第15話 両手で持ちきれない花

「さーて、お腹も空いたし、お昼でも食べに行きますか。何処が良い?」


「何処でも良いけど、ラーメンかうどんが良い」


「渋いですね、ユリア先生……」


 プールで一泳ぎした後、もう昼を過ぎてしまったので、三人がプールから上がって、施設内にあるレストランで昼食を摂りに行く。


「あら、真中先生は……げっ」


「やーん、拓雄君♪ もっと優しく引いて」


「こ、こうですか?」


 彩子の姿が見えないので、すみれが何処に行ったのかと辺りを見渡すと、彩子は未だにプールの中におり、拓雄に手を引かれながら、バタ足をしていた。


「ちょっと、いい加減にしてくださいよ、真中先生。もう上がりますよ」


「はーい……今日はありがとう、拓雄君。お礼に先生が、何でも奢ってあげる。何が良い? 好きな物奢っちゃうよ」


「いえ、そんな……」


「彩子先生、もうその辺にしておきなさい。男子生徒と手を繋いでいる所なんか見られたら、私達もフォローし切れないから」


「ちょっと支えてもらってるだけですー。えへへ、じゃあ、一緒に行こうか」


 拓雄に手を引かれながら、プールサイドに上がり、しばらくぎゅっと手を繋いでいた彩子にユリアがそう釘を刺すが、彩子は未だに彼と手を繋ぎながら、プールサイドを歩き、そのまま女子更衣室まで連れて行ってしまいそうな勢いであった。


「待った、待った。まさか、更衣室まで連れて行く気?」


「あ、もう更衣室なんだ。へへ、ごめんね。でも、ありがとう、泳ぎ、教えてもらって。拓雄君の手、思ったより逞しかったなあ」


「そ、そうですか?」


 甘く媚びるような声で、彩子にそう言われ、拓雄もドキっとしてしまうが、女性に逞しいと言われたのは生まれて初めてだったので、彼もうれしくなってしまい、顔を赤くして照れ笑いをしていた。


 彩子はすっかり拓雄と恋人の気分になっており、彼女の露骨までの色目に、拓雄も若干引き気味であったが、それでも彼女の柔らかい手を感じると、ドキドキしてしまい、彩子をまともに直視できない程、意識するようになっていった。




「私たち、お昼ご飯、食べに行くけど、拓雄君、どうする?」


「えっと……」


 ユリアに言われて、昼食をどうするか考えるが、流石に教師三人、しかも大人の女性たちに混じっての外食と言うのは抵抗があり、


「僕は一人で食べに行きますので……」


「えー、拓雄君も一緒が良いなあ。もしかして、先生達と、一緒に食べるの嫌? 学校では食べたのに」


 と言うと、彩子が彼の手を握って、一緒に食べようとおねだりするが、以前学校で食べた時は、ユリアに知らずに準備室に連れて行かれた上に、三人以外、誰も入ってこない密室で食べていたが、今回は公衆の面前でレストランですみれ達と食べる事になるので、人目を気にしがちの拓雄も恥ずかしく、まだ一人で食べた方がマシだと考えていた。


「仕方ないわ。じゃあ、別の場所で食べましょうか」


「別の場所って何処で食べるのよ? 近くに良い店ある?」


「拓雄君は、私たちと一緒に食べてる所を誰かに見られるのが恥ずかしいのよ、きっと。だったら、誰も見てない所で、食べれば良い」


「誰も見てない所って?」


「それは……」




「四名さまですね。こちらの部屋にどうぞ」


「どうも」


 ユリア達に連れて行かれた店は、カラオケボックスであり、こんな所でお昼を食べるのかと、拓雄もすみれも訝しげな顔をしていたが、確かにここなら人目も気にせず、四人で一緒にお昼を食べられるし、


「うう、まさかカラオケボックスで、ランチを摂る事になるなんて……」


「拓雄君と一緒に食べたいならここしかない。と言うか、今日は何処でお昼を食べる予定だったんですか、彩子先生?」


「近くのカフェーで、一緒に食べようかなって思ったんですけど……」


「カフェーで男子生徒とランチね。ま、デートの定番だろうけど、そこだと人目に付くじゃない」


「あまり知られてないお店だから、大丈夫ですよ。今度、先生と絶対に行こうね、拓雄君」


「は、はあ……」


 彩子に手を握られて、そう迫られて拓雄も頷くが、自分への好意をもう隠そうともしなくなっていた彩子に彼も戸惑うばかりであり、逆に何故、ここまで親身にしてくれるのかと、首を傾げるばかりであった。


