第19話 先生の家に家庭訪問
「じゃあ、今日は油絵で自画像を描きたいと思います。油絵の描き方は、以前にも解説したとおり……」
美術の授業になり、いつもと全く調子で、授業を進める彩子をぼんやりと眺める拓雄。
(先生が僕の事を……)
あそこまでハッキリ言われてしまえば、もう拓雄も彼女の気持ちを完全に理解してしまい、彩子の顔を見る度に、意識してしまう。
どうして、自分の事なんかを……と、考えていたが、彩子のいつも温和で気さくに接してくれる彼女を考えると、どんどん胸が高鳴ってしまい、頭が混乱して目が回りそうになっていった。
「それでは、始めてください」
と説明を終えると、生徒たちもいっせいに油絵の作業に取り掛かる。
だが、拓雄は未だにボーっと彩子に視線を送っており、中々授業に取り組めなかったので、彩子が見兼ねて、
「どうしたの、拓雄君?」
「え?」
「何かボーっとしてるけど……先生の説明で何かわからない所、あった?」
「いえっ! だ、大丈夫です」
彩子に声をかけられ、慌ててパレットと絵の具を取り出す。
心配そうに見ていたが、彩子も穏やかで可愛らしい笑みを浮かべて、
「わからない所があったら、遠慮なく訊いてね」
「はい……」
と告げた後、美術室の見回りを始める。
いつも自分の事を気にかけていたのは、本当に自分の事が好きだったからだと気付き、彩子を見る度に、胸が苦しくなってしまっていたが、それでも授業をサボる訳にはいかないので、油絵に取り組んでいったのであった。
「拓雄くーん、ちょっと話があるわ。来なさい」
「は、はい」
帰りのホームルームが終わった後、担任のすみれに呼び出され、一緒に廊下へ出る。
「今日、あんた何時になくボーっとしてたわよ。どうしたの?」
「いえ……」
授業中も彩子の事が気になってしまい、全く集中できず、当てられてもロクに答えられなかったので、すみれも心配そうに拓雄に訊ねるが、まさか本当の事を言う訳にいかないので、視線を逸らす。
だが、そんな拓雄の意図を察したのか、すみれも溜息を付き、
「悩みでもあるの? 先生でよければ相談に乗るけど」
「だ、大丈夫です」
「大丈夫じゃないわね」
「あら、ユリア先生」
と、拓雄が精一杯の口調でそう答えると、背後からユリアが声をかけ、
「拓雄君、あなた、私の授業でもボーっとしてたわよ。いつになく」
「すみません……」
「すみませんじゃないの。もうすぐ期末試験もあるのだから、ちゃんと集中なさい。ここじゃ、何だから、ちょっと先生に付いて来て。よかったら、すみれ先生も」
「はーい♪」
そう言って、ユリアと共に生徒指導室へと向かっていった。
「で、彩子先生と何があったのか説明してくれない?」
「う……」
生徒指導室にユリアとすみれの元に連れて行かれると、単刀直入にユリアに尋問されてしまい、ドキっと拓雄も視線を逸らす。
だが、いかにユリアやすみれと言えど、正直に言うのは躊躇ってしまい、拓雄も黙っているしかなかったのであった。
「まさか、真中先生に告白されたとかー?」
「そ、それはっ!」
「あ、図星? あーあ、遂に我慢出来なくなっちゃったかあ。ま、結構積極的な人だからね、大人しそうな顔して」
「うう……」
すみれも呆れた様に肩をすくめながらそう言い、拓雄も恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯く。
ユリアもすみれも既に彩子から事情を聞かされていたので、彼の胸の内は察していたが、それでも彩子と付き合わせる訳にはいかないとばかりに、
「拓雄君。彩子先生と付き合うのは駄目よ。理由はわかるわね?」
「あの、付き合うとかそういうのじゃ……」
「今更、シラを切らないで。あなたをデートにまで誘っておいて、私達が彼女の気持ちに気付いてない訳ないでしょう。あなたはまだ一年生。彼女の事が好きなら、なおさら危ない橋は渡っては駄目。バレたら、彩子先生と会えなくなるのよ」
と、淡々としながらも、いつになく必死な口調で、ユリアが拓雄にそう諭し、彼女の言葉を聞いて、段々と冷静さを取り戻す。
