第28話 癒しの時間
『この前、治して上げた子が、ようやく引き取り手が見つかったんです…本当に良かったですよ』
「シャーロットは動物が好きなんだね」
『はい!元気になった子が新しい飼い主さんと幸せに過ごしているお話しを聞くと嬉しくなります』
入学まで1週間を切った日の夜。この日も俺は最近は恒例となっているシャーロットとの電話をしていた。
今では、前のように寂しさを埋めるためではなく純粋にシャーロットと話す時間を楽しみにできるようになった。
1日活動した最後の時間、この寝る前の電話が日々の癒しであり、潤いなのだ。彼女の意思ではないだろうが、立ち直らせてくれたことを密かに感謝している。
「怪我した動物の保護に、譲渡先探しか〜。なかなかに大変なことだろうによくやるね」
『…捨てられちゃった子とか、怪我した子とか可哀想じゃないですか…放っておけませんよ』
何度か話で聞いたが、シャーロットと優美は、ボランティアとして飼い主がいない動物を一時的に預かって、怪我を治して、譲渡先を探す。ということを行っているらしい。
秋葉原で出会ったときも、あの襲われた裏路地あたりで野良の猫が病気になっていると聞きつけて保護しにきていたとか。
動物がとにかく好きな彼女は、気づいたらそんなボランティアを始めていたらしい。で、途中からその行動をたまたま目撃した優美も加わった。
「そっかぁ〜でも、シャーロット自身は動物を飼ってはいないんだよね」
『はい!保護のボランティアで手がいっぱいっぱいだから飼えません。それで…また最近も犬カフェによくいくんです!』
「犬カフェ…また例のしばわん?っていう保護犬カフェなの?」
『しばわんにはよく行ってますが、ほかにも秋葉原に出来たサモエドちゃんのカフェがあって…みーんな、もー可愛くて可愛くて〜』
サモエド…サモエド…えーと…。
と悩んでいたら、頭の中でユイがサモエドの情報を画像付きで引っ張ってきてくれた。
なになに、ロシアの原産、耐寒性に優れ、白くて、長い毛を持つ大型犬種。性格は社交的で、反面、警戒心が低く、番犬には向かない、とな。
よし。これで知ったかぶりにならなくて済むな。ユイ、サンキュー。
「サモエドって、たしか、全身真っ白で毛の長い、大型犬種だよね?相変わらずシャーロットをは大型犬が好きだよね」
『そうですっ!蒼紀くんもご存知でしたか!性格もすっごく人懐っこくて、白くてもふもふなんですよぉ〜…カフェに入ったら、わーってサモエドちゃんが集まってきて…もふもふに埋もれちゃうんですよ〜』
そんな感じで、シャーロットとは基本的には他愛ない話しかしない。
他愛ない会話とは言え、何度も話しているうちに初めて会った時のように互いにこう緊張してドモるようなことはなくなった。
すいすい会話のキャッチボールができるし、シャーロットも俺のことを蒼紀さん、と呼んでいたのが、蒼紀くんに変わるくらいは仲良くなった。
可愛らしくて、実に女の子女の子したシャーロットと弾む会話をしていると、心が潤う。
一方で、もっと知りたい心を抑えて、プライベートに踏み込んだことは話さないようにしている。
それは、何か踏み込んだ会話をしてしまって、また愛花のときみたいに巻き込んでしまわないかを警戒しているからだ。
俺のことについて、シャーロットや優美から記憶を消されるのは勘弁してほしい。今度こそ立ち直れなくなりそうな気がする。
『ご主人様の事情に、シャーロットや優美が巻きこまれる確率は極めて低いとは思いますけどね』
『一番の問題点であるきらりは、今は寮に軟禁されてるからな』
それも俺とは違う、かなり狭い部屋だ。不動さんから見せられたのは、10平米もない、ワンルーム。スマホも取り上げられて、テレビもなく、決まった時間の起床と就寝。
道徳の教科書を読まされては、感想文を書かされる毎日だとか。もはや、ユニットバス・トイレの間仕切りがあるだけで、独房と変わりないだろう。
しかも、その部屋から出られるのは、住居共用部分の清掃をさせられるときだけらしい。
『ただ、国会図書館の閉架資料のうち、関係者以外閲覧禁止の、センチネルに関する過去20年分の資料も読みましたが…』
『ああ。店長さんも話していたが、異能使いは異能使いと出合いやすいってやつだな』
『はい。異能の発生率は日本では推定で適齢期の子供のうち数万人に1人。意図的に集めたりしなければ、まず出会うことがないような確率です。それがご主人様はきらりという幼馴染が異能使いでした』
『偶然にしては…ということだよな。だから、理屈としては不明でも統計としてそういう事実があるなら不確定要素として警戒をしたほうがいいってことだな』
『はい。その通りです、ご主人様』
シャーロットも優美もとてもいい子だ。まだ、付き合うとかそういうことまでは考えてはいないが、できればこれからも仲良くしていきたい。
『異能を集める、霞ヶ関高校だったか?』
