第4話 旅の友は潮の香りのすきま風

 列車は進行方向右側にしばしば海を臨みつつ東上していく。呉の近郊である広の次は仁方。ここから四国の堀江まで1日3便ながら連絡船が出ている。もっとも広島と愛媛の間は他の航路もあるため、ここはわずか3本のみ。わざわざここまで来て連絡船に乗って四国にわたる人はそう多くない模様。一応案内放送でこの航路についての連絡がある旨の話はあったが、どうやらこの列車と接続する船はないとのこと。次の船までは何時間も待たねばならない模様。今日はまだあるだけましのレベルってことか。この仁方駅での乗降客は、さほどいない。


 次の安芸川尻も停車し、一駅通過してまた停車。そんな感じでこの快速列車は呉線内を丁寧に停車してはまた通過し、一駅かそこらを通過してはまた停車して、比較的丁寧に地元客を拾っては降ろしていく。

 都市間の中間駅をあっさり吹っ飛ばして目的地へと行く快速列車もあるが、自らの使命感にあふれてそれを現実化している感じの列車とはいささかならず趣を異にしているように思われる。

 そういう意味では、何ともフットワークの軽い快速列車ではある。

 列車は海沿いを走るだけあって窓でも開ければ潮の香りも飛び込んで来ようものだが、冷房がかけられているため窓を開けている客はいない。それでも、窓の隙間から瀬戸内海の風が少しばかり吹き込んでくるように感じられる。

「なんか、少し生ぬるい風を感じますね」

 吉田青年の言葉に、横に座っている八木青年が不思議そうに尋ねた。

「吉田君、それ、すきま風が入ってきているということ?」

「そうです。この電車、同級生の田中君の話では、何だかんだで急行に使われて酷使されてきましたからねぇ。その分傷みというか、隙間も結構あるのではないかとのことで。今は夏ですからいいけど、冬となれば、いかがなものかと」

「その田中君というのは、昨日の飲み会で出た同級生の方やね。なんか全国を列車に乗り回っているとかいう、甲南大学の」

「ええ、彼のことです」

 そうしてふと窓を見ると、穏やかな瀬戸の海。隙間から心なしか生暖かい風が車内にひっそりと入ってきたような気になる。

「まあ私らは半分以上楽しみで乗っているからこの海風もささやかな御利益のうちやろけど、冬場なんかに乗ったら、寒さを感じんわけにはいかんわな。せやけど、暖房が効きすぎておったらかえってちょうどええかもしれん。ほら、煮え湯の中に冷や飯と冷めた具材を入れたらええ塩梅で茶漬けにはなるような感じや」

 石村教授の御高説を、学生各位が感心しながら聞いている。

「お言葉ですけど、その暖房の効きが悪かったら、悲惨ですよ」

「ですね。八木さんのおっしゃる通りですよ」


 列車は竹原に到着した。定刻の15時55分。学校はちょうど夏休み期間ということもあって、いささかけだるさの残っている土曜の午後の昼下がりである。

 ここは竹原市の代表駅だけあって、いくらかの乗降がある。かつてより急行列車の停車駅で、今でも特急「安芸」は下りが早朝4時台、上りが夜中の0時台ながらも停車しているという。乗降客はほとんどいないが、まれに大阪方面からの乗客が乗降することもあるという。

「この駅、今は寝台特急の安芸が停まってはいますけど、そんなに利用客なんているようではなさそうですね。中途半端な時間ですし、ここから大阪に出向くにしても大阪着が6時前、戻ってきたら朝の4時30分です。よほどの条件でもないと、ここで乗り降りすることになりゃしないでしょう。まあ6月の夏至の前後ならまだしも、いつもならまだ暗い時間じゃないですか。そこまでして寝台車に寝転ぶくらいなら、昼間に三原まで出て新幹線に乗った方が安くて速いってものです」

 吉田青年は鉄道マニアというわけではないが、同級生の中に何人か鉄道好きがいることもあってある程度鉄道には詳しい。

「寝台列車で横になって移動できるのは悪くはないよ。だけどそんな深夜や早朝のわずか数時間仮眠するだけのために大金出すのは、いかがなものかと」

「私もハチキ君の御意見に賛成や。竹原や呉と言わず広島くらいまで行くのにわざわざ寝台なんか乗って寝ていこうとは思わないねぇ。もっとも、うちの大学で顧問をしておる鉄研の中に下関出身の子がおって、先日の帰省でわざわざその安芸号に乗ってみたとか言うておったで。その子は理工学部の学生さんで物理学の学部生さんではないから、ハチキ君は御存知ないやろけど」


 竹原を出ると、再び瀬戸の海が右側に広がる。かつて呉近郊を走っているときは軍機保護の名目で客車の鎧戸を閉めさせられたものだが、このあたりにもなると現在の海上自衛隊絡みの施設もないため昔も今も瀬戸の海を見ながら旅ができるというもの。海の向こうには、小島がいくつか見える。

 やがて列車は海辺から少しずつ距離を置き、三原の市街地へと入る。複線の山陽本線と合流し、列車は三原に到着。まだ時刻は午後4時過ぎ。

 夏場ということもあってまだまだ日は高く、しかも外は暑い。


 

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