第25話 実地訓練4
メイド喫茶で1時間ほどゆっくりしてから、店を出た。例の、アクア様大好きメイドのリサは、コースターの裏にメッセージSNSのアカウント名をこっそり書いてきた。
ということで、初期の目的も達成である。
『なんか思っていたのと違うが達成した』
『ご自覚しているようなので強くは言いませんが、つまりご主人様の華麗な会話の果てに連絡先を得たのではなく、単に偶然の産物ですね』
『それはもういいの!大事なのは目的に達したかどうかだからさ』
ブー…ブー…
ユイとそんな不毛な会話をしていたら、まるで抗議するかのように、ポケット中のスマートフォンが振動した。
反射的にズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、神楽坂さんからメッセージSNSが着信しているとの通知がされている。
「ん?神楽坂さん…?」
さっきまで楽しく話していた神楽坂さんが一体、何と言ってきたのか。通知には、写真が送付されましたとしか書かれていないが…。
「そういえば、次に何か予定があるとか話していたけど、そこでの写真か何かかな?」
写真の中身が気になった俺は、ややワクワクしながら、すぐにアプリを立ち上げてメッセージSNSのタイムラインを表示してみる。
先ほど交換した際に送り合ったはじめましてとかよろしくとかのスタンプの下。時刻はたった今のところに表示されていたテキストは…。
「たすけて」
あまりに、唐突。
そして、シンプルに書かれたメッセージに俺は鳥肌が立った。
送られてきた写真は恐らく慌てて撮ったのだろう、ひどくぶれているが、どこかの裏路地、そして数人の男らしき影が映っていた。
『ユイ。この写真の場所、記録している秋葉原の風景と照らし合わせて特定できる?』
『ご主人様。さっき会って、小一時間話しただけの女性ですよ?美人局や詐欺の可能性は考えないのですか?』
『神楽坂さんは、そんなことしないだろ。されたら俺の見る目がなかった、というだけのことだ』
犬の話を嬉しそうに話していた彼女。あの後も向こうが帰るギリギリまでいろんな話をした。しかし、どの会話をとってみても、まっすぐで、とても裏表があるタイプには見えない。
正直で、真面目で、ピュア。どこかお嬢さまめいた上品さみたいなものまであった。これで彼女が詐欺師だったら世の中、不信になるわ。
『店を出たのはご主人様よりわずか20分先なだけです。すぐに電車に乗る、車に乗る、などの手段を使っていない限り、まだ秋葉原近隣でしょう』
『御託はいい。風景との照合は?』
『特定しました。正面の昌平橋通りを向こうに渡って神田明神方面に向かう裏路地ですね』
『わかった。ユイ、ナビゲート頼む』
『了解しました…警察に通報は?』
『まずは現場までいかないと呼べないだろ!』
タイミングよく青になった信号を走って渡り、ユイの案内通りに道を走り出す。
「たすけて」「複数の男」
このワードは、否が応でも1ヶ月前、愛花が巻き込まれたあの事件を思い出させた。
自然と駆ける足に力が入る。
「おいおい待てよ」
「はははっ!このデブス、足おっせぇ〜」
信号を渡って30秒も走ると、裏路地の向こうから声が聞こえてきた。速度を上げ、声の方に向かうがその間にも不穏な会話は聞こえてくる。
「デブスが泣いてもよぉ、キモいだけなんだわ!おらよぉっ!」
「いたっ!?」
声は、この角の先だ。急ぎ角を曲がると、捻るように手を掴まれた神楽坂さんが、泣きそうな顔をしているところだった。
「さてよぉ、荷物を持ってやるから、金をくれと言ったんだよ?わかるよな?日本語オーケー?」
「優美を…離して…ください」
「だからよぉ!聞けよデブス!お前のと、この子のぉ、お財布を寄越せ!ほら、お友達も困ってるぜ?デブスのてめぇはともかく、お友達は楽しいことになるかもなぁ」
「優美にひどいことしないでっ!」
男は5人いる。
いつもはトー横でたむろしていて、今日は遠征してきました、というような見た目の、歳の頃は揃って20歳前後くらいの男たちだ。
神楽坂さんは、腕をひねりあげられ痛みからだろう目から涙が出ていた。それでも口からは飯田さんのことを心配する言葉しか出ていない。
一方、その飯田さんはというと、男の1人に羽交い締めにされて、さらには口も押さえられて、声すらあげられずにいた。
服は乱されていないようなので、不幸中の幸いにもまだ羽交い締めにされただけのようだ。
「止めろっ!!!」
俺は思わずそう叫んでいた。ああくそ!不意打ちをするべきだった。いや、それより警察を呼ぶべきだったのか?
