第17話 教育実習生には手を出さないように
「拓雄~~、これはどういう事かしら?」
「うう……」
休み時間になり、職員室に拓雄が呼び出され、すみれが小テストの結果を一足先に拓雄に見せ、彼もその点数を見てうなだれる。
結果は三十五点。赤点は免れた物の、イマイチな出来だった為、拓雄も泣きそうになっていた。
「あんたもねー、一年とは言え、特進クラスに所属してるって事を自覚しなさい。今から、こんな事じゃこの先、思いやられるわよ」
「す、すみません……」
と説教されて、拓雄もただ申し訳なさそうに平謝りをする。
彼の所属しているクラスは特進クラスで、学園でも一番上のクラスであったが、それゆえに授業が進むのも早く難易度も高かったので、拓雄も中々、苦手科目の数学の授業に付いていけずに悩んでいた。
「あら、またお説教ですか、すみれ先生」
「ユリア先生。まあね。私の教え方が悪いのかねえ……親身になって教えてるのに」
「別にそうは思いません。苦手科目があるのは仕方ないですし。この前の英語の小テストは良い出来だったわ。頑張ったわね」
「あ、ありがとうございます」
珍しくユリアに褒められたので、拓雄も嬉しいと言うより、驚いてしまう。
だが、その様子をジーっとすみれも見つめ、
「ふん。先生にも今と同じ台詞言わせる位、頑張りなさい」
「うわっ! は、はい……」
と頬を膨らませながら拓雄に言い、彼の尻を叩く。
職員室の中なのに、大胆な事をされて顔を赤くしながら、職員室を出て行った。
「ねえ、拓雄君、ちょっと」
「彩子先生。何ですか?」
「こっち来て」
突然、彩子に声をかけられ、近くにある生徒指導室に入ると、
「んもう、すみれ先生とユリアちゃんと仲良いじゃない。先生とももっと仲良くして欲しいなあ」
「え? いえ、今のは小テストの点数が悪かったんで、呼び出されたんです……」
「本当? 良いなあ……」
何が良いのかと首を傾げていたが、この前、すみれ達にデートを邪魔された事を未だに根に持っているのか、彩子は何かある度に、校内でも拓雄に絡んでいき、こうして露骨に色目を使ってきていた。
もはや、好意を抱いてる事を隠してもおらず、拓雄も彩子とこうして二人きりになる度に、彼女を意識してしまっていたが、今は休み時間なので、彼も早く教室に戻らなければならず、困り果てていた。
「ねえ、また先生と補習しよう。二人きりで」
「い、良いですけど、何をするんです?」
「何でも。嫌なら、美術部に入ろう。ねー?」
「うう……」
ピッタリと体を寄り添いながら、撫でる様な声で、彩子が迫ってきたので、拓雄も言葉を詰まらせながら、彼女の肌を感じて胸をドキっとさせる。
若く、おっとりとした美人の彩子に学内で、ここまで迫られるのは、もはやセクハラに等しい行為であったが、それでも好意をぶつけてくる教師の彼女を強引に突き飛ばす事は出来ず、甘い声と香水の香りを感じて、理性を爆発させそうになっていった所で、
「何をしてるんですか、こんな所で」
「っ! 何だ、ユリアちゃんかー」
急にドアが開かれたので、彩子もハッと彼から離れるが、ユリアと見るや、また拓雄にピッタリと張り付く。
「何だじゃありません。もう休み時間終わりますよ。早く彼を教室に戻してください」
「ハーイ。じゃ、またねー、拓雄君」
「はい……」
ようやく、彩子から解放され、ホっと息を付くが、ユリアは憮然とした顔をし、
「あなたも嫌なら、ハッキリと断りなさい。あんな所を他の先生に見られたら、あなたも彩子先生もただじゃ済まないのよ」
「う……今度は気をつけます」
「わかれば良いわ。ほら、早く戻りなさい」
と、一礼して、早歩きで教室へと戻っていく。
彩子の執拗なアプローチに困っていたが、今のままだと、彩子も自分の為にもならないのはわかっていたものの、拒否も出来ず、そんな優柔不断な拓雄にユリアも若干いらだち始めていた。
「では、今日から教育実習生が来る事になりますので、皆さんもしっかり授業を受けるように。じゃあ、自己紹介どうぞ」
