第20話 教育実習生と仲良くし過ぎちゃ駄目

「あ、黒田君、おはよー」

「っ! おはようございます」

 朝、拓雄が下駄箱で上履きに履き替え、廊下を歩いてると、スーツを身に纏った麻美に挨拶される。

 麻美の顔を見ると、はにかんだ笑みが可愛らしく、とても綺麗で、拓雄も少し見とれていたが、そんな彼を見て、

「えへへ、今日もよろしくね」

「あ、はい」

「うん。先生の授業、どうかな? わかりにくい所とかある?」

「いえ、特に……とてもわかりやすいですよ」

「そっか。なら、よかった」

 一番前に座っているから顔をよく覚えてるからか、話しやすいからかなのか、麻美が不安げな表情で拓雄にそう訊くと、彼も素直にそう答える。

 実際、麻美の授業はわかりやすかったので、拓雄も楽しみにしている位だったが、やけに親しく話しかけてくる彼女に対して、何故、自分にと疑問に思っていた。

「あ、おはようございます」

「おはよう」

 二人が話していると、ユリアが前を通り過ぎ、麻美と拓雄がそれぞれ挨拶をすると、ユリアも淡々とした口調で、挨拶を返して、そのまま職員室へ向かう。

「高村先生だっけ? 凄く綺麗な人だよね。初めて見た時、ビックリしちゃった」

 と、ピンとした背筋で、紺のスーツを着こなし、颯爽と通り過ぎていったユリアを見て、麻美も目を輝かしながらそう言う。

 今まで見たことのない位の美しい顔立ちをしていたので、麻美も本当に教師なのかと疑ってしまった位で、拓雄も改めてユリアは誰が見ても、見惚れてしまう程の美人なのだと思い知ったのであった。


「おはようございます」

「あ、おはようございます。えっと……」

「美術担当の真中です。教育実習生の猪原さんですよね?」

「はい。国語を担当している、猪原です」

 ユリアが去った後、すぐに彩子が二人にニコニコ顔で挨拶をし、麻美も改めて、彩子に自己紹介する。

「くす。もう、実習には慣れた?」

「ええ。まだまだ、緊張しますけど」

「だよねー。ふふ、でも猪原先生みたいな美人さんが実習に来てくれて、私も嬉しいなあ。生徒からも評判ですよ」

「そ、そんな事は……」

 と、いつもと変わらない愛想がよく穏やかな口調で、彩子が麻美の事を誉めちぎり、麻美も顔を真っ赤にして恐縮する。

 本音なのか、それともお世辞なのかわからないが、彩子の温和な笑みを見て、拓雄は少し怖くなってしまい、得体の知れない不気味さを感じてすらいた。

「あ、拓雄君。ちょっと良いかな?」

「はい」

 と、拓雄に声をかけると、

「あの話、考えてくれた?」

「え? あの話って……」

 何の事かと首を傾げると、彩子は拓雄の体を引き寄せ、

「先生、返事、いつでも待っているからね」

「っ!」

「じゃあねー」

 と、小声で耳打ちした後、軽く手を振って、職員室へと向かっていく。

 返事とは、あの告白の返事に他ならず、拓雄も顔を赤くして、笑顔で去っていく彩子の背中を眺めていた。

「あの真中先生も綺麗な人だよねー。しかも、良い人そうだし、私も来年から、ここで教員になれると良いなあ」

「はは……が、がんばって下さい」

「うん。じゃあ、私ももう行くから。今日も授業あるから、よろしくね」

 そう言って、麻美も職員室へと向かい、拓雄も彼女の背中をぼんやりと見つめる。

 麻美が来年から、この学園に教師として採用されれば、また楽しくなるのではと考えていたが、簡単には行かないのかなと色々と考えていた。


「ふふ、拓雄~~」

「っ! す、すみれ先生……」

「おっはよう。あらあら、早速、猪原先生とも仲良くなっちゃったのねー。いよ、この女教師殺し♪」

「そ、そういう訳では……」

 麻美が去った後、二人の様子を陰で見ていたすみれが、ニヤ付きながら、拓雄の肩にポンっと手を置いてそう声をかける。

「いいのよー、別に。教育実習生と仲良くなるのは、悪いことじゃ全然ないわ。むしろ、年齢が近いし、実習生から学べる事も色々あるはずだからね。でも、猪原先生、美人よねー。若々しくて、とっても羨ましいわあ。先生とそんな歳は変わらない筈だけど、やっぱり女子大生って生き生きしてるわねえ」

 と、感慨深げな口調で、すみれも拓雄に語り、拓雄も少し顔を引きつらせながら頷く。

「でも、あんまり仲良くしすぎて、変な事をしちゃ駄目よー。教育実習をちゃんとやらないと教員免許貰えなくなるんだから、先生になれなくなるの。わかるー?」

「は、はい」

「んー、そうねえ。わかれば宜しい。んじゃ、教室でね♪」

「うわっ!」

 と言った後、すみれが拓雄の股間をポンっと叩いて、足取り軽く教室へと向かう。

 誰も見てなかったので、事なきを得たが、すみれの大胆なセクハラ行為に、拓雄も身を屈めて真っ赤にしていた。


「むむむ……」

「あの……」

 放課後になり、彩子に準備室に呼び出され、彩子と一緒に居たユリアが椅子に座らされていた、拓雄を睨みつけていた。

 すみれは剣道部に顔を出していたので、この場には来れず、彩子とユリアの二人で麻美との関係を尋問する事にし、彩子も悔しそうに歯軋りしながら、

「もう、どうして、猪原先生とあんなに仲良くなってるのっ! そりゃあ、若くて綺麗な先生だと思うけど、駄目じゃない! 拓雄君には先生が居るのに!」

「そ、そんなつもりは……」

「彩子先生、落ち着いて。でも、拓雄君も本当にモテるわね。羨ましいこと。幼い顔立ちをしているから、年上の女性から話しかけやすいのかしら」

「ですよね! ああ、どうしよう。来年から、猪原先生、ウチの学園に来たりしないわよね?」

「さあ。国語の教員の募集をするかわからないし。でも、非常勤講師の募集はあるかもと前に聞いたわ」

「えーーん……ふふ、ならやっぱり今の内に……」

「あの、猪原先生とは本当に……」

 何もないと言い訳したかったが、ユリアはクイっと拓雄の顔を上げ、

「別にあなたと猪原先生が付き合っていると思ってなんかないの。でも、あの先生、拓雄君の事、気に入ってるみたいね。まじめで一番前の席に座って、熱心に授業を聞いているから、彼女も嬉しいんでしょうね」

「うう……」


 女王みたいな、鋭い口調で、ユリアがあからさまに嫉妬した口調で、拓雄に詰め寄る。

 自分も容姿では麻美に負けてるつもりはなかったが、いかんせん、自分より若い事がアドバンテージとなっているとユリアも焦っており、

「私と麻美先生、どっちが綺麗だと思う?」

「そ、それは……ユリア先生です……」

「じゃあ、私はっ!?」

「あ、彩子先生です!」

「きゃーー、ありがとう♪」

 と、ユリアと彩子に聞かれ、拓雄も即座にそう答えるが、はしゃいでる彩子と裏腹にユリアはため息を吐き、

「なら、良いわ。教育実習は来週までよ。その間、くれぐれも猪原先生と間違いのないようになさい。もし、やったら……退学ね」

「し、しません、そんなの!」

 ユリアが怒気を込めてそう宣告し、拓雄も涙目になって、思わず答える。

 これ以上、ライバルを増やさせはしないと、ユリアも彩子も焦っており、来週まで何事もないように、監視を強化する事にしたのであった。

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