第3話 元急行電車の冷房の入った普通車にて
市内を散策して、というよりも駅前の喫茶店に入って時間をつぶしてきた教授と学生たちは、少し早めに呉駅のホームに戻ってきた。14時26分、岡山を出た快速列車は定時に呉駅に到着した。元急行型電車の153系電車の6両編成。
「暑うてたまらんな。ほな、あっちの冷房車にイコカ?」
「はい」
石村氏はさすがにこの暑さにたまりかねた模様。学生諸君もその弁に従って冷房車の恩恵に預かることに。八木青年の京都の下宿にも吉田青年の広島の下宿にも、冷房などはない。さすがに石村教授宅や吉田青年の実家には冷房のある部屋があるが、全館エアコン完備というわけでもない。
「年取って来るとなぁ、暑さ寒さがコタエルンや。君らぁもいずれわかるわ」
この列車は冷房車と非冷房車が半々ずつ連結されている。もともとこの電車には今でいうグリーン車を含め冷房は設置されていなかった。ビュッフェだけは最初から設置されていたのだが、その残り約半分弱の普通車部分には無論冷房は設置されていなかった。とはいえこの頃は冷えすぎると言って冷房車をむしろ避けている人もいないではなかった。まだ冷房が各家庭に普及していなかった時期の話である。もっとも温暖化で酷暑が毎年のように報道される現在ほども暑くなる日はほとんどなかったこともあるから、それでも十分過ごせたと言えばそのとおり。
この列車の発車は15時ちょうど。呉線で三原まで出て、そこから山陽本線を一路岡山まで駆け上っていく。岡山到着は17時40分。この時期はまだまだ明るい時間帯である。
吉田青年は、キヨスクに出向いてコーラを買ってきた。八木青年と石村教授は特に飲み物を欲していなかったしそもそも駅前の喫茶店でアイス珈琲を飲んでいたからということもあり、特に何も買っていない。出発まで、あと10分程ある。
「前期試験や集中講義から解放されたことですし、海を見ながら電車に乗って移動できる解放感もあって、なんか、これが飲みたくなりまして。すんまへん」
一言断りを入れて、彼は350ミリの赤い缶のふたを開けた。
「私の息子も、コーラ、好きやったね。今は成人して酒を飲みだしたからさほどは飲まへんけど、それでも時々飲みよる。その子が高校生の頃、見かねた妻がちょっと飲みすぎや言うて注意しよった。何や、妻の話によれば、コーラやらの炭酸飲料には砂糖大さじ何倍もの糖分が入っておると。そら、甘いものは疲れも取れようけど、飲みすぎたらそれこそ害にならんとも限らんわ」
「私も、コーラはそんなには飲みません。飲んでもあの瓶くらいにしております。缶のほうは量が多いですからね。なんかしんどいですわ。とは言いますけど、たまにあの瓶のコーラを飲むと、スッキリしますね」
「せやな、ハチキ君は小学生の頃にお母さんを亡くしれて苦労されているから、炊事なんかしておれば栄養のことも考えざるを得なかったろうし、その過程で炭酸飲料の害も結構聞かされたでしょうな」
「そうですね。家庭科は中学以降無罪放免になりましたけど、小学校で食物関係のことを学んだ頃から、常に意識するよう心掛けています」
向い合せで進行方向逆側の窓側に座る吉田青年は、窓下の中ほどにあるテーブルに缶コーラを置いている。その下には、栓抜きも設置されている。
かつて瓶でビールやジュースが車内外で売られていた時期には重宝した設備。この頃になると缶の飲み物も増えてさほど使い出がなくなっていたが、その上のテーブルは何だかんだで便利な設備である。ここに飲み物か何かを置くと、それだけで旅に彩のひとつもできようというものである。
列車は15時ちょうど、呉駅を発車した。広島方面に向かう列車ほども混んではいないが、呉から沿線の小駅に戻る地元の客の他、あえて呉線回りで旅行中と思われる若者も何人か散見される。
一駅通過して、広に到着。ここで多くの地元客が降りていく。呉もしくは広島まで出向いた帰りの人たちであろう。乗車客は降車客ほどもいない。
程よいくらいの乗車率で、快速電車は海辺をゆっくり急いで走っていく。
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