第54話 先生達と週末は必ず過ごしなさい

「くす、すみません、突然押しかけてしまって」


「いえ……息子を送ってくれて、ありがとうございます」


 すみれが突然の彼女らの訪問に動揺していた拓雄の母に穏やかな笑みで挨拶を交わす。


 担任のすみれだけではなく、彩子やユリアまで中に入って来てしまい、拓雄も困惑していたが、


「いいえ、お構いなく♪ 拓雄君、いつも本当に真面目に授業受けていて、とっても良い子ですよ、ふふ」


「そうですか。なら、良かったです。この子、人見知りする子なんで、学校にちゃんと馴染めているか、心配で……」


「ふふ、ご心配なくー♪ 拓雄君はちゃんと、やっていますので。私達もちゃんと見ていますし、安心してください。それじゃあ、私達はこれで。じゃあ、拓雄君、また学校でねー」


 と、すみれが拓雄の頭にポンと手を置きながら告げると、一礼して、三人が家から出る。


 流石に長居しては迷惑だと思ったのか、三人がすぐに帰ってくれたので、拓雄もホッとし、家に上がっていった。




「ジーー……」


「な、何?」


 家に上がると、拓雄の小学生の妹の凛子が、兄の事をじっと睨みつけていた。


「何でもない」


 とだけ呟くと、凛子はさっさと二階の自分の部屋に引っ込んでしまう。


 拓雄に似て、人見知りする妹であったが、様子が少し変だったので、拓雄も首を傾げていたが、見当も付かず、自身も部屋に戻っていったのであった。




「はーい、今日も元気にホームルーム始めるわよー」


 連休も終わり、いつもの様にすみれが元気の良い掛け声と共に、朝のホームルームを始めて、出欠を取る。


 連休中に彼女らが家に突然、押し入ってしまったので、どうなる事かと拓雄も肝を冷やしていたが、特に何事もなかったので、そのまま今日は授業を受けて、一日が過ぎていった。




