第26話 お茶をしよう

「河合さん助けて頂いてありがとうございました」

「いやーまじ助かったよー河合っち〜」


相変わらず、飯田さんは軽い感じで、神楽坂さんは真面目なそしてキレイな姿勢で頭を下げてきた。


「気にしないでください。ひとまず逃げられたみたいで良かったです。ここでしばらくは様子を見ましょう」


俺はあのトーヨコアダルトたちの前から、神楽坂さんと飯田さんの2人を半ば強引に引っ張って、駅近で2階にある喫茶店に逃げ込んだ。2階にある店ならば、人目からは避けられるがこちらからは様子がうかがいやすい。


もし、やつらが救急車を呼んだりせずに、この近くまで追いかけてきたとしても、先にこちらから相手を見つけられるだろう。


「それに、可愛い女の子を見かけたら助けたくなるのはもう男のさがみたいなものですから」

「「!!」」


さっきから、女性は褒めろとユイが脳内でうるさいので、キザったらしいがもういろいろ吹っ切れてそう言ってみた。


ユイも『ふむふむ。なかなか良いですよ〜』と納得してくれたみたいだ。


半ば自棄気味の言葉だったが、意外にも2人の反応はというと、神楽坂さんは驚いた顔、飯田さんは照れくさそうに顔を赤くする、という悪くないものだった。


…良かった。もし笑われたりしたら、危うくユイをアンインストールするところである。


「へー。やっぱりナンパしてんだ。河合っち、なかなかに大胆じゃーん?」

「あっ…それは…そうですよね…私じゃなくて…優美…のこと…ですよね…」


少し嬉しそうにも見える顔をした飯田さんとは対照的に、驚いた顔から、急直下、残念そうな顔になった神楽坂さんを見て、俺は思わず付け加えた。


「俺は神楽坂さんも含めて言ってますよ?」

「ふえっ!?ええっ!?」


確かに彼女はかなり太ってはいる。真ん丸な樽のような体型にはまだ遠いが、いわゆるぽっちゃりは超えていた。


ゆったりした服を着てごまかしてはいるが、少なくとも健康診断があったら医者から『そろそろ痩せたほうがいいね』と警告されるレベルではあろう。


だが、顔立ちはというと、ブサイクからは程遠いと思う。頬にやや肉は乗ってしまっているが、丸い輪郭に収まった目はクリクリパッチリしてて、まつげも長い。


肌も磁器みたいに白くてツルツルだし、鼻筋はキレイにすっ、と通っていて、まるで人形みたいだ。


素材はすごくいい。確かに太って損をしている感じはする。でも、俺の主観だと神楽坂さんは仕草や言葉遣いがきれいで、太ってることが愛嬌に見えるくらい可愛らしく感じる。


『金髪碧眼といい、パッチリ丸目といい、顔立ちはご主人様の好みですよね』


俺の脳内で、金髪碧眼パッチリ丸目のユイが同意してきた。それはそうなんだけどさぁ…。


『つか、お前さんがそれを言うんかい』

『好みは人それぞれですから。で、先ほどからの神楽坂さんの視線や態度などを見るに神楽坂さんは太っていることを気にしていますし、なんなら周りに揶揄されたこともありそうですね』

『…神楽坂さんと話すときは、言葉や視線には気をつけないとな…』

『そうですね。体型などはもちろん食事、運動など縁がありそうな話題も避けましょう。そして、ご主人様は苦手だと思いますが、極力目を見て話すようにしてください』

『わ、わかった…努力する』

『ちなみに神楽坂さんの身長168センチ、体重88〜91キロ、バストサイズはJカップです。バストもご主人様の性癖をかつて破壊した義理の叔母である河合桜子と同じサイズですね。すばらしい。良かったですね』


ちょっ…ヤメろ!このAI。怖すぎるッ。


『あ、そうそう。ここまではいい調子で話しています。だからキープですよ。引き続き、紳士的に、優しく、丁寧に、を抜かしちゃダメですよ!』

『あいあい』

『気を抜くとすぐもとに戻るんですから、ご主人様ファイトですっ!両手に花作戦、続行です!』


その作戦はいつ始まったのだ。


それにまったく…このキザな話し方をまだ続けろと言うのか。いい加減電池が切れそうだ。まぁいい。ここまで来たら最後までやってやらぁ!


