第60話 補習より先生と仲良くして

「はーい、今から補習を始めますよー」


 数日後、ようやく彩子の補習の番になり、美術室に入った拓雄を満面の笑みで招き入れる。


 彩子は頬を赤らめ、教師としてではなく、女の顔をして幼い男子生徒を迎え入れ、彼の手を引いて、椅子に座らせたのであった。


「へへへ、待たせちゃったね。今日はデッサンの補習をしようと思うけど、他に何かしたいことある? あ、美術の授業なんかより、先生と色々、遊んだり、お茶会でもしたい? なら、それでも良いわよ」


「い、いえ……あの、先生の似顔絵の件なんですけど……」


「ああ、あのことね。もう完成した?」


「いえ、上手く出来なくて……」


 バッグの中から、持ち込んだスケッチブックを彩子に手渡して、そういうと、彩子もすぐにスケッチブックを開いて、


「うん、上手に描けてるわよ」


「そ、そうですか?」


「ええ。先生のこと上手く描けてるわ。へへ、嬉しいなあ、ちゃんと課題のこと覚えててくれて」


 もう何ヶ月も前に出された課題を今更、提出することを躊躇していた拓雄であったが、彩子は覚えていたこと自体が嬉しく、スケッチブックを抱きしめながら、彼のことを褒めちぎる。




 成績には全く関係のない、彩子が個人的に出した課題でも、彼は文句も言わずに真剣にやってくれたので、ますます愛おしく感じてしまったのであった。


「拓雄君は、この絵の出来に満足出来てない?」


「えっと……よくわからないというか……」


 どの辺りが上手く出来ないかが説明出来なかったが、彩子にこのまま出したら失礼な気がしたので、アドバイスを求めたのであった。


「なら、自分が納得行くまで、描いてみて。その上で、先生が評価するから。それとも、もう描くのが嫌になっちゃった?」


「そ、そんなことは……」


「くす、そう。良いのよ、そんなに肩肘張らなくて。自分の好きなように描いてくれて構わないんだから。納得の行く出来になったと思ったら、それでおしまい。これで完成だと思ったり、これ以上、描くのが嫌だと思ったら、終わりで良いわ。それが拓雄君の答えなら、先生は何も言わないんだから」


「はあ……」


 要するに彩子は、拓雄が納得行く出来になるか、描くのが嫌になったら、出してくれと言ったのだが、それが意外に難しくて、逆に困ってしまったのだ。




「んもう、真面目ね、拓雄君。そんな所も可愛いんだけど♪ ちゅっ」


「は、はうう……」


 どう描いて良いか悩んでいた拓雄が可愛く思えてしまった彩子が、彼に抱きついて、頬にキスをする。


 こんなことも日常的になってしまったが、二人きりの美術室とは言え、学校でこんな大胆なことがよく出来るなと拓雄も彼女の唇を頬に感じて感心してしまったのであった。


「ふふ、さ、補習の続きする?」


「あの続きって言われても……」


「もう、何でも良いって言ってるでしょう。先生、拓雄君と二人きりになりたくて、呼び出したんだから。それとも先生のヌードデッサンでもしたい?」


「そ、そんなの!」


「ええー、先生は良いのになあ……まあ、良いわ。じゃあ、今日はこの彫像のデッサンをしてみて。制限時間は一時間だけど、その前に飽きたら、途中で止めても構わないから」


 そう言って、彩子は美術室にある、石膏像を持ち出して、デッサンするよう命じる。


 無難な課題であったが、ひとまず、まともな課題を指示されて、拓雄も安堵し、スケッチブックを開いて、鉛筆でデッサンを始めたのであった。




「そうなのよ。その時、すみれ先生がね……あ、このお菓子食べる?」


「は、はあ……」


 デッサンをしている最中にも、彩子はやたらと拓雄に話しかけ、拓雄も愛想笑いをしながら、相槌を打つ。


 まるで、彼のデッサンを邪魔しているかのように彩子は彼に話しかけていたが、彩子は拓雄に背後から抱きつき、


「くす、拓雄君。絵を描くの好き?」


「は、はい」


「じゃあ、先生と絵を描くのどっちが好き?」


「ええっ? あ、あう……」


 彩子は胸を背中に押し付けながら、とんでもないことを聞き、拓雄も顔を真っ赤にして口籠る。


「意地悪してるつもりはないの。正直に答えて、欲しいなあ。ちなみに先生は絵を描くより、拓雄君の方が好きよ。だから、先生の彼氏になってくれない?」


「うう……」


 大胆な告白を耳元で彩子は囁き、拓雄は更に顔を真っ赤にして俯く。


「課題を真面目にやるより、先生とエッチなことしたいですと言ってくれた方が嬉しいかなあ? ね、したくない?」


「ダメです、そんなの……」


「何で、駄目なの? 教師だから? 先生、気にしないよ。課題なんかより先生と仲良くしよう、ね? ちゅっ、ちゅっ♡」




 そう撫でるような声で迫りながら、彩子は拓雄の頬にキスを繰り返す。


 甘い香水の匂いと、彼女の唇を頬に感じ、拓雄の理性も削がれていったが、


「あん、可愛い、私の拓雄君……ん、んんっ! ちゅっ、んん……」


 追い打ちをかける様に拓雄と唇を重ね、体を押し付けつながら、濃厚な接吻を強いる。


 彼女にされるがまま、拓雄は口づけをさせられ、補習どころではなくなっていた。


「ん、んんっ! ん、はああっ! ああ、拓雄君、先生のおっぱい触ってみる? 保健体育のオトナの補習してみよっか?」


「や、やめ……」


唇を離すと、潤んだ瞳をしながら、彩子は拓雄の手を自身の胸に手をかけ、露骨な誘惑を仕掛けてくる。


誰か人を呼ぼうか考えたが、彩子も好意を寄せて言ってるのだと思うと、強く言えず困り果てながら、ただ我慢するしかなかった。




「あん、強情ね。美術の課題より、先生の方が良いですって言ってくれるまで、続けるからね。それだけ、本気だってわかってもらいたいから。ふふ、じゃあ今日はおしまいで良いわ。ご苦労さま」


 これ以上迫っても、拓雄を困らせるだけと判断した彩子はようやく彼から離れ、拓雄の安堵の息を漏らす。


 デッサンなどまともに出来なかったが、下心を隠そうともしない彩子は今後も補習を続けると宣言し、教え子との関係を深めるつもりでいたのであった。

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