「拓雄ー、ちょっと良いかしら?」


「はい?」


 帰りのホームルームが終わり、廊下を歩いていた所で、すみれに呼び止められた拓雄が彼女の元に向かうと、


「話があるから、来なさい。大事な大事な話がね、くすくす」


 と、怪しげな笑みですみれがそう言い、拓雄をまた準備室に連れ出す。


 またかと溜息を付いていた拓雄であったが、もう慣れてしまい、諦めに似た笑みを浮かべながら、美術準備室へ入っていった。




「いらっしゃい、拓雄くーん♪ やーん、一昨日のデート、楽しかったわあ♡ ちゅっ、ちゅっ♡」


「はうう……」


 準備室に入るや、待っていた彩子に抱きつかれて、彼女に頬にキスをされる。


 いつもの事とは言え、彩子の唇が頬に触れるたびに、ドキっとしてしまい、顔が真っ赤になってしまっていた。


「やん、真っ赤になって可愛い♪」


「彩子先生、その辺にしておきなさい。日曜はごめんなさい、急に家に来て」


「いえ……」


「ふふ、抜き打ちの家庭訪問、どうだったー? 言っておくけど、これで最後だと思わないでよ。何か問題があれば、容赦なく、家庭訪問しちゃうんだからね」


「きゃーー、またお母様に挨拶ですか。えへへ、妹さんも可愛かったわねー。何て名前なの、あの子?」


「凛子です。小学五年生になります」


「ふふ、凛子ちゃんね。将来、あの子が私の義理の妹に……」


 拓雄が妹の名前を教えると、彩子が妙な想像を膨らませて、勝手に大はしゃぎする。


 凛子が彩子の妹になる――その意味する所が何なのかは、流石に拓雄も理解し、凄く恥ずかしくなってしまった。


「それより、ユリア先生ー。折角来たのに、お母様に挨拶するの忘れちゃ駄目じゃない」


「突然、来るのはまずいわよ。長居するようだったら、強引にでも連れて帰ろうとしていた所だわ」


「別にちょっと挨拶するだけだったしー。担任として生徒の親と挨拶するのは当然じゃないー?」


「それは屁理屈というものよ。プライベートでいきなり押しかけたら迷惑に決まっているじゃない」


「はいはい、相変わらず真面目ねえ」


 ユリアがそう釘を刺すと、すみれも溜息を付いて、椅子に座る。


「ねえ、拓雄君。先生達とのデート楽しかった?」


「あ、はい」


「誰が一番、良かった?」


「う……それは……」


 彩子に難しい質問をされて、拓雄も言葉を詰まらせる。


 考えても、誰が一番良いかなど彼にはわからず、答えなど出せるはずはなかった。


「難しくても、いずれ答えを出さないと駄目よ、拓雄。あなた、まさか私達、全員を愛人にでもしようっての?」


「そんな事は……」


「嘘ね。全員、俺の女にするとか考えてるんでしょう。まあ、良いわよ、そんな考えでも。でも、その場合、相応の責任は取ってもらうわよ、くすくす」


 と、ユリアの質問に答えあぐねていた拓雄にすみれが立ち上がって、笑いながら迫り、彼の顎をくいっとあげる。


「三人とも彼女にするとか言うなら、それでもかまわないわ。その際に起こる事も全部、あんたの責任にするって事でね」


「せ、責任って……んっ、んんっ!」


「んっ、んんっ! んっ、ちゅ……」


 すみれがそう言いながら、顔を近づけて、拓雄と唇をそのまま交わしていく。


 いきなり、キスをさせられ、拓雄も驚いて目を見開いたが、すみれは拓雄を逃さないとばかりにキツく抱きつき、執拗に口付けをしていったのであった。


「ちゅっ、んん……ん、んんっ……」


「ちょっ、すみれ先生っ! 目の前で拓雄君と、そんな羨まし事をしないでくださーいっ!」


「ん、はあ……! ん、良いじゃない別に。真中先生もしたければ、すれば?」


「もう、そう言う問題じゃありません! でも、拓雄君。先生と付き合うのそんなに嫌かなあ? 先生もそろそろハッキリさせて欲しいなあ……」


 すみれを拓雄から引き離した彩子が彼を引き寄せて、体を密着させながら、撫でる様な声で迫って来る。


 もう何度も何度も執拗にアプローチされ、拓雄もうんざりしていたが、ここで彼女らと付き合い始めたら、三人との関係が逆にギクシャクしてしまうのではないかと感じ、返事をする事が出来なかった。


「うう……す、すみません……そんな事を言われても困ると言うか……」


「困るのは先生の方なんだけどなあ。ほら、先生の胸、触ってみる?」


「ひゃあ!」


 彩子が彼の手を掴んで自身の胸に押し当て、そのブラウス越しに感じる柔らかい感触に思わず、声を張り上げる。


 まさにセクハラ行為でしか無かったが、彼が抵抗しないのを言い事に彩子もやりたい放題しており、そのまま押し倒してしまいたい気分になっていた。




「拓雄にも困ったわね。三人の誰かを選ぶのはそんなに難しい?」


「そ、それは……」


 見兼ねたユリアが溜息を付きながら、そう言うと、拓雄も更に困惑する。


「じゃあ、来週、また私とデートしましょう」


「え、ええっ!?」


「ちょっと、抜け駆けは駄目よ」


「抜け駆けじゃないわ。来週は私で、次はすみれ先生か彩子先生のどちらか。次は残った一人。その次は一周回ってまた私。それを繰り返すの。彼がちゃんと返事するまではね」


「うーん、それはちょっと……まあ、良いわ。良かったわね、拓雄。三人ととっかえひっかえデート出来て」


 すみれに嫌味ったらしく言われ、拓雄も更に混乱するが、ユリアは彼を冷たい眼差しで見つめ、


「あなたがちゃんと返事するまでは、三人が暫定的な恋人よ。私達は拓雄を彼氏と思って接する。でも、その結果、どういう事態になっても文句を言わないで」


「どういう事態って……」


「子供じゃないんだから、察しなさい」


 ユリアは透き通る様な瞳で彼を見つめ、そう宣告する。


 どういう事態になっても文句を言うな――ユリアのことばの真意を図りかねていたが、恐ろしい気分になってしまい、また悩みが増えたのであった。

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