でも、頭の中にあのときの…愛花が引きずり倒されたあのときの…光景がフラッシュバックして…俺はとてもではないが黙っていられなかったのだ。
そして頭が沸騰していた俺は、後先なんて考えつきもせず、ただ男たちに向かって駆け出していた。
「なんだてめぇは!?」
「やるのか!?」
「手ぇ、震えてるぞ?怖いなら引っ込んでな!」
俺は、男たちの怒声を無視。震える手を気合いで抑えて、手前にいた神楽坂さんの腕を捻っているツーブロック系大男の手を必死に掴む。
すると…『
半ば無意識に
「「えっ?」」
揃って呆けた声を出して、投げた俺も、投げられたツーブロック系大男も、起きたことを理解できていない。
しかし、いくら当人たちが呆けていても、飛び出した人間は飛べなければ地面に落ちるのが道理。空中のツーブロック系大男はキレイに4分の3回転させられたところで、重力に従った落下によって背中から地面に落ちた。
「ゲハッ!?」
ツーブロック系大男が落ちたのは、コンクリートの地面だ。下手したら背骨が折れてもおかしくないほどの強烈な打撃。ツーブロック系大男は痛みのあまり、悶絶して立ち上がってこられない。
そのまま
「ッッッ!?」
両目と鼻を指先で引っ掛けられたツルピカデブは、思わずといった感じで顔をガードしようと、飯田さんを羽交い締めをしていた手を離した。
すかさず飯田さんをこちらに引っ張り、代わりに自分がツルピカデブの懐に飛び込む。
腰を落とした低い姿勢で肩を引き込み背中から当たるように…要するに鉄山靠だ…ツルピカデブの鳩尾に全体重と気合いを込めてぶつかる。
「はっ!!!」
「ぐはっ!?」
呼気とともに全力で当たると、ドン、と鈍い音がして、ツルピカデブは、砲弾のような速度で地面に平行に飛んだ。
そのままの勢いで反対側のビルの壁にぶつかると、ツルピカデブは、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。
『まじかよ。めちゃくちゃ強いじゃん!』
『いえ。まだまだですね。本来の出力なら、投げ飛ばしたときに背骨を粉々にするくらいは出来ましたね。鉄山靠モドキももう少し調整が必要です。壁のシミにしてやるくらいにしないと…』
『それはそれで物騒だな。なんかさ、折角だしこのオリジナル武術の名前を考えようぜ!』
『01_battle_program.exe』
『まさかの実行ファイル名!?いやさ、もう少し、こう色気のある名前をだな…』
『ほら。ご主人様、そんなことよりも、まだ相手が残ってますよ!』
そうだ。男は5人いた。今、2人を伸したから、あと3人は残っている計算になる。
「なんなんだよ、てめぇはよぉ!」
「ぶっ殺すぞ!」
「っざけんじゃねぇぞぉ!!」
三者三様にさっきとほとんど同じようなチンピラっぽい声を上げると、揃ってナイフを取り出した。
裏路地で人がいないからと、光り物かよ!?とんでもないやつらだ。頭がおかしいのか、クスリでもやってるのか?
「神楽坂さん、飯田さん、俺の後ろに隠れて」
女の子2人を背中にかばいながら、ナイフ野郎3人と対峙する。正直、かなり怖いんだけどさぁ…女の子の前だと、ついカッコつけちゃうんだよ!だって男の子だもん!
『対武器の動画もたくさん見たよな…』
『もちろん計算処理は済んでますよ?』
『よろしくお願いします』
先頭で襲いかかってきたキノコカット男のナイフを持つ手首を素早く掴む。
『ご主人様、力の流れ、わかりますか?』
『委ねていると何となくわかる気がする』
ほんの微かに力を入れると、彼の腕がくるりと自然と曲がる方向へ折れる。すると、その手に持つナイフの切っ先も自然と変わり、キノコカット男は自分の顔面を勢いよく刺すことになった。
「ヒィィィ!いってぇ〜〜〜〜ッ!!」
残り2人はそれを見たからなのか、ナイフを腹に構えて突進してきた。ヤのつく自由業の人が放ってきた鉄砲玉かよ…。
俺は、痛みに絶叫しているキノコカット男の肩を軽く押してやる。すると、キノコカット男は、まるで氷の床ですっ転んだかのようにキレイに横向きにすっ転び、そのまま地面を転がっていった。
そして仲良く並んで走り迫ってくる腹ナイフの男たちの足元に転がると、まるでボーリングのピンのように2人まとめて倒す。
もつれ倒れた3人は、転がったタイミングで、お互いのナイフが当たって、刺さったり、切れたりで、大騒ぎをし始めた。
「馬鹿やろう!なにしてやがるっ!」
「ひいいいいい!足に刺さってるうう!」
「いてえええよぉ!指が切れた!救急車ァ!」
こいつら救急車を呼んで、なんて説明するつもりだろうか?女の子からカツアゲしようとしたら、やり返されましたとか?見るからに余罪がありそうだからな、そのまま警察に直行かもな。
『彼らの着ている服の汚れなどから数日洗っていません。恐らく家出した不良ですね。服に染み付いている成分や、その他視界範囲内の持ち物からご主人様の予想通りトー横にたむろしていた彼らが遠征してきた確率は98%です』
『そんなことわかるんかい』
『ご主人様自身は感じていなくても成分自体の摂取は可能です。ナイフなどを持っているため逮捕など拘留される確率が99.98%。そのナイフには自分たちの指紋もたっぷり付いていて、何を訴えても警察はまともに取り合ってくれないでしょうね』
『なら、このまま放置で問題ないな』
ま、いずれにしても、今ならこいつらは追ってこられない。女の子の足でも逃げられるだろう。
地面に落ちていたピンク色の、神楽坂さんのスマートフォンを拾って渡す。
「あ、ありがとうございます」
「うん。2人とも今のうちに逃げよっか?」
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