『はい。ですが、大学からは霞ヶ関高校での生活態度次第で通常のところに通えるみたいですね』
観察期間といったところか。
異能使いが集められる高校なんて、どう考えても殺伐としてそうだしな。殺伐とした環境が予想される高校生活の心のオアシスとして、シャーロットにとの会話は必須であろう。
さて、その心のオアシスとの会話に戻ることにしよう。ちなみに今のユイとの会話は高速で行われているので、時間にして1秒もない。
「シャーロットは、サモエドのカフェには優美と行くの?それとも1人で?」
『そうですね。優美と行くことが多いです』
「本当に優美とは仲が良いんだね」
『はい。優美は友達がたくさんいるんですけど、なんだかんだ私に付き合ってくれることが多いです』
シャーロットのことでわかっているのは、年が同じこと、父が日本人、母がアメリカ人のハーフなこと、そして動物好きなこと、それくらいだ。
ご両親と行く買い物とか、そういう行動範囲や話の内容から、何となく都内…それも港区、中央区、千代田区、渋谷区、文京区あたりの良いところに住んでいることくらいは察する。
もちろん、こちらからは具体的な情報どころか、ヒントになることも聞き出したりはしていない。
むしろヒントになるから避けるようにすらしていたが、どうにも警戒心が薄いのかシャーロットは軽々しく話してしまう。
警戒心が薄いのには、恐らくなかなかのお嬢さまみたい、ということも関係しているだろう。もともと話し方や態度から上品で、箱入り娘感はあった。
ほかにも両親のことをお父さま、お母さまと言う女の子はなかなかいない。
言動からも、両親から大事にされているのが良くわかるし、たまにビデオ通話で背景にみえる部屋にある調度品も高そうな物が多い。
何より、こういう他愛ない話ほど、なんというか人柄もよく現れるものだ。他愛ない話を嬉しそうに話すシャーロットの人柄が、物腰柔らかく、優しいものなのはすぐにわかった。
部屋の綺麗さや時折、会話から出る、キーワードとかも何と言うか女子力の塊というか…話していると心がほんわかする『癒し系』というか天使。
「シャーロットも、いろんな人に大切にされてる感じがする。優しくて、話していると癒されるからね」
『えへへ…ありがとうございます。蒼紀くんはいっつもそうやって私に優しい言葉をかけてくれますよね。私も、蒼紀くんとこうやってお話するのすごく楽しいです』
「あー。なんかシャーロットと話していたら、俺も犬カフェに行きたくなってきたよ」
『是非!オススメの犬カフェは、やっぱり秋葉原のサモエドちゃんカフェ『しろもふ』です』
シャーロットの声が弾む。おっとりしているシャーロットだが、こう犬のことになると興奮気味で声もちょっとトーンが高くなる。
「『しろもふ』ね。……今度機会があったら行ってみることにするよ」
『行ったら教えてくださいね。あ、私、そろそろお風呂に入るから切りますね』
「わかった。シャーロット、おやすみなさい」
『はい。蒼紀くん、おやすみなさい』
プッ、とスマートフォンの通話を切る。
正直言うとシャーロットをデートに誘いたい。毎日こうして他愛もない連絡をするくらい仲は良くはなっているし、誘ってもいいよなとか思ってはいるものの。
『ご主人様、それは春に高校入学して、状況が安定してからの方といいと思いますよ』
『だよね』
まだ依然として、愛花のときみたいなことになるリスクがあるのだ。ユイも、高校に入り異能使いに対する扱いがどうなのかを確認してからすべきだから、時期尚早だと警告してくる。
なので、俺も喉まで出かかった『一緒に行こうよ』という言葉を今日も飲み込んだ。
『やっぱり女の子でできた傷は、女の子が癒してくれますね。シャーロットと話しているとご主人様の表情も元に戻ったように感じます』
『我ながら現金だとは思うけどな』
『そんなものでしょう。むしろ、いつまでも愛花のことを引き摺る方が気持ち悪いですよ』
『シャーロットは本当にいい子だから、ぜひ、もっと仲良くなりたいね。ユイも作戦考えてくれよ』
ううむと、ユイは考え込んでから、シャーロットの画像やこれまでビデオ通話した記録なんかを取り出してきた。
『いい子だからとご主人様は言いますが…』
そしてその画像の内、シャーロットの全身が映っているものの映像に、重ねるように何かの数値を出してきた。
枠外に46、胸のあたりに33、頭に10、顔に11と描いてあるが…。
『何、この数字』
『シャーロットに抱く好感のうち46%は性格ですが、33%は巨乳が占めています。あと金髪碧眼10%、目鼻立ちが11%と外見が過半数なことは素直に認めましょうか?』
『おい…』
『ご主人様の趣味は良いと思いますよ。ええ。シャーロットは確かに良い子ですからね』
この生成AIほんとに容赦ない…。
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