第22話 放課後の抜け駆けは許しません
「ん? 電話が……」
夜中、自室で拓雄がテレビを見ていると、電話がかかってきたので、スマホを手に取ると、彩子からであったので、すぐに出る。
「はい」
『くす、拓雄君、こんばんは』
「あの、何ですか?」
『拓雄君の声が聞きたくて。えへへ、今、ちょっと良い?』
「はあ……えっと、何の用ですか?」
『もう、用がないと電話しちゃ、駄目―? 先生、拓雄君ともっと仲良くなりたいから、電話してるのにい』
「そ、そうですか……」
ここ何日か、毎日、夜中になると、彩子が電話をかけてきて、その都度、彩子も甘えるような声で、困惑している拓雄に迫ってくる。
本当は教員と生徒が、こうしてプライベートで電話で会話するのは校則でも禁止されていたのだが、彩子はお構いなしに、気が弱く、自分の誘いを断りきれないであろう、男子生徒と距離を詰めようと積極的にアプローチをかけていったのであった。
『ねえ、先生、また拓雄君に補習したいなあ。もちろん、二人きりで♪ 明日とかどう?』
「明日は、その……」
『何、用事でもあるの?』
また、彩子に補習しないかと誘われ、拓雄も困った顔をして、断る口実を探す。
この所、美術部への勧誘に加えて、彩子に補習しないかと誘われており、その度に拓雄も彼女を意識して困ってしまうのだが、彩子は電話越しから、色っぽい口調で、
『お願いー、良いでしょう? 明日、美術部の活動ないの。明日、確か君のクラスは七時間目の授業もあるから、帰りが遅くなっちゃうのは悪いと思うけど、先生、どうしても二人きりになりたいなあ』
「う……」
「ちょっと、お風呂、まだ入ってないの、拓雄。早く入りなさい」
「――! そ、それじゃあ、失礼します!」
『あ、ちょっとっ!』
答えあぐねていると、ちょうど母親が部屋に入ってきて、風呂に入るよう促してきたので、ちょうど良い口実が出来たと、拓雄も電話を切る。
そして、電源を切って、そのまま一夜を過ごし、彩子からの連絡を遮断していったのであった。
「おはよう、拓雄君」
「お、おはようございます」
朝、通学中に歩道を歩いていると、車から彩子が声をかけてきたので、挨拶を返す。
「くす、昨夜はごめんね。急に電話して」
「いえ……」
いつもと変わらぬ優しい笑顔で、彩子が昨夜の事を謝罪し、怒らせてしまったかと不安に思っていた拓雄も一先ず安堵する。
「放課後、美術室で待ってるから。じゃあね」
「あ、先生……」
長話は出来ないので、簡潔にそう告げると、彩子はそのまま車を走らせて、学校へと向かう。
穏やかながら、放課後、美術室で補習を受けろと、かなり強い口調で拓雄に告げ、彩子の誘いを益々断りにくくなっていったのであった。
放課後――
「うう……」
帰りのホームルームが終わった後、彩子に言われた通り、美術室に足を運ぶ。
恐らく、今日来なくても、彩子の事だから怒る事はないだろうし、成績を下げたりもないだろうが、それでも彼女の好意を無碍にすることに抵抗があり、行こうかまだ迷っていた。
「いよ、拓雄♪」
「うわっ! せ、先生……」
美術室の前まで行くと、急にすみれから声をかけられ、びっくりして振り向く。
「何やってるの、こんな所で?」
「あの、彩子先生に……」
「む。真中先生に呼び出されて、放課後の個人補習を受けるとか?」
「は、はい」
「え? 本当に? ふーーん、また補習かあ。彩子先生も本気で攻めてきてるわね。ちょっとお邪魔するわよ」
「え、あの……」
と、半分冗談ですみれがそう言ったが、拓雄が頷いたので逆に驚き、拓雄の手を引いて、美術室に入っていく。
「あ、拓雄君! と、何ですみれ先生が!?」
「こんにちはー。ふふ、そりゃあ、ウチの学園が誇る美人教師の真中先生と、ウチの生徒が、二人きりで何をするのかなって思って」
「く……内緒にしていたのにい……」
すみれが来るとは思わなかったので、彩子も悔しそうに歯軋りしながら、浮き浮きしていたすみれを睨みつける。
「んで、何の補習をするの?」
「すみれ先生には関係ないですう」
「いや、この子、私のクラスの生徒だしさあ。何か問題があるなら、まず私に相談して欲しいんですけど」
「問題なんかないです! 私は、今日の補習で拓雄君に絵のすばらしさを知って欲しいだけなんですから」
膨れた顔をして、彩子がすみれに文句を言うと、すみれは嬉々として、椅子に座って、
「ま、私が見学してあげるから、二人は補習をどうぞ」
「すみれ先生がいると、気が散って専念できません!」
「良いじゃない。別に騒いだり邪魔したりしないわよ。まさか、ヌードデッサンでもやる気だったとか?」
「ぬ、ヌードだなんて……た、拓雄君がどうしてもって言うなら……」
と、半分冗談ですみれが茶化すと、彩子も顔を真っ赤にして、嬉しそうにチラっと拓雄を流し目で見る。
本気で頼めばやるつもりでいたが、拓雄は更に意識してしまい、彩子の顔もまともに見れなくなっていた。
「何を騒いでいるの?」
「あ、ユリア先生」
「ユリアちゃんまで! もう……」
美術室にユリアが入ってくると、彩子も更にうんざりして肩を落とす。
結局、三人でまた集まることになってしまい、二人きりの補習も台無しにされてしまい、彩子も泣きそうになっていた。
「くくく、駄目駄目。真中先生は、既に私らのブラックリスト入りしてますから」
「抜け駆けはだめ……じゃなくて、間違いを犯さない様によ。これは拓雄君と彩子先生のためですから」
「はーーい……」
またも抜け駆けを邪魔されてしまい、彩子も肩を落として、補習の課題を言い渡す。
「それじゃあ、今回の補習は写生をします」
「へえ。じゃあ、私の絵、描いてよ」
「口を出さないでくださいよー」
「良いじゃない。どうせ、成績に関係ないんでしょう。いやらしい事を企んでいた補習は邪魔されて当然なんだし、文句は言わない」
「ふんだ。拓雄君と仲良くしようとしただけですし。でも、良いです。じゃあ、私たちの絵を描いて、拓雄君」
「先生たちのですか?」
「そう。この前、みたいに先生たちを好きに描いてみて」
そう言ってスケッチブックと鉛筆を彩子が拓雄に渡し、課題を言い渡す。
三人の顔を一度に描けとはハードルが少し高かったが、それでも来た以上はやらないといけないと思い、前に座る三人を写生していった。
「あの今日中には……」
「大丈夫、今日じゃなくても、提出はいつでも構わないから。くす、楽しみねえ、三人をどう描いてくれるか」
「そうね。美人に描きなさいよ」
そう言われ、拓雄もホッとし、目の前に居る女教師達の写生をしていく。
三人とも見ているだけで絵になるくらい美人であったが、彼女らもどんな風に自分達を描いてくれるか、期待しながら、一生懸命描く拓雄を眺めていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます