第21話 来年増える新たなライバル

「えー、明日で教育実習も終わりになります。このクラスの授業もあと、二回ですが、頑張りますので、宜しくお願いします」


 と、今日も実習生として教壇に立った麻美が、授業前にそう挨拶する。


 拓雄は色々あったが、麻美自身は特に変わった事もなく、順調に実習を進め、慣れた手付きで授業を進めていった。


(先生、明日で終わりなのか……)


 古文のテキストを開いて、板書をしていく、麻美をぼんやりと眺めていく拓雄。


 彼女とは数回話しただけで、特別親しくなったつもりはないが、それでももうすぐお別れと思うと、寂しくなってしまい、名残惜しそうに麻美を見上げると、彼女と目が合ってしまい、ドキっとしてしまう。


 拓雄と目が合うと、麻美も微笑みながら、また授業を進めていき、今日も滞りなく終わっていった。




「あの、猪原先生」


「ん? 黒田君? どうしたの?」


 授業が終わった後、拓雄が古文の教科書を持って、廊下に出た麻美に声をかけ、


「えっと、この動詞の活用について質問があるんですけど……」


「ああ、ここね。これは……」


 古文の文法の問題について、わからない事があったので、麻美に質問していくと、彼女も丁寧に説明していく。


 拓雄が教師に授業後に質問するのは、珍しい事であったが、麻美と話す機会を少しでも設けたかったのか勇気を出し、麻美もどこか嬉しそうに、拓雄の質問に答えていった。


「わかった?」


「はい。ありがとうございました」


「うん。他にわからない事があったら、いつでも質問してね」


「は、はい。あの、先生……明日で終わりなんですよね?」


「ええ。くす、黒田君と会えなくて寂しいけど、また来年、ここに教員として赴任できるように頑張るから」


 と、力を込めて言うと、拓雄も笑顔で頷く。


 来年、国語の教員の採用があるかは、まだ正式に決まってないが、非常勤でもこの学園の教師になりたいと、既に決意しており、そうすればまた拓雄や、彼女が密かに憧れていたユリアとも会えると、心を躍らせていた。


