第66話 先生達との健全な交際は長続きしそうにない

「ねえ、良いでしょう? すみれ先生と付き合えて、私と付き合えない理由が何処にあるのよ?」


「そ、それは……」


 下着姿の彩子に腕をガッシリと組まれ、胸を押し付けられながら、甘い声で執拗に迫られる。


 教師とは思えない振る舞いであったが、それは今更であったので、責める気持ちも起きず、どう答えようか拓雄も悩んでいた。


「それはじゃないわよ。ほら、付き合うか付き合えないか、ハッキリさせる。でないと、ヌードデッサン描いて貰うわよ」


「わ、わかりました……」


「え? 本当に? やったあ! じゃあ、先生を彼女にしてくれるのね?」


 堪らず、そう答えてしまうと、拓雄も深く溜息を付き、一気に罪悪感で押し潰されそうになる。


 二股をかけるなど、最低な行為だとわかっていただけに、自分がどれだけ情けない男なのかと、


「そんなに気に病まなくても大丈夫よ。別にすみれ先生やユリア先生にバレても何も変わらないわ」


「でも……」


「そうよ。ちょっと怒るかもしれないけど、いつも通りになるだけ。何なら、今から二人に報告しちゃう? んじゃ、早速ラインで、私たち、付き合い始めましたーって送るね」


「えっ! ちょっ、先生!」


 彩子がスマホを取り出して、素早くすみれとユリアにラインで、拓雄と付き合い始めたことを報告する。


 咄嗟に止めようとした拓雄であったが、間に合わず、彩子はあっと言う間に、メッセージを送信してしまい、これで二人が知ることになってしまった。


「んじゃ、よろしくね、ダーリン♪ ちゅっ♡」


 そう言った後、彩子は拓雄の頬に軽くキスをする。


 恐らく、二人との交際自体は、長く続かないだろうが、それでも拓雄と付き合っても良いと、返事をもらった彩子は上機嫌であり、勝ち誇った気分にもなっていた。




「それじゃあ、これからどうしようか? 先生のヌードデッサン、したいなら、今、しても良いけど?」


「い、いいです……」


「そう。残念ね」


 そんなに自分の裸体を見るのが嫌なのかと、不満を露にした彩子であったが、これ以上、強引に迫って嫌な印象を与えてはまずいと判断したのか、ここは引き下がり、衣服を着始める。


「ふふん、でも拓雄君と付き合えて、嬉しいわあ。寝、先生と行きたい所、ある? どこでも連れて行ってあげるわよ」


「よくわからなくて……」


「うーん。しょうがないわね。じゃあ、ちょっと紅茶でも淹れてくれるわね。きゃーん、拓雄君とのデート、楽しみ~~って、今、デート中だったわね」


 と、勝手に盛り上がりながら、教え子の前で彩子ははしゃぎ、拓雄も苦笑いして、彼女を見つめる。


 すみれと言い、彩子と言い、何故自分とここまでして付き合いたいのか、拓雄も疑問には思っていたが、それを聞く勇気もなく、彩子にリードされるがまま、一日が過ぎていったのであった。




 翌日――


「という訳で、私達、付き合うことにしましたあ♡」


「…………」


 放課後、彩子はユリアとすみれを美術準備室に招き、拓雄の腕にしがみつきながら、二人に交際を始めたと言う報告をする。


 ユリアは呆れた顔をし、すみれはそれを聞いて引きつった顔をして、二人を睨みつけていた。


「昨日もそんなメールがきたけど、どういう事かしら、拓雄〜〜?」


「あ、あの……」


「すみれ先生が抜けがけするから、悪いんですよ。私達に黙って拓雄と交際始めるなんて、無謀すぎると思いません?」


「う……」


「やっぱり、そういうことだったのね。まあ、二人の様子見れば、バレバレだったけど」


 図星を突かれて、すみれも罰の悪そうな顔をして、視線を逸らす。


「だからって、二股が許されると思ってんの!? 本当、流されやすい性格ね、あんた! 男として最低よ!最低!」


「なら、拓雄君とさっさと別れれば良いじゃないですか。代わりに私が彼女になりますから。ねー?」


「キイイ! そんなの認める訳ないでしょ! 拓雄は私の物! そうよね!?」


「あ、あう……」


 彩子の挑発にムっとなったすみれも、拓雄の腕を引っ張り、すみれと彩子が拓雄を引っ張りだこにする。


 二人に手を引かれて、ただ呻いていた拓雄であったが、そんな三人を見兼ねたのか、


「シャラップっ!!」


「っ!!」


 深呼吸したユリアが大声で叫ぶと、三人も黙り込み、周囲が一転して静まり返る。




「いい加減にしなさい。ここは学校なのよ。誰かが来る可能性はあるし、こんな騒ぎを見られたら、大事になるわよ」


「ふん、良い子ぶって。自分も中に入りたいくせに」


「黙りなさい。教師が良い子ぶらないで、どうするの。拓雄とそういう関係になりたいのは、まだわかるけど、二人は教師としての自覚が足らないわ。拓雄君も拓雄君よ。あなたがハッキリさせないから、こうなるの。わかるわよね?」


「はい……」


 鋭い目でユリアに睨まれながら言われてしまい、拓雄も力なく頷く。


 自分が優柔不断なせいで、こんな事態を招いてしまったことは、彼自身も否定できず、かと言って、強引に迫ってくるすみれと彩子にも手を焼いていたので、困り果てていたのであった。


「今日はもう解散にしましょう。二人のことは、最終的には拓雄君が決めてもらわないといけないの。二人に迫られて困るのは理解できるけど、嫌なら嫌とハッキリ言いなさい。断りきれないって言うのは、あなたが二人と付き合いたい気持ちがあるから、そうなってるんでしょう?」


「うう……はい……」


「何だ、やっぱり私と付き合いたいんじゃない。ふん、だったら素直にそう言えば済む話なのに。良い、先生は別れる気も、真中先生との交際も認める気もないから、そのつもりで」


「そんなの私だって同じよ。すみれ先生より、私の方が良いわよねえ?」


 と、二人は尚も拓雄の腕を引き、一歩も譲る気はないことを、宣告した後、職員室に戻っていき、シュンとしていた拓雄とユリアだけが、準備室に残された。




「はあ……あの二人にもしょうがないわね」


「あの、ユリア先生……僕はどうすれば……」


「どっちと付き合えば良いのかわからないってのが、あなたの本音なら、しばらくはそれで構わないわ。気持ちの整理を付ける時間は必要だと思うけど、あんまり待たせると、取り返しの付かない事態になるわよ。あの二人の強引さはもう理解しているでしょう?」


「はい……」


 ユリアに言われて、拓雄も事の深刻さを理解する。


 すみれや彩子の強引過ぎる好意はうれしくもあったが、彼にはあまりにも重過ぎる好意でもあり、それを受け止める勇気もなかったのであった。


「なら、返事は出来ないと回答すれば良いじゃない。二股なんて、関心しないわよ。自分だって間違っていると思っているんでしょう?」


「すみません……」


「私に謝ってもね。これじゃあ、今、告白しても良い返事は期待出来そうにないわね……」


「え?」


「何でもないわ。じゃあ、先生ももう行くから。あなたも早く帰りなさい」


「あ、はい」


 小声でユリアが呟いた事がよく聞き取れず、一度聞き返そうとしたが、ユリアはさっと踵を返して、準備室から立ち去る。


 拓雄はしばらく準備室の椅子に座り込み、優柔不断な自分に嫌悪しながら、三人との関係をズルズル続けるしかないのかと、頭を悩ませていたのであった。

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