第55話 先生たちの補習で放課後の予定はいっぱいに

「拓雄くーん、こんにちは♡」


 一時間目の休み時間に、拓雄が移動教室から帰る最中に廊下を歩いていると、彩子が声を掛けてきた。


「こんにちは、先生……」


「うん。ねえ、ちょっと話があるんだけど、良い?」


「え?」


「この間の授業で、拓雄君、筆を忘れていたでしょう? 先生が預かっているから、取りに来てくれない?」


「筆ですか……?」


 そんな忘れ物をした覚えは全くなかったので、彼も首を傾げていたが、彩子が拓雄の手を握り、笑顔で付いて来いと訴えていたので、渋々頷く。




「さっ、入って」


「失礼します」


カチャ


「え? ん、んんっ!」


「ん、ちゅっ、んん……!」


 美術準備室に入ると、彩子が即座に鍵をかけて、拓雄に抱き付き、口付けを強引に交わしていく。


いきなりキスをされ、拓雄も息が詰まりそうになっていたが、彩子は構わず、唇を重ね続けていった。


「ん、ちゅっ、ちゅ……はあ! くす、先生、毎日拓雄君とこうしていたいなあ……」


「あ、あの……忘れ物は……」


「そんなの嘘に決まっているわ。拓雄君と二人きりになりたかっただけよ。話があるのは本当だけどねー♪」


「うう……」


 薄々、こんな事ではないかと拓雄も勘付いてはいたが、拒否する理由も思い浮かばなかった為、彩子に付いて来てしまったが、結局、こうなってしまい、ただ後悔するだけであった。