「ごめんなさい、ちょっと良いかしら?」


「あ……すみません」


 麻美と話していると、ユリアが背後から、拓雄に退くよう声をかけ、拓雄もそそくさと脇に退く。


 いつのまに、ユリアが居たのかと驚いていた拓雄であったが、麻美はユリアを見て、目を輝かせ、


「あの、高村先生」


「何?」


「いえ、私、明日まで何ですけど、その……お世話になりました」


「私、あなたの指導教官じゃないのだけど。まあ、あと一日頑張ってね」


「はいっ!」


 と、ユリアが淡々とした口調で話すと、麻美も元気よく返事をする。




 英語教師のユリアは、麻美の指導教諭ではなかったが、職員室ではここ何日か、やたらと麻美に話しかけられており、自分を慕ってきている彼女に悪い印象は抱いてなかったが、


「拓雄君、ちょっと」


「はい?」


 すぐ脇に居た拓雄に声をかけ、彼を人気のない階段の隅に連れて行くと、


「休み時間に先生に質問しに行くなんて珍しいじゃない。その向学心を、出来れば私の授業の時にも同じ様に見せてほしいのだけど」


「えっ! そ、それは……はい……」


 と、冷たい視線で、拓雄を見つめながら、ユリアがそう言い、拓雄も動揺して頷く。


 拓雄がユリアに、自らわからない所を質問しに行った事は一度もなかった為、彼女も嫉妬してしまい、


「それだけ。じゃあ、また」


「はい……」


 と告げて、拓雄の元を去り、麻美と一緒に職員室へ戻るユリア。




「むうう……そ、そんな事が……」


 昼休みになり、ユリアとすみれ、彩子の三人が準備室に集まってお昼を食べていると、先ほどの休み時間の事をユリアが話し、彩子が頬を膨らませて


「確かに珍しいわねー。拓雄が自分から、先生に質問しに行くなんて」


「そうですよ! 私、拓雄君の方から話しかけられた事、考えてみたら、全然記憶にないです! やっぱり、麻美先生の事……」


 シュンとしながら、彩子がそう言うと、ユリアは栄養ドリンクを飲みながら、


「好きなのかもしれないわね」


「や、やっぱり若くて綺麗なお姉さんだから! ううう……しかも、来年、ウチの学校に来るのかもしれないんでしょ。ど、どうしよう?」


「落ち着きなさいって。彼女を採用するかどうかを決めるのは、私達じゃないんだし。ま、でも心穏やかじゃないわよねえ」


 拓雄が麻美に気があるかもしれないと言う事実に、三人ともピリピリしており、いつもは賑やかなお昼休みの美術準備室も笑い声に溢れてる訳ではなかった。




「ユリアちゃん、麻美先生とよく話してるよね? あの子、どう思う?」


「彼女の方から、話しかけているだけなんだけど、良い子だと思うわよ。一生懸命だし、生徒想いだし」


「わ、私だって生徒のこと、第一に考えていますよ!」


「真中先生はちょっと露骨過ぎるけどね」


「露骨とかそんなんじゃないです! 彼のことは生徒として色々と放っておけないんです。可愛くて、真面目で、一生懸命で……」


 と、うっとりとしながら、拓雄の良い所を挙げていく彩子を、溜息を吐きながら、見つめるユリアとすみれ。


 とは言え、指導教官でもないのに、彼女の授業に割り込むわけにもいかず、三人も手の打ちようがなかったので、拓雄がやたらと麻美に懐いている事を妬みながら、何事もなく終わるのを祈るばかりであった。




「それじゃ、戻りましょうか」


 昼食を食べ終わり、三人が美術準備室を出て、職員室に戻ると、


「あ……」


 階段を下りようとした所で、三人がバッタリと麻美に会う。


「あら、猪原先生でしたっけ?」


「はい。ちょっと図書室に行っていて……」


「そうなんですか。私たちは、今、お昼を食べていたんです。そこの美術準備室で」


「へえ、そうなんですか。いつも、三人で食べているんですか?」


「たまにですけどね。職員室で食べる事もありますし、今日は三人の都合が付いたので、一緒に食べようって事になったんです」


 と、思わぬ形で、目の敵にしていた麻美と対面してしまったが、その事は表に出さず、すみれと彩子も愛想よく、彼女と話していく。


「くす、もうすぐ教育実習も終わりだけど、どうでしたか?」


「はい。生徒も先生たちも、とても良い人ばかりで、楽しかったです。実は私の母がこの谷村学園のOGなんですけど、その縁で、ここに実習に来たんです」


「へえ、お母さんが」


 麻美自身は別の公立の進学校出身だが、母がここの卒業生だった事もあり、母の母校に興味を持って、この学園を教育実習の場に選んだのであったが、彼女自身はとても良い経験が出来たと、心から思っていた。


「来年、一緒に働けると良いですね」


「はい。私、ここの教員採用試験受ける事にしました。非常勤でも、この学園で教壇に立てるよう、頑張ります!」


「ふふ、そう」


(うう、本当にこの学校受ける気なんだ……)


 目を輝かせながら、そう決意表明をした麻美を三人が微笑みながら見ていたが、内心は苦々しく思っていた。


「まあ、頑張って。あと、気になる生徒とか居たかしら?」


「気になる生徒ですか……うーん、えへへ、別に居ませんけど……四組で一番前に座っている男子生徒で、凄く熱心に私の授業を聴いてくれてる子が居て、それが嬉しかったですね」


「っ! へ、へえ……」


 四組とは、すみれの受け持っているクラスであり、該当する生徒が拓雄しか居なかったので、三人がピクっと眉をひそめる。


 彼女自身は悪気はなく、とても熱心な実習生なので、三人とも表立ってきつく当たれなかったが、拓雄に気がある事を隠しもしなかった麻美に内心、心穏やかではいられなかった。


「あ、もう予鈴が……」


 話している間に予鈴が鳴ってしまったので、四人は職員室へ急ぐ。


 来年、もし麻美が正式に赴任してくれば確実に拓雄に手を出すのは目に見えており、苦々しく上機嫌で歩いていく実習生を眺めていたのであった。

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