第27話 気持ちの整理

「あぁ〜ら〜蒼紀くぅん、いらっしゃ~い♪」

「店長さん、お久しぶりです。今日はカットをお願いします」


あの池袋のグレーゾーンな店長にカットしてもらってから早2ヶ月、再びこの店を俺は訪れていた。


悠里さんから、見た目を気にするならば、定期的に髪の毛は調整したほうがいいと教わったのだ。


ユイもユイで、そろそろ切りにいけとうるさく言うので、まだ大して伸びてはいない気がするものの、こうして美容室へ来た。


「まさか、店長さんがセンチネルの関係者だったとは未だに驚きですよ」


そう、不動さんに聞いたのだが、この店長、センチネルの関係者らしい。そのため、もちろん俺の記憶が消されるようなこともなかった。


あの愛花の記憶が消えた事件から数日後、不動さんの紹介で店長さんには会っている。その際に、自分が異能使いであること、そして愛花との顛末を伝えたのだ。


そのとき、店長さんは何とも言えない顔でただ頷いて話を聞いてくれた。あそこて吐き出せたのは俺が気持ちを整理する上でとても助かったことを覚えている。


「あら?知らないの?」

「何をですか?」

「異能使いは異能使いと引かれ合う。普通なら一生に1度すら会わないくらいの確率のはずなのに、異能使い同士は、何故か頻繁に会ってしまうのは運命なの…本当にみんな驚くぐらいよく会うのよね」 

「そうみたいですね。偶然に出会った異能使いは、店長さんが2人目ですよ」


普通、知り合いの人数なんて精々、数百人が関の山だろうに、数万人に1人の確率をすでに2人も引くというのは異常だ。確かに何か運命的なものを感じる。


「そういえば、蒼紀くん、前に…事件の後に、会ったときよりも大分、顔色がよくなったんじゃない?あのときは死にそうな顔をしていたけど…少し柔らかくなっているわ。もしかして気になる女の子でもできたのかしら?」

「はは。まぁ、どうなんですかね?」


あの秋葉原であったごたごた以降、特に連絡先を交換した女の子は増えていない。


だけど、あのときに知り合った3人の女性…シャーロットや優美、一応、リサとも確かに仲良くはさせてもらっている。


シャーロットや優美とは、メッセージSNSでしか連絡は取っていないが、頻度は結構高い。リサともたまに連絡を取ったりして、やや強引な営業を受けて何度か店にも行ったりもした。


特にシャーロットは…。


彼女の持つ柔らかい雰囲気というか、女子力の高さというか…。そういうのに触れているとその瞬間だけは辛いことを忘れられる。だからか最近は声を聞きたくて、つい電話する回数が増えているのだ。


ただこれは、愛花との件で凹んでいるという俺の都合にシャーロットを利用しているとも言える。


正直、すごく生真面目で良い子ちゃんな彼女を、一方的に利用するのも申し訳ないことなのだが…。


「センチネルなら、こういうことは運命みたいなものだから受け入れるしかないのよ。もちろんできる限りそうならないように気をつけるけどね?」

「…運命ですか…店長さんも過去に同じことが?」

「ええ!ワタシも昔、好きだった殿方を巻き込んでしまって…記憶消去せざるを得ない悲しいことになってしまったワ」

「……」

「もー蒼紀くんったら気にしちゃって!いい子なんだから〜そういう優しいところ好きよ」


俺を気遣うように明るく振る舞う店長さんだが、やはりいろいろとあったのだろう。何というか、いろいろと経験をした大人の厚みを感じる。


「店長さんはやっぱり大人ですね…何だか自分が未熟に感じます」

「若いんだから未熟で当然じゃない。熟すのはこれからで十分でしょ?それより、せっかく私は事情を知ってるんだから、今のうち吐き出したいことは吐き出しちゃいなさいな?」


