第18話 それでも美人の教育実習生との距離は縮まっていく
「はい、今日は古典の教科書の六十三ページからですね」
翌日、四時間目の国語の授業でまた教育実習生の麻美が教壇に立ち、初々しい口調で、麻美が授業を始める。
古文の授業なので、拓雄もやや苦手意識はあったが、それでも目の前に居る、麻美が一生懸命なので、自分もがんばろうと自然に思い、彼女の講義を真剣に聞いて、授業に打ち込んでいった。
「えっと……黒田君……だっけ?」
「あ、はい」
「教科書の六十五ページ、朗読してくれないかな?」
「はい」
麻美に指されて、拓雄も立ち上がり、古文の朗読を始める。
彼女に指されるのは初めてだったので、緊張していたが、一生懸命朗読している、拓雄を見て、麻美も可愛らしく思えてしまい、微笑ましい目線で拓雄を眺めていたのであった。
「じゃあ、今日の授業はここまで」
終業のチャイムが鳴り、麻美の今日の授業もここで終了する。
そして、拓雄も廊下を出て、購買に行ってパンを買いに行こうとすると、
「あの、黒田君」
「はい?」
急に麻美に呼び止められたので、何事かと拓雄が振り向くと、
「えっと、今日の授業で何かわからない事でもあった?」
「え? い、いえ別に」
「そう。なら良かった。ごめんね、何か凄く考え込んでいる気がしたんで、もしかしてわかりにくい事でもあったのかなって……」
と、恐る恐る麻美が拓雄に聞くと、拓雄もビックリしてそう答える。
自分はそんなに考え込んでいるように見えたのかと、首を傾げていたが、麻美も拓雄の言葉を聞いて安堵し、
「変な事を聞いて、ごめんね。わからない事があれば、遠慮なく言ってね。それじゃ」
「あ、はい」
と言って、麻美も早足で職員室へと戻っていく。
拓雄も何だろうと首を傾げていたが、麻美は一生懸命、授業に打ち込んでいる様に見えた拓雄が特に気になってしまい、声をかけたのであった。
「ジーーー……」
「ん? うわああっ! ゆ、ユリア先生?」
急に背後から視線を感じたので、何事かと振り向くと、いつの間にかユリアが拓雄のすぐ後ろにおり、冷たい視線でじっと彼を睨みつけていた。
「な、何ですか、ユリア先生?」
「随分とあの教育実習生と仲良くなったじゃない」
「え? そ、そんな事は……」
「嘘ね。凄く、デレデレしていたわよ。良かったわね、あんな美人の女子大生に気に入られて」
と、いつも以上に冷たい目でユリアが拓雄にそう告げ、拓雄も困惑しながら、
「あの、別にデレデレは……ひっ!」
慌てて弁明しようとすると、ユリアがYシャツの胸倉を掴み、
「ちゃんと先生の目を見ろと言ったでしょう。教育実習生でも、あの子は先生として来ているのだから、あんまり馴れ馴れしくしない事ね。わかった?」
「はい……」
何でユリアが怒っているのかも理解出来ないまま、彼女のあまりにも鋭い眼光に気圧されて、凍りつきながら頷き、ユリアも手を離す。
「宜しい。放課後、また来なさい。先生が補習して上げるわ」
「ええっ!? あの、今日の放課後は……」
「何? 用事でもあるの?」
「委員会があるので、今日はちょっと……」
「委員会……あなた、図書委員だったわね」
「はい」
ユリアに唐突に補習を言い渡されたが、流石に委員会があるので、そっちを優先せねばならないと告げると、ユリアも考え込み、
「図書委員……まあ、そういう事なら仕方ないわね。なら、明日、昼休みに準備室の方に来なさい。そこでちょっと話をするから」
「はい……」
また美術準備室に呼び出され、あの三人に絡まれるのかと思うと、拓雄もうんざりしていたが、取り敢えず、安堵し、今日の所は解放される。
しかし、何故、麻美と話していた位で、あんなにユリアが怒っているのか、理解も出来ないまま、拓雄も購買へと向かい、
「それでは図書委員会のミーティングを始めます。まず最初に、教育実習生を紹介しますね」