「担任としては、教え子とカラオケはあまり感心しないんだけどねえ」


「生徒会の打ち上げで、一緒にファミレスに行った事ならありますけど」


「私も美術部の子と、文化祭の打ち上げに参加した事ありますよ。去年の夏合宿じゃ、部の子と帰りにバイキングに行きましたし」


「それは、行事の一環みたいな物じゃない。プライベートで行くのは気が引けるって言ってるんです。学校にバレたら、大丈夫かしら?」


 普段は、気さくなすみれであったが、根は真面目な為、理由はどうあれ生徒とカラオケボックスに行くのは気が咎めていたが、店に入った以上は仕方ないと肩を竦めながら、部屋に入ってソファーに座っていった。


「じゃ、何を食べようか。てか、折角だし、何か歌いましょう」


「えへへ、拓雄君、好きな物、頼んでー」


「あ、あの……」


 ソファーに座ると、彩子が当然のごとく、拓雄と体を密着させて腕に絡みつき、メニューを開いて、注文を催促する。


 あまりに積極的なアプローチをかけていく彩子に押されていたが、静かな顔をして、ユリアが隣に座り、


「コーラとピザにしましょうか。後、チキンバスケットにサラダ、チーズケーキ……」


と、さりげなく拓雄に体をくっつけながら、淡々とメニューを開いて、注文する品を選んでいく。


ユリアが間近に座っているのを見て、改めて彼女の美しい顔を眺めると、拓雄も胸が高鳴ってしまい、見とれてしまう程であった。


(ユリア先生、本当に綺麗だな……)


 まるでモデルの様に美しく、ハーフなのに掘りのない均整の取れた顔立ちをしたユリアに、改めて見とれる拓雄。


 その吸い込まれてしまう程の綺麗な青い瞳を見ると、思考を奪われてしまい、ユリアに引き込まれていった。




「っ!」


「はっ! す、すみません……あ……」


 思わずユリアに手を伸ばし、彼女の手を握ってしまうと、ユリアも一瞬、ビックリするが、すかさず彼女も拓雄の手を握り返し、頬を僅かに赤らめて俯く。


 彼女の繊細で柔らかい手を感じると、体が自然に熱くなってしまい、ユリアも思いもよらぬ大胆な行動を取ってきた拓雄に驚きながらも、徐々に胸を高鳴らせていった。


「ムムム……た、拓雄君、ほら先生と一緒に歌おうか」


「え、あ、ちょっと……」


 ユリアと手を繋いでいたのを見て、隣にいた彩子も嫉妬してしまい、彼の手をぎゅっと握って体を寄せていく。


 正に両手に花状態であったが、ユリアはそれを見ても、まだ拓雄と手を離さず、むしろこちら側に引き寄せようと、手を引っ張っていた。


「ふ、二人ともー。生徒と手を繋ぐのはどうかと思いますよー」


「あら、ごめんなさい。でも、彼の手は二つしかないから、定員オーバーです」


「別に私は繋ぎたいとは思って……いえ、じゃあこうしてやるっ!」


「うわっ! す、すみれ先生……」


 二人に対抗して、すみれは拓雄の背後に回って、彼を後ろから抱きついていく。


「ちょっと、すみれ先生、ちょっと無理ありません、それ?」


「うるさいわね。不良教師に絡まれてる生徒を担任として守っているのよ」


「手を繋ぎたいなら、素直に言えば良い。でも、これじゃキャバクラみたいね。教師を三人も侍らせるなんて、拓雄君も大人しい顔をしてやるじゃない」


「えへへ、一杯どうですか、拓雄くーん♪」


「は、侍らせてなんか……」


「ふふん、可愛いお客さん。お姉さん、サービスしちゃうわよー」


 そうユリアに嫌味を言われ、拓雄も顔を真っ赤にするが、彩子は更に彼の腕に絡み付いて顔を密着させ、すみれも更にぎゅっと抱きついて、彼に甘い声で冗談で囁く。


 金を積んでも、まず体験できそうにないシチュエーションに拓雄も困惑しながら、彼女らの接待を受け続けていったのであった。

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