「あ、はい。今日からしばらく実習生として教壇に立つ、猪原麻美いのはらまみです。宜しくお願いします」
翌日、国語の授業で女性の教育実習生が拓雄のクラスが赴き、スーツを着た彼女が緊張した面持ちで自己紹介して、クラスも拍手に包まれる。
長い黒髪と、まだあどけない十代のような顔立ちをした、可愛らしい女性で、拓雄もぼんやりと見とれており、
「じゃあ、授業を始めますね。教科書の六十ページからですね」
軽く自己紹介を済ませた後、麻美が教科書を開いて、ぎこちないながらも、担当教員のサポートを受けながら、授業を進めていく。
初めての授業のため、慣れない所はあったが、一生懸命講義してる姿が初々しくも美しく、拓雄も彼女の授業を受けて何だか和やかな気分になっていたのであった。
「むむむ……」
「どうしました、真中先生? そんなに難しい顔をして」
「嫌な予感がします」
「え?」
休み時間になり、職員室で彩子が難しい顔をして、考え込んでいると、すみれが何事かと声をかけ、
「今日から教育実習生が来ましたよね?」
「ええ。ウチの授業にも来ましたよ」
「教育実習生で、特に美人だって評判の先生いましたよね、確か」
「ああ、国語の何とかって先生でしたっけ? ほら、あの人」
と言って、国語の指導教諭と話している麻美を指差すと、
「ああ、本当に綺麗ですね……あの人、すみれ先生の授業も担当してるんですか?」
「確かそうだと思ったけど。まさか、不安なのー?」
「いえいえ。別に不安って事は……」
実際、拓雄が見とれていたので、彩子の不安は的中していたが、まさか彼女が拓雄にちょっかいを出すことはないだろうと、すみれも思っており、心配しすぎだと考えていた。
「ま、教育実習生なんですし、そこまで心配する事ないんじゃないですか? 美術の方はどうなんです?」
「今年は一人も来てません。去年は居たんですけどね」
「そうですか。数学は男の教育実習生来てるけど、私は指導教諭じゃないし、あんまり関係ないかなあ」
と、他愛もない話をしていたが、そんな中で、ユリアが二人の前を通りがかり、
「ふふ、教育実習生の間でも、うわさになってますよ、ユリア先生ー」
「何の事かしら?」
「とぼけないでくださいよ。超美人の先生だって評判ですよ。去年もそうだしたよね。男の実習生も居るから、気をつけて下さい」
「別に興味もないですし。それより、話があるから、二人とも時間があったら放課後、準備室に来て」
「ん? 話って?」
すみれがユリアを茶化していくと、ユリアにそう告げられる。
「あのー……何ですか、急に……」
放課後、すみれと彩子が美術準備室へ行くと、ユリアに呼び出されていた拓雄が座っており、
「何ですかも何もないわ。今日、教育実習生が来たわよね?」
「はい。それが何か……」
「国語の教育実習生。あの子の事、気になってるでしょう?」
「えっ!?」
「なあっ!? あ、あの先生の事、好きなの、拓雄君っ!?」
「うええっ! そ、そんな事はっ!?」
ユリアに指摘されると、彩子が血相を変えて、拓雄の胸倉をつかんで迫っていく。
「あらあら、やっぱり若くて綺麗な子の方が好みなのね、あんたも。先生もまだ女子大生に間違われるくらいは若々しいはずだけど」
「うう……私だってえ……」
「落ち着いて。まあ、あの先生が拓雄君に何かするとも思えないけど、念の為よ。彼女に手を出すのは厳禁ね」
「手を出すなんて……ひっ!」
「良い、拓雄~~、あんたは黙って教育実習生の授業を受けてれば良いの。余計な事をするんじゃないわよ」
「はいい……」
三人に釘を刺されて、拓雄も泣きそうな顔をして、頷く。
手を出す気などなかったが、三人とも気が気でなく、拓雄と教育実習生が親密にならないか神経を使う日が続いたのであった。
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