「教育実習に来た、猪原麻美です。図書委員のお手伝いをする事になったので、よろしくお願いします」
と、司書の先生に麻美が紹介され、図書室も拍手に包まれる。
思わぬ形でまた麻美と会ってしまったが、国語の教師だから、図書委員の仕事も手伝う事になったのかと納得し、今後の活動方針についての説明に聞き入っていったのであった。
「じゃあ、今日は蔵書の整理と館内のポスターの張替えを行いますね。係りの人は各自、お願いします」
説明を終わると、図書委員は館内に散らばり、図書室の整理と掃除を始める。
拓雄は蔵書の整理の係りだったので、書棚をチェックし、新着図書との入れ替えなどを行っていった。
「えっと、これはここかな……あっ!」
「うわっ! す、すみませんっ!」
「いえ……あれ、君は……」
書棚に本を入れながら、移動すると、うっかり拓雄は麻美とぶつかってしまい、麻美も彼の顔を見て、少し驚いた顔をする。
「黒田君。あなたも図書委員だったのね」
「はい」
「本とか好きなの?」
「えっと、まあ嫌いではないですけど……」
「ふふ、そうなんだ。先生は結構、小説も漫画も読むよ。私も、この高校出身なんだけど、放課後はよく図書室に来てたから、凄く懐かしいなあ」
と、感慨深げに麻美もそう話し、そう言えば、先ほどのミーティングでも同じ様な事を言っていたのを思い出す。
母校出身だから、ここに教育実習に来たのかとぼんやりと考えていたが、改めて彼女の顔を間近で見てみると、本当に若々しくて綺麗であり、あの三人の女性教師達とも全く引けを取らない穏やかな美人の彼女に見とれてしまっていたのであった。
「あ、ごめんね。何かわからない事、ある?」
「いえ……あ、この本って、何処のコーナーでしたっけ?」
「これは……実用書だから、あそこの本棚かな。案内するよ」
「あ、すみません」
と聞くと、麻美もすぐに笑顔で答えて、所定の本棚へと案内していく。
年齢も近く、まだ学生の身分であった為、人見知りしがちの拓雄でも話しやすく、自然に笑顔がこぼれていったのであった。
「じゃあ、今日はここまで。お疲れ様でした」
委員会の仕事も終わり、拓雄もやっと図書室から出る。
そして、階段を下りた所で、
「拓雄くーん♪」
「え? 彩子先生?」
急に絵の具で汚れたエプロンを羽織った彩子に呼び止められ、彼女に招かれると、
「ちょっと良いかなあ?」
「はい?」
笑顔で手招きされて、彩子の方に向かい、何事かと準備室へと入ると、
「ふふ、委員会お疲れ様」
「あ……はい。何ですか?」
いつも以上のニコニコ顔で彩子が拓雄に迫り、そして急に抱きついて、
「ねえ。さっき、猪原先生と仲よさそうにしてたでしょう?」
「え? な、何でですか?」
「くすくす、見てたのよー、先生。図書室に、ちょっと美術の図鑑を取りに行ってた時に、ちょうどあなたと猪原先生が仲よさそうにしてるのを」
「いいっ!? あ、その……」
と、甘えた声で告げると、拓雄もビックリして動揺する。
彩子が図書室に来ていた事など全く気づかなかったので、何時の間にと思っていたが、彩子は、
「仕事にちゃんと取り組んでて偉いわー。先生の存在にも気づかない程に。でも、あんまり仲良くしちゃ駄目って言ってるでしょう。拓雄君はー……先生の物なんだから」
「え……先生のって……」
と、ハッキリとそう彩子に宣言され、拓雄もドクっと胸が熱くなる。
「そういう事よ。じゃ、先生、もう部活に戻るから。またね。ちゅっ」
「――っ!」
そう言って、彩子は拓雄の頬にキスをし、準備室を出る。
このまま麻美との距離を縮めさせはしない。そう決意して、生徒に二度目のキスをし、彼女の唇を頬に感じながら、しばらくボーっとしていたのであった。
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