確かにその通りだ。普段は誰かと話すにしてもそこだけは気をつけて話す必要がある。そういった隠し事をしないで、気楽に話せるのはありがたい。


「愛花は元気にやってますか?」

「ええ。元気よ。人気も順調に出ているみたいだし蒼紀くんとの練習が良かったのね♪」

「そうですか…」

「ええ。だから蒼紀くんもいい加減に前に進まないとね。あの子の記憶を消したのはあの子を不幸にするためじゃなくて、あの子の人生を守るためだったんだから!」


ユイも同じことを言っていた。愛花にはもう俺との記憶はない。消した記憶は、封印したのではなく文字通り消滅させているので戻しようがないらしい。


精神操作テレパシー系統でチェックすると操作された跡はわかるらしいが復元は不可能だそうだ。


「守るためですか…」

「そう!愛花ちゃんの人生はいま幸せに満ちているわ。ということで、蒼紀くんの気になる女の子の話でも聞きましょうか?」

「え!?いや…気になるっていうか…そこまでではないのかな?…どうなんでしょう…こっちが一方的に話しかけているだけなので…」

「大丈夫よぉ!蒼紀くん、磨きに磨いて、今では超イケメンじゃない?私がさらに今日磨き上げてその子のハートを射止めるお手伝いをしてア・ゲ・ル」


それらへんは、ユイからもいつも細かく指摘されていて、かなり頑張っている。化粧水に、洗顔フォームに、顔の洗い方、髪の毛のケア、表情の作り方、毎晩のマッサージに、顔面筋のトレーニング…。


こういったことは基本的に女性の方が時間をかける印象があるが…。下手な女性よりも手間暇かけている気がする。


「その子と話していると…辛いこと忘れられるんですよね…癒し系って言うんですか?」

「へー。愛花ちゃんのときもそうだけど、貴方って女の子に癒しを求めるタイプなのね?」

「あぁ、愛花は、また一緒にいると元気が出るというタイプですが…確かに、癒しという意味ではそうなのかもしれません」

「それで?それで?そもそもその子とはどこで出会ったの?」


店長さんは好奇心爛々と言った感じだ。よくよく話すとこの店長さんも、見た目が男性というだけで実に女の子女の子しているよなぁ、と変なところで感心した。


「秋葉原のメイド喫茶です」

「あら?お店の子なの?ああいうのってお店の子と個人的に仲良くなっちゃダメなんじゃないの?」

「いえ。そのときたまたま隣の席に座った子です」

「ええ!?隣の席に座っていた子を蒼紀くんがナンパしたの?大胆ねぇ」

「ナンパというか…実は…」


俺はシャーロットたちと出会ったときの話を店長さんにした。正直、彼女たちを助けたときのことは何度思い返しても無謀なことをしたとヒヤヒヤする。


「ふーん。蒼紀くん、頑張ったのね。ちょっと無謀がすぎるのが心配だけど…上手くいったからよしとしましょうか?」

「…いや…そのっ…反省はしています。でも愛花のときのことを思い出して…飛び出さずにはいられなかったんですよ…」

「あら?結果オーライならいいんじゃない?その子たちからしたら、きっと蒼紀くんは白馬の王子様みたいに見えたんじゃないかしら?」

「…そんなもんですかね?…でも一般人コモンの子と付き合っていくのはとても難しいですよね。学校の授業の都合もあるでしょうし…そのことを理解してくれる人じゃないとダメでしょうし。それにこっちのことを探ってくるタイプはダメですよね。当たり前ですけど、情報漏洩のリスクが高いからですから」

「わかってるじゃない?でも、一般人コモンの子と付き合うのを禁止されている訳じゃないのよ?」

「確かにそうですけど…」

「蒼紀くんがそのあたりをよく考えてお付き合いすればいいと思うわ。私だって、一般人コモンのお友達はいっぱいいるもの」


一般人コモンの友達…かぁ。


「はは。店長さんも癒し系ですね。いや、聞き上手なのでしょうか?」

「あんらぁ?私、口説かれてるのかしら?蒼紀くんみたいなイケメンは好みだけど、まだ年の功が足りないかしらね?」


不動さんからも店長さんは聞き上手だから、悩みがあったら話しにいけとは言われていたが…。


ついつい思うままに、店長さんへ溜まっていたことを話してしまった。でも話を聞いてもらったからだろう、随分と心が軽くなった気がする。

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