「2人とも、走って大変だったと思いますので、少し休みましょう。落ち着いたら駅まで送りますよ」

「そ、そこまでして頂かなくても…」


神楽坂さんが申し訳なさそうに言う。しかし、やっぱりあんなヤカラが徘徊しているかもしれない秋葉原に『はいどうぞ』と帰す訳にはいかない。


「そそ。河合っち、そこまでしなくていいから」

「いや。まださっきのやつが徘徊しているかもしれません。それに俺のことは警戒しなくて大丈夫ですよ。送ると言っても、ここから近くの駅…秋葉原駅のホームくらいまでですから、送りオオカミなんかはしません」


遠慮なのか、あるいは警戒なのか、いまいち判別がつかないため、そう妥協案を出して安心させようとする。


「そ、そういうことじゃなくて…。まさか警察を呼ばないで直接助けていただけるなんて思っていなくて…それにお茶までごちそうになって、本当に申し訳ないので…」


俺が半ば引っ張るように店へ連れてきたのに、金を出させるのはダサいとユイから指摘されたので、俺が支払っている。


まぁ、悠里さんから、愛花の相方をしたバイト代が入っていて懐は暖かい。来月からは国がいろいろお金を出してくれるみたいだしね。


「それも気にしないでください。こちらが勝手お店に連れてきたので、勝手に支払っただけです」

「そ、それじゃあ、せめて、お礼…お礼を何かさせてください」

「うーんと、じゃあ、そうですね。2人の名前と連絡先は貰っていますから…うーんと」


この2人は話が合う。ぜひ、今後も仲良くしたいのだが…。そして、親しくなるためには、やはり呼び方を変えるのがベストだと思う。


「私はエッチなお礼じゃなきゃ大丈夫だよ?」

「そんなこと言いませんって」

「そうなの?河合っちが頼めば、シャーロットとかはしてくれるかもよ?」

「本人に聞かずに何を言ってるんですか…」

「えー、シャーロットは押しに弱いから、イケメン河合っちなら大丈夫だって」


飯田さん話が面白いけど、すぐ脱線するな。横で神楽坂さんがもじもじし始めたし…無視して路線を戻さないと事故が起きそうだ。


「じゃあ、そうですね…今後は、2人のことは下の名前で呼ばせてもらっても良いですか?」


『途中まで良かったのに、まったく…スケベ心がひどいですね…今のは『貴女の素敵な笑顔が報酬ですから』と言うべき場面でしたよ?』

『怖かったんだからこれくらいはいいじゃーん!ケチー!』


うん。ユイの大ブーイングは、今回に限っては無視することにした。


「えー、いいよー。シャーロットもいいよね?」

「はい。もちろん河合さんでしたらよいのですが…そんなことがお礼になるのですか?」


神楽坂さんは、少し不安そうな顔ををしながら、俺に下の名前での呼びかけを許してくれた。


「それはもちろんです。じゃあ、これからは、優美さん、シャーロットさん、とお呼びしても良いですか?」

「私は、そのっ、呼び捨てで良いです」

「じゃあ、シャーロットとお呼びします。俺のこともよかったら下の名前で、呼び捨てにしてくださいね」

「よ、呼び捨てはちょっと…その…蒼紀さん…と呼びます。呼ばせてください。あ、あと、そんな私たちに対して丁寧に話さなくて大丈夫ですよ。私が助けられたんですから、普通にしてください」


ん?丁寧ってなに?もしかして、このキザったらしい話し方のことかな?


「うん。蒼紀っちのその話し方は、ちょっとキモいくらいだから、普通に話してよ〜年だってタメくらいでしょ?ちなみに私たちは中3だよ」

「……同じ年ですね…」

「やっぱりそっかー。なら、なおさらその話し方は変だよ。それに私も呼び捨てでいいよー。堅苦しいの嫌いだし」

「…わかったよ、優美」


やっぱりおかしいよな、この話し方。この件に関しては俺もユイがおかしいと思っていた。


『いいえ。ご主人様の特訓が足りずに、不自然な感じだったからですね。帰ったら要特訓です!』

『んなわけあるかー!』


特訓してもダメだと思う。そんなことより、このキザな話し方をやめたほうがいいに決まってる。

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