第02話 狩猟採集の秋
「『父上、必ずや、かの魔王を討ち果たし、亡き兄上の無念を晴らしてご覧にいれます!』」
アイリス・トウは一息に叫ぶと、ベンチにあおむけにひっくり返った。
とたんに足元から風が吹いてきて革スカートがあおられ、慌てて押さえる。幸い、防壁の上には誰もいなかった。
今日のソフィア城砦は風が強かった。空は輝かしい瑠璃色に澄み渡っている。
見あげていると魂まで吸われていくようで、そのまま体ごと天の高みへ投げ出されてしまいそうだ。
防壁の外に広がる辺境の森は、ありとあらゆる色合いが見受けられるが、やはり赤や黄色が多くなっている。
木々が揺れる音は、深いため息やざわめく心を思わせ、怪獣の鳴き声まで物悲しい。
つい数日前までの狩猟採集の大騒ぎが遠い昔のようだ。
二〇メートル級の小麦粉ムギを五本伐採したし、直径三メートルを超える嗤いトマトを奪取して持ち帰りもした。
秋ナスが出す問題は例年になく難しかったが、一年にわたって特訓してきたナス採集班が驚異的な速答で応じ、去年の雪辱を果たすどころか、例年にない数の採集に成功した。
これらの大成果に対して、テナガの損傷は七機で済んだ。
狩猟班のアシガルは四機破壊され、三機のライジンはそれぞれ一度ずつ手足の一本を持っていかれ、一機は胴体部分もねじ切られて大修理が必要になった。
その戦果は、ブラックゾーン、クリームチキンドラゴン、クリスタルトータス、ピンク
秋の狩猟採集は大成功といってよかった。三○人ほど出た怪我人も、骨折したのは五人ですんだし、何より死者も、深刻な傷を負った者も出ていない。
今年の秋祭りも、全員が心安らかに楽しめそうだった。もっとも、アイリス自身は楽しむどころの騒ぎではなかった。
ふたたび台本を開き、目を通す。
主人公、炎の勇者アクセル。伝説が述べるところによると、華奢で小柄な十六歳の赤髪の少年で、すばやい動きで敵を翻弄する戦い方、性別を除けばアイリスそのものの役だった。
「『その髪、紅蓮に燃える彗星のごとし』勇者さまもポニーテールにしてたのかな?」
背中まで届くたっぷりと豊かな結い髪に触れ、アイリスは笑った。
台本を閉じて、防壁の内側へ身を乗り出し、城砦内のあちこちで行われている祭りの準備のようすをのぞきこむ。
やぐらに使う材木を両肩に一本ずつ担いだアシガルが、スケートで滑るように駆け抜ける。
山のような材木を積んだ四足歩行のタリキは、のろのろと危なげなく歩いていく。
テナガは高い位置に材木を運んだり、幕を張ったり、旗竿をたてたり、長くて器用な腕を三六〇度絶えず動かして何機も働いている。
見ていると、機体に乗りたくてうずうずしてくる。
だが、アイリスは、
立ち回りの場面、とくに最後の戦いなどは大喝采疑いなしの出来ばえなのだが、アイリスはとかく頭を使う方が苦手だった。
台本を渡されたのは夏のさなか。定期的な練習日だけでなく、操者の仕事の合間に、毎日必ず時間をつくって取り組んできたのに、アイリスには手強すぎる難敵だった。
風が強くなってきた。ひざの上の台本を両手で押さえ、特に苦手な場面を何度も黙読すると、台本を閉じて顔をあげた。
「『許さんぞ、魔王! 罪なき人々をあやめるとは、なぜか、かような悪を為す』」
「なぜ、かような、だろ」
この上なく冷たい訂正の声は、すぐに遠慮のない高笑いに変わった。
今ここに伝説の魔王が出現したかのような邪悪な笑い声だった。
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