「話ってのはねー、放課後、暇? 久しぶりに、拓雄君と補習したいなーなんて、思って」


「補習ですか?」


「うん。駄目?」


 拓雄の胸に顔を付けて、指でなぞりながら、甘い声で彩子がそう誘って来たが、ただの補習ではない事は明白であったのだが、それでも乗り気がしなかった拓雄は、


「えっと、補習って何をするんですか……?」


「うーん? 補習は補習よ。美術の補習だから、絵を描いたりするかもね、くすくす。んじゃ、そういう事だから、宜しくね」


「あ、先生……」


もうすぐ始業のチャイムが鳴りそうだったので、彩子はそう告げた後、準備室を出て行ってしまった。


結局、断る事も出来ず、




「拓雄君、ちょっと話があるから、来なさい」


「はい?」


次の休み時間になり、数学の授業が終わった後、今度はすみれに呼ばれ、廊下へと出る。


「そこに入って」


「はあ……んぐうっ!」


今度は生徒指導室に入るように言われ、入ってみると、急にすみれに抱きつかれて、キスをされる。


「んっ、ちゅっ、んん……んっ、はあっ! 全く、無用心な子ね……こんな事、しているの見られたら、あんたもただじゃ済まないわよー」


「ん、うう……」


すみれが口付けを交わした後、妖艶な瞳で、彼を壁に押し付けて、手の平を掴み、胸を強引に揉ませていく。


手の平に彼女の柔らかい胸の感触が密着し、拓雄も顔を真っ赤にしていくが、なぜいきなりこんな事をされているのかわからず、困惑していた。


「ねー、この続きしたいでしょう? だったら、放課後、先生の補習受けさせてあげるわ」


「え? ほ、補習って……」


「補習は補習よ、わかっているでしょう。すみれ先生が特別に個人授業を行ってやるわ。帰りのホームルーム終わったら、ここに来なさい。じゃあね♪」


「あ、ちょっとっ!」


 彩子に続いて、すみれにまで補習を言い渡され、すみれは彼を残して、生徒指導室を去っていった。


 明らかにただの補習ではなく、何かいやらしい事をされるのではと考えてしまい、気が滅入るのと同時に、無性に意識してしまい、授業に集中出来なかった。




「拓雄君、ちょっと良いかしら」


「は、はい?」


 六時間目の休み時間になり、トイレから出て、廊下を歩いていた最中、今度はユリアにも呼び止められる。


「職員室に来て話があるわ」


 と、何処か怒っているような鋭い目でユリアに睨まれながら、職員室に来るよう命じられ、今度は何事かと頭を抱えながら、彼女に付いて行った。




「あの、何か……」


「この小テストの点数は何?」


「え……」


 ユリアに突き出されたのは、今日、英語の時間に行った小テストの答案で、点数は二十点と、今まで取った事もないような散々な点数であった。


「随分と酷い点数を取ってくれたじゃない。今日のテストは、今までの授業をちゃんと聞いていれば、解ける内容だった筈だけど、一体、何なのこれは?」


「すみません……」


「点数だけじゃないわ。授業中も何時になく上の空だったじゃない。もうすぐ中間テストもあるのに、腑抜けているわよ。放課後、先生が補習してあげるから、英語準備室に来なさい。良いわね?」


「え? で、でも今日は……」


 今度はユリアにまで放課後の補習を言い渡されてしまい、またかと困惑していたが、その様子を見たユリアが、


「何か用事でも?」


「は、はい」


「その用事は、先生の補習より優先すべき物なのかしら? 君は学生なんだから、勉強が本分で最優先にすべきよね? ましてやこれはあなたが悪い点数を取ったから、行う補習だから、拒否権は基本的にないのだけど」


 と、突き刺すような瞳で、ユリアが拓雄を見ながら、そう告げると、拓雄も黙り込んでしまう。


 彩子とすみれに同時に補習を言い渡されてしまい、ただでさえ困っていたのに、何故ユリアまでと頭を悩ましていたが、ユリアは有無を言わさないとばかりに、


「わかったなら、もう行きなさい。七時間目の授業、始まるわよ」


「はい……」


 今日は七時間も授業があるため、拓雄も力なく頷いた後、また教室へと戻っていく。




(どうしよう……)


 七時間目の授業を聞きながら、放課後、どの補習に参加すべきか悩む拓雄。


 彩子とすみれは明らかに普通の補習ではなく、補習を口実に彼と二人きりになりたいだけであったのは明白であったが、ユリアは自身の小テストの点が悪かった事の懲罰的な補習だったので、それを考えると、ユリアの補習を最優先すべきなのは確かだった。


 しかし、彩子とすみれの補習を断れば、彼女らの機嫌を損ねてしまうのは明白で、何をされるかわからなかったので、中々決められずにいたのであった。




 トントン。


「失礼します」


「きゃー、拓雄君。来てくれたんだ。あ、座って」


 放課後、まずは美術準備室に行き、彩子の下へ向かうと、彩子は満面の笑みで拓雄を出迎える。


「あ、あのっ!」


「ん?」


「その、今日の補習はちょっと……用事が出来たので……」


「用事って? 何の用事が出来たの? 先生の補習より大事な用?」


「う……」


 先ほどのユリアと同じ事を言われてしまい、言葉を詰まらせる拓雄。


 一応、補習が名目で呼ばれているので、本当なら、最初に言い渡された彩子の補習を優先すべきだったが、ユリアの補習に言いたいと、中々言い出せずに困っていた。


「何、用事って? 先生、楽しみにしていたんだけどなあ、あなたとの二人きりの個人レッスン」


「その……ゆ、ユリア先生に英語の補習を……」


「ふーん、ユリアちゃんに。で? まさか、先生の補習を断って、ユリアちゃんの授業の方を受けたいなんて言わないわよね?」


「そ、それは……」


「そうよね、言わないわよね。じゃあ、そこに座って♪ 今日は、拓雄君に風景画の事を教えたいと思うから、座って」


「う……」


 彩子が腕を組んで、彼を座らせ、結局、そのまま強引に補習を受けさせられる事になる。


「大丈夫よ、ユリアちゃんには言っておくから」


「あの、ユリア先生だけじゃなくて、すみれ先生にも……」


「はあ? すみれ先生まで、拓雄君に放課後の秘密レッスンを……く、不思議じゃないわよね、別に。でも、駄目よ。先生が優先だからね」


 まさか、すみれとユリアに同時に補習をするよう告げられていたとは彩子も思わなかったが、逃がさないとばかりに彼に抱きついて、そう言い聞かせる。


 逃げ出そうにも、彩子に密着されて逃げ出す機会も作れず、このまま準備室で彩子と二人きりの時間が過ぎていったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る