アシガル=テナガ

紙山彩古

第01話 幼き日の記憶

 生まれた子をひとめ見て、先視さきみのおばばは眉をひそめた。

 史上最悪、頭のいい子。

 何をするかは、わからない。


 生まれた子をひとめ見て、先視さきみのおばばは微笑んだ。

 史上最強、頭の悪い子。

 この子がいれば、大丈夫。


  ×    ×


 アイリスは、身の丈より長い棒を使い、小川の向こう岸に生った実を叩き落とそうとした。

 ぎりぎりまで水際に近づき、前のめりになって腕を伸ばしても、棒は枝葉にあたるばかりで届かない。

 足元で勢いよく流れる水をじっと見つめる。


「ディルト、ディルト!」


 すぐ近くで、薬草の根を掘り出していた少年は、大げさなため息をついてから、土を払って立ちあがった。


「なに?」


 見向きもせずに川のほとりにかがみこみ、土で汚れた手を洗いながら、向こう岸の木の実に気がついたようだ。


「ディルト、連れてって!」

「はいはい」


 ディルトがしゃがんだまま姿勢を正したので、アイリスは棒を担ぎ、ディルトの肩に乗った。

 ディルトの背丈は、すでに成人女性の平均に近い。年より小柄なアイリスを軽々とかつぎあげ、小川をひとまたぎに飛び越えた。


 アイリスは棒を伸ばした。樹皮がツルツルで登りようのない枝葉の高みで、憎らしいほど豊富にぶらさがっている実を、ここぞとばかりに叩き落とす。


「ふん、うまいもんだな」


 いくつもの実が頭に当たって顔をしかめながらも、ディルトはアイリスの作業を眺めている。

 この木の実を枝から外すには、叩き方にコツが必要で、ただ力を入れればいいというものではないのだ。


 さして時間を要することなく、ふたりは充分な木の実を手に入れた。

 木から外れた瞬間から、実の内側はじくじくと崩れだし、果皮から油を含む果汁がにじみだす。


 大急ぎで拾い集めて、用意の布袋につめこんだ。自然と二人で競争のようになるが、そもそも勝負にならない。

 ディルトがひとつ掴む間に、アイリスの小さな手は鼠のように飛び回り、二つ三つと拾い集めてしまう。

 アイリスのすばしっこさには大人だって敵わないのに、ディルトは必ず受けて立ち、圧倒的に負けてくやしがるのだ。


 アイリスが勝ち誇って袋を抱えこむと、ディルトは眉をしかめて取りあげた。取り返そうとすると、ひょいと高い位置に持ちあげる。


「やだ、返して、返してよ!」

「この考えなしが。服が汚れるだろ!」


 すでに袋の表面は、油が染み出していた。ディルトはふところから革袋を出して二重に包み、長めの紐で口を縛って持ち手をつくり、アイリスの手に返した。


「ありがとう」


 アイリスが素直に礼をいっても、ディルトはそっぽを向いて鼻を鳴らすだけだ。

 ものもいわずにしゃがんだディルトの背中に、アイリスはつかまり、帰りは背負われる。

 

 小川をひとまたぎに運ばれると、アイリスはディルトの肩に頭を寄せて前を見る。


「ディルトはいつも、こういう風に見えてるんだね」

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