自分が彩子と付き合う様な事をして、それがバレてしまえば、彩子がクビになってしまうのは拓雄も理解しており、彼女の為にも自重しなければならないのはわかりきった事であった。
「ま、そういう事よ。色々な意味で、早いわね、真中先生と付き合うのは」
「そう。ま、その辺の事は、また改めて四人で話し合いましょうか。今度、私の家に来なさい」
「え?」
「先生の家に来なさいと言ってるの。そこで、すみれ先生と彩子先生も呼ぶから、そこで、四人で話し合いましょう。私の家に家庭訪問。OK?」
「か、家庭訪問って……」
思いもよらぬ提案をしてきたので、拓雄も動揺するが、すみれは、
「良いわね。いつにする?」
「いつでも構わないけど、三人の都合がつく日が良いわ」
「なら、土曜日の午後ね。という訳で、土曜日にユリア先生の家に集合ねー」
「え、あの……」
「良いわね?」
「はい……」
一方的に決められてしまい、拓雄も困惑するが、もはや拒否出来る雰囲気ではなく、拓雄も首を縦に振る。
四人で何を話し合うのかと、拓雄も困っていたが拒否もできず、ユリアの家に集まる事になったのであった。
「ここかな……」
約束どおり、土曜日の夕方になり、ユリアの部屋の前に緊張した面持ちで立つ。
本当に自分の家のすぐ前で、徒歩一分程度で着く場所であったので、こんな近くにあのユリアが住んでいるのかと、拓雄も信じられなかったが、意を決してインターフォンを鳴らす。
「どうぞ」
「お、お邪魔します」
呼び鈴の音と共に、ユリアが玄関のドアを開いて、拓雄を招き入れる。
女性の一人暮らししてる部屋に入るのは、拓雄もはじめてだったので、緊張しており、彼にとっては未知の領域に足を踏み入れた気分であった。
「ヤッホー、来たわね」
「きゃー、拓雄君だあ。しばらくぶり」
比較的殺風景な居間には既にすみれと彩子が来ており、笑顔で彼を出迎える。
「ふふ、本当に来たのね。偉いわ」
「良いな、ユリア先生、拓雄君の近くに住んでいて。もしかして、しょっちゅう部屋に連れ込んだりしてる?」
「まさか。今日が初めてですよ。そこに座って」
「はい……」
用意されていた座布団の上に拓雄も座り、そんな彼の様子をニヤニヤしながら眺めるすみれ。
「今日、何で呼び出したかわかる?」
「えっと……」
ユリアがそう訊くと、拓雄は彩子の方をチラっと見て、
「真中先生、ちょっと早まりすぎですよ。美人の教育実習生と仲良くなったのを見て、焦るのはわかるけど、まだ高校一年の童貞君が、真中先生みたいな美人教師に告白されたら、動揺しちゃうに決まってるじゃないですか」
「美人だなんて、そんな……でも、告白したわけじゃないんですけどね。拓雄君は私のものって言っただけです♪」
「それ、告白と同じ。でも、早まりすぎなのは確か。拓雄君だって、困るに決まってるでしょう」
「で、ですよねー……それで、拓雄君。先生の事、どう思ってるかな? よかったら、返事欲しいなあ、なんて」
と、上目遣いで彩子が拓雄に催促してくるが、本気で言ってるのかと、拓雄もドキっとしてしまい、顔を赤くして、黙り込むと、
「だから、そんなのは駄目。彩子先生の告白は忘れて。ノーカウント。その方が、お互いの為よ」
「えーー、嫌ですよ、そんなの」
「嫌じゃないの。無かった事にして。彩子先生だって、焦って、我を忘れてたんでしょう? そんな形で彼と付き合えて嬉しい?」
「つ、付き合うだなんて……」
ユリアに釘を刺されると、彩子は冗談なのか、顔を赤くして、照れ臭そうにする。
ここまで来ると冗談で言ってるのか拓雄もわからなくなっており、段々と緊張もほぐれてきた。
「ま、そういう訳だから、真中先生の告白は忘れるって事で満場一致で決まりましたー」
「ええーー……でもお……」
「彼への告白は冗談だった。良いわね?」
「はい……」
ユリアに睨まれて、彩子もシュンとした顔をして頷く。
不本意ではあったが、彼の為にはそうするしかないと思い、すみれもユリアも、そして拓雄もホッとする。
だが、彩子も諦める気など全くなく、むしろ想いを伝えられて一歩リードした気分になり、すみれとユリアも警戒を強めていったのであった。
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