第59話 ユリア先生は自信がなかった

「えっと、ユリア先生の家に行けば良いんだよね……」


 日曜日になり、拓雄は彼女に言われた通り、向かい側のアパートの住む、ユリアの家に向かい、緊張した面持ちでインターホンを押す。


「はーい」


「あの、先生……」


「拓雄君? どうぞ」


 呼び鈴を押して、すぐにユリアが玄関のドアを開けて、拓雄を招き入れ、拓雄も一礼しながら、彼女の部屋に入っていく。


「お邪魔します」


「うん。そこに座って」


 ユリアに招かれ、恐る恐る居間に座る。


 拓雄も彼女の家に行くのは初めてではないが、それでもユリアと二人きりというのは緊張してしまい、夢でも見ている気分になっていた。




「そんなに緊張しなくても良いんじゃない? もう知らない仲でもないでしょう」


「い、いえ。でも先生と二人きりってのはその……」


「その、何?」


「な、何でもありません。それで、今日は何処に……」


「何も決めてないわ。別にどこか行きたい場所もないし。拓雄君が行きたい所があるなら、付き合うけど」


「う……」


 居間に案内された拓雄が淡々とした口調で、ユリアにそう言われたものの、何処に行くかなど全く考えていなかったので、言葉を詰まらせる。


 考えても、ユリアが喜びそうな場所は思いつかず、ましてやこの近所だと、学校の生徒や教員に見られるリスクが高いので、迂闊に連れて歩けず、困り果てていた。


「何も考えてないってことは、行き先は私が全部決めると思っていたわけね」


「は、はい……」


「まあ、事前に相談しなかった私も悪いわ。ましてや、中間試験も近いのだし、生徒と遊び歩いていたら、問題だしね」


「じゃあ、今日は……」


「テレビでも見る?」


 そう言って、テレビを点けるユリアであったが、拓雄も特に見たい番組はなく、気まずい空気のまま、時間だけが過ぎていった。




「…………」


(どうしよう? もうすぐお昼ご飯の時間だけど……)


 テレビを見ている間に、時間が無為に過ぎていき、早くも昼の十二時を過ぎようとしていた。


 昼食はどうしようかと拓雄が彼女に訪ねようとした所で、


「はあ。しょうがないわね。お昼、食べに行きましょう」


「え? は、はい。でも、何処へ……」


「何処でも良いけど、リクエストはある?」


「ユリア先生の行きたい場所なら、何処でも」


「それが一番困るんだけど。今日はあなたの行きたい場所に食べに行くから、遠慮なく言いなさい。ほら、早く」


 ユリアがテレビを消して、そう迫ってくるが、拓雄も無言のまま考え込む。


 ラーメンでも食べに行きたい気分だが、ユリアのイメージにはとても合わなかったので、彼女が喜びそうなお店は近くにないか考えていた。


 いや、近くだと学園の関係者に見られるので、遠くに行こうか考えたが、県外から通学している生徒や通勤している教職員だっているので、絶対に安全な場所など、近くにはなかったのであった。


「何かないの?」


「ユリア先生の好きな食べ物って何ですか?」


「そうね。ポトフとか、好きよ。わかる?」


「あ、はい」


 確かシチューのような煮込み料理だったと、ぼんやりと思い浮かべた拓雄であったが、何処に行けば食べられるのかわからず、当然のことながら、自分で作ることも出来なかった為、益々、悩みが増えていった。


「あなたの好きな食べ物も知りたいわ。何?」


「えっと……その……」


(何だろう……)


 改めて聞かれると、拓雄は自分の好物が何だったのかよくわからず、考え込む。


 無難にハンバーグとか唐揚げ、牛丼などを挙げようとしたが、ユリアに変に思われてしまうのではないかと過剰に気を使ってしまい、パっと口にする事ができなかった。


「拓雄君、あなた、私に気を遣い過ぎよ」


「え? それは……」


「自惚れになるから、あまり自分では口にしたくないんだけど、私のイメージを傷つけないよう、過剰に考えすぎてない? 別にどんな店だって構わないわよ。三人でラーメン屋や焼肉店に行く事もあるんだし、教員たちとの飲み会じゃ、居酒屋にだって行くんだから」


「そ、そうですか……でも……」


「でも、何?」


 そういう友達同士や職場での付き合いとは違って、今回はユリアとのデートのつもりだったので、彼女のクールビューティーなイメージを損なうお店に連れて行くのは、あまりにもデリカシーがないのではと、拓雄は思ってしまい、躊躇してしまったのであった。




「今日の宿題ね。拓雄君、あと一時間以内に、私と何処にお昼食べに行くか決めて。でないと、すぐに帰ってもらうわよ」


「は、はい。じゃあ……」


 ユリアに促されて、拓雄も必死に考え込む。


 そして、ようやく思いついた




「いらっしゃいませ。お二人ですか?」


「うん」


「では、こちらへどうぞ」


 ユリアと拓雄が来たのは、駅ビルにあるビュッフェ形式のレストラン。


 前に家族で来たことがあり、内装もキレイで雰囲気のあるレストランだったので、ユリアも喜ぶだろうと思い、ここに決めたが、


「こういうお店、よく来るの?」


「たまにですかね……」


「ふーん。あ、先に取りに行ってきなさい。私、跡で良いから」


「はい」


 ユリアに先に食事を取りに行く様に促されたので、拓雄もまずは


 どうやら嫌がってはいないようだったので、安堵したが、ユリアは顔がバレないように帽子を今、被っているので、彼女の美しい顔が拝めないのが心残りであった。




「えっと、どうですか?」


「美味しいわよ。ありがとう」


「い、いえ……」


 ユリアが小皿に盛った料理を食べているのを見て、拓雄が恐る恐る聞くと、彼女もいつもと変わらない淡々とした口調で答える。


「悪いわね、いつも」


「え?」


「私、今時の高校生が喜びそうな場所がよくわからなくて……本当なら、私の方がしっかりしないといけないのに」


「いえ! 先生と一緒で楽しいです」


「本当?」


「は、はい」


 いつもとは違う、どこか弱々しい口調でユリアが聞くと、拓雄も咄嗟にそう答える。


 拓雄はユリアが好きな物がわからず、悩んでいたが、それは彼女も同じであったのだ。


「なら、良かったわ。私、特に変わった趣味もないし、つまらない女だと思われてるんじゃないかって思われて……」


「そんなことありません!」


「本当にそう思ってる? 今日も退屈そうに見えたけど」


「た、退屈な訳じゃ……先生と一緒にいて、全然つまらなくないです。本当です」


 それは拓雄の本心であったが、ユリアは気を遣って言ってくれてるのだと思い、おだやかな笑みで、


「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」


 と礼を言い、儚げで美しいユリアの顔を見て、拓雄もドキっとする。


 二人とも恥ずかしくなって来たのか、その後はあまり会話せず、ランチタイムは過ぎていったのであった。




「今日はありがとう、付き合ってくれて」 


「いえ……すみません、ご馳走になっちゃって」


「生徒に奢らせるわけにはいかない。拓雄君、他に行きたい所があれば付き合うわ。でも、試験が近いから、あまり遅くは駄目だけど」


 レストランを出た後、一旦、ユリアのアパートまで行き、彼女にそう言われた拓雄は。


「あの、もう帰ります。中間試験、頑張りますから」


「うん。わからないことがあればいつでも聞きに来なさい。待ってるから」


 と頭を撫でながら拓雄に言い、自宅に入るユリア。


 彼女も自分と同じようなことを考えていたのかと、拓雄も意外に思っていながら、向かい側の自宅に戻っていった 

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