」

「あーーん、良いなあ……ね、先生が悪く言われても、怒ってくれる?」

「あの、それは……」

「とにかく、二人ともいい加減にしなさいと言ってるの。これ以上は本当に問題になるわよ。わかってるわね?」

「何度目かなあ、ユリア先生に注意されるの。でも、成績が落ちてるのは大問題よねえ。先生の教え方、そんなに悪いかしら? んーーー?」

「そんな事ないです……」

 まるで抱き枕のように、すみれは拓雄を更に抱き寄せて、彼も涙目になって首を横に振る。

 だが、この所、勉強にも身が入らず、彼も悩んでいたのは事実で、その原因が三人との関係にあるのは明白もあった、


「だったら、どうして成績が落ちてるのよ。この前の小テストも酷い点だったじゃない」

「そんなに成績落ちてるんですか?」

「生徒の成績に関わることを口外したくないけど、今の調子だと、期末試験は不安ね。赤点を取ったら、特進から下のクラスに落とされるのはわかってるわよね?」

「はい」

「じゃあ、また三人で補習授業しましょう」

「ええー、またですかあ? 今度の日曜は拓雄君とデートする予定だったのにい」

 そんな予定は全くなかったが、彩子は拓雄を独占出来なかったことへの不満を露わにし、すみれに抱きつかれていた彼の腕を組む。

 ユリアも本気で3人の心配をしていたので、頭を抱えていたが、すみれと彩子はユリアの言うことに従えば、確実に拓雄を取られてしまうと警戒しており、彼女の言う通りに勉強会を行って、水を差されるのに躊躇していた。


「二人が嫌なら、私と二人でしましょう」

「あーー、個人授業なんて、大問題ですよ。贔屓です、贔屓」

「そうよ。ユリア先生はただでさえ、学園では一番の美人教師って評判なんですから、日曜日に男子生徒と二人きりの個人授業なんて大問題です」

「二人に言われたくないんですけど……」

 自分たちのことを棚にあげて、ユリアに文句を言うすみれと彩子に心底呆れた顔をする、ユリアであったが、二人に絡みつかれていた拓雄に溜息を付きながら、

「あなた、今のままで言いと思ってる? 先生たち三人と仲良くしたいって気持ちは嬉しいけど、黙ったままだと二人が付け上がるだけよ」

「うう……」

「ううじゃない。嫌なら嫌とハッキリ言いなさい。拓雄君が態度をハッキリさせないと、二人がクビになるかもしれないのよ、わかってる?」

 いつになく強い口調で、ユリアは拓雄を睨みながら、そう迫り、拓雄も自分の不甲斐なさに余計に泣きそうになってしまう。

 自分のせいで、三人をクビにはしたくなかったが、それでも彼女らの好意は重すぎて受け止めきれず、態度をハッキリ出来ずにいた。

「あーーん、拓雄君をイジメないの、ユリアちゃん。そんな事じゃ嫌われますよ」

「そうだ、そうだ。ただでさえ、キツイ性格してるって言われてるのに、気の弱い拓雄にそこまで言ったら、彼、傷ついて、一生ユリア先生のこと、怖がっちゃうわよー、ねー、ちゅっ♪」

と、ユリアを茶化すように、すみれと彩子が言い、彩子が拓雄の頬にキスをする。

それを見て、ユリアも溜息を付いて、

「日曜日に、学校に来なさい。そこで補習授業するから。強制はしないけど、よかったら来なさい。私からの話はそれだけ。じゃあね」

拓雄にそう告げて、ユリアは職員室に戻る。

「あら、一方的ね。今度の日曜、先生の家にまた来てくれる? 今度は、大人の遊びを教えてあげるわ」

「あー、そんな不純異性交遊は許しません。ね、先生と一緒に出かけよう」

「はうう……」

 ユリアに負けじと、すみれと彩子も勝手に日曜にデートに誘い、二人ともみ合いになりながら、拓雄も彼女らに振り回される。

 だが、拓雄の答えはもう決まっていた。


 日曜日――

「失礼します……」

「あら、本当に来たのね」

 拓雄は学校に行き、指定された空き教室で待っていたユリアが彼を出迎える。

「あの、補習するって聞いたので……」

「ええ。別に強制するつもりはないって言ったけど、良く来たわ。じゃあ、座って」

「はい」

 ユリアとの約束を優先した拓雄は、彼女の前の席に座り、補習授業が始まる。 

 いつものように淡々と講義するユリアの姿がいつになくキレイに見えてしまい、彼女に釘付けになっていたのであった。


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