湘南色の近郊電車で呉、そして元急行電車で岡山へ。
第2話 近郊型電車の快速
上りホームにやって来たのは、近郊型電車の111系6両編成。冷房はない。
なんせもともと普通列車用に作られた車両なので、冷房をつけないまま新製されて現在に至っているだけのこと。これが急行に使うとなれば、さすがに非冷房というわけにはいかないということで冷房が後に搭載された車両もあるが、こちらはその必要がないというわけか。
しかしこの電車は前後の2扉ではなく、真ん中にもドアのある3扉。到着と同時に3方向から客が乗車する。しかもドアの間が広くデッキはないので、入った客はおおよそ2方面に向かってそのまま近くの椅子へと向かうようになっている。
2扉でデッキがあるとなれば、その勢いはいささかならず弱まって下手すれば列車の遅延などにもつながりかねない。数年前に起こった上尾事件も、この車両とほぼ同じつくりの急行型車両が入っていたことも原因のひとつとなっているという。
この日は盆前の7日で土曜日。すでに学校は休みに入っているせいか、制服を着た高校生らはほとんどいない。この時間は広島にやって来る客は多いが、逆はそれほどいない。しかも呉線を回る上に途中の停車駅は海田市のみ。
電車は定刻の12時50分に広島を発車。とはいえ客は半分ほど乗っている。向洋を通過して海田市。ここで幾分客がおり、少しばかりの乗客を拾った。ここから列車は呉線へと入っていく。単線の路線となるが、ここから呉まで一切停まらず走り切ることになるが、その分、呉からやってくる対向列車が向かいのホームで待合せてくれる。快速同士のすれ違いはないから、そこは気分良く駅を通過していく。
石村教授と青年2人は、向かい合わせのボックス席に座っている。窓は幾分開けているが、話をするに困るほどのこともない。
「さっきの元グリーン車ですけど、確かに、車内が暗かったですね。それに比べてこちらは蛍光灯ですから、明るいことこの上なしですよ」
「確かにそうやが、ハチキ君、あの車両の照明がなぜ暗めか、わかるか?」
石村教授の疑問に、経営学部の学生が答える。
「今でいうグリーン車ということは、照明をあえて少し暗めに設定していたということでしょうか。そういえば、あの車両の屋根には、昔ながらの丸い電球カバーというのでしょうか、ほんわかとした色の照明がついていました」
「そや。そこ。昔の二等車、今のグリーン車は、今の普通車、当時は三等車とされておりましたが、乗客の層、明らかに違うことはわかるよな?」
頷く八木青年の横にいる吉田青年がここであるエピソードを公開した。
「もちろんです。そういえば私の祖母は、女学校に通っていた頃の母には二等車で通わせていたと言っていました。なんでも、三等車に乗せていたら通学中に悪い虫がついても困るからと祖父が言っていたようでして。祖母はそんなことを特に気にしていませんでしたが、祖父は昔の人でしたからね」
「吉田君のお母さんも、何だかんだで私なんかとは客層というか人種というかが明らかに違う人だったってことですね」
「いやあ、そう言われるほどのこともないですよ。ごく普通の主婦のおばさんですけどねぇ。でも、結婚するときに父が母の両親に申した言葉がいかにも振るっておりましてですね、元**中学の悪い虫ですなどというものですから、祖父母が大笑いしていたそうですよ。言われる方も言われる方なら、言う方も言う方ですわ」
苦笑とも爆笑ともつかぬ雰囲気の中で、石村教授が一言。
「それは面白いねぇ。だけど、私は京都市内でずっと学生生活を送ったから、市電はそりゃあよく乗りましたけど、取り付けるような蝶々はおりませんでした。というのも、妻と出会ったのはごくごく幼少の頃でしたからな」
石村夫人は幼少の頃からの幼馴染で、戦死した弟と彼のどちらもが好意を寄せていたという。
広島を出ること35分で、快速列車は呉駅に到着した。この後また、快速列車で広島方面に向かう模様。
彼らは呉駅で途中下車し、駅前を散策した。
15時ちょうど発の岡山行快速列車迄、約1時間半ほどの時間がある。
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