第24話 オタクってすごい早口で話すよね

「神楽坂さんたちは、今日はどんな目的で秋葉原に来たんですか?」


せっかく連絡先を交換して、話すきっかけもできたのだ。もう少し仲良くなりたい下心のある俺は、そのまま2人と話を続けることにした。


「私はですね。さっきまで優美と『しばわん』っていう犬カフェに行っていたんです」

「犬カフェですか。フロアに犬がいっぱいいる喫茶店ですよね?で、犬と触れ合えるっていう」

「そうです。いろんな子が居て可愛いんですよ。それと、そこのワンちゃんたちは、みんな保護犬なんですよ」

「保護犬?」

「はい。様々な事情で飼い主さんがいなくなってしまったみなしごのワンちゃんたちを、次の飼い主さんに引き合わせるために一時的に預かっている子たちのことです」


リサが、持ってきたケーキとコーヒーを俺の前に丁寧置く。俺が小さくありがとうございます、と言うとニッコリ笑顔になった。


あの変な鼻息がなければ、リサって、キレイなお姉さんだよな。俺の目線に気づいたのかどうかわからないが、リサが会話に加わってきた。


「お二人が行ったことある『しばわん』って、私もこの前、行ったんですけど、あそこ保護犬カフェだったんですね?」

「あれ?リサもそのお店に行ったことあるんですか?もしかして結構、有名なお店?」

「ええ。保護犬って言っても、ちゃーんと管理もされていて、みんなとてもいい子たちばっかりですよ…まぁ柴犬が多くて、あんまり気軽には触れ合えないんですけどね」

「?柴犬だと触れ合えないんですか?」


柴犬と言えば、日本ではかなり馴染み深い犬種だが触れ合えないことと何の関係があるのだろうか?


俺の疑問に、今度は隣の席、神楽坂さんから説明が飛んできた。


「柴犬は、シベリアンハスキーよりも狼の遺伝子が強いワンちゃんなんです。だから、群れのリーダーには懐くんですけど、それ以外にはあまり簡単に気を許しません。だから番犬に向いています」

「へー。なんだか侍みたいな犬ですね」

「ふふふ。河合さんったら、面白い例えですね」


神楽坂さん、笑い方が上品だ。


「神楽坂さん、逆に懐きやすいのはどんな犬種なのか教えてもらえますか?」

「そうですね。懐きやすいというと、やっぱりトイプードルだと思います」

「トイプードルは町中でも良く見かけますね」

「トイプードルは、実はとても丈夫で病気もしにくいですし、小型のワンちゃんなので、食費も散歩も大型のワンちゃんよりも、ずっと少なくてすみます。だから初心者にも飼いやすくて、日本ではもっとも飼われているワンちゃんですね」

「なるほど。それで人気なんですね」


実に日本犬らしい柴犬よりも遥かによく見かけるトイプードルにはそういう理由もあったのか。


「はい。そうです。でも、懐きやすさというと私はミニチュアシュナウザーが好きですね。とてもフレンドリーな性格ですし、あのヒゲが生えてるような独特のお顔は、ファンにはとても人気が高いです。遊び好きでやんちゃ過ぎて、甘噛みをたくさんされてしまうのを、ご褒美と感じられれば更に楽しいとは思います。ほかにもキャバリア・キングス・チャールズ・スパニエルはぜひ推したいのです。家族に優しくて温厚な子なんです。ただ病気が多い子なので初心者には向きませんけどね…」


神楽坂さん、犬のことになると饒舌だなぁ。まぁ、でも一生懸命に話す姿は、なんだか可愛くもある。


「ミニチュアシュナウザーに、キャバリア・キングス・チャールズ・スパニエル?どっちもどんな見た目かわからないですね」

「ええと、ですね…こんな感じですね」


神楽坂さんが自分のピンク色のスマートフォン画面にミニチュアシュナウザーを映し出して、こちらに見せてくれる。


画面を見せるためにか少し乗り出したとき、神楽坂さんが長く束ねた三つ編みの髪をかきあげたからか微かに石鹸のような香りがしてきた。


『ユイ、女の子ってなんでこんなにいい匂いがするのか解析してくれない?』

『ご主人様。思考がかなり変態チックですね』

『うるせぇっ!』


そんな感じで、またしばらくは神楽坂さんと犬トークをして楽しい時間を過ごした。


※※※※※※※※※


その後、30分ほど神楽坂さん、飯田さんの2人と話していたが、最後には用事があると言って、お店から出ていった。


「ケーキは美味しかったですか?」


リサが空になったケーキの皿を下げながら話しかけてきた。頂いたのはミルクレープという、クレープの生地と生クリームのミルフィーユなのだが、俺の大好物でもある。


どこからか仕入れたのかまではわからないが、ミルクレープの中でもかなり好みの味だった。


「美味しかったです。ごちそうさまでした」

「水、お代わり入れますね」


しかし、神楽坂さんと飯田さんとはずいぶんと仲良くなれたもんだ。少し前に帰った2人組のことを思い出して、ラッキーと思っていた。


連絡先を交換もしたので、これからはいくらでも話す機会があるだろう。ただ…。


『ご主人様、彼女たちをデートに誘うのは、高校に入って、情報漏洩対策の体制などを確認してからを推奨します』

『それもそうだな』


彼女たち一般人コモン一般人の異能犠牲者ヴィクティムにしないためにも、深い接触は慎重になる必要がある。


『しばらくはメッセージSNSで親交を深めるくらいにとどめておくのがよいでしょう』

『あーあ、2人が無所属の異能者ストレイ国家所属の異能者パラゴンだったらなぁ。機密なんて気にしないで口説けるんだけどなぁ』

『ご主人様、頭の中はスケベ心でいっぱいですね』

『そ、そりゃあ、悠里さん、桜子さんに負担かけてるってプレッシャーがなくなったからな…少しくらいは自由にしたいよ』


別に2人が何かを言ってきた訳ではない。むしろ自由していいと、もっと遊んでも良い、いつも言ってくれていた優しい人たちだ。


が、それでもだ。親ではない人間に負担をかけるのは、やはり申し訳ない気持ちになる。とてもではないが、あんな優しい人に負担をさせて、自分が遊ぶなんて考えられなかった。


それがなくなった今…。


「彼女が欲しい…」


愛花との時間は本当に楽しかった。彼女がいるってあんなに幸せなんだとわからされた。


知ってしまった蜜の味。一度味わってしまったらとてもではないが戻れる気がしない。


いや。彼女なんて高望みはしない。せめて何人かこう気軽に話せるレベルでいいから、そういう女の子が欲しい。こう青春でキャッキャッウフフしたい。


「へー。ソーキくんは彼女が欲しいんですか?顔はすっごくいいんだから、ナンパすれば簡単だと思いますよ?」

「あっ…声に出してました?」

「うん。ボソっとだけど、かなり真剣な声で言ってましたよ?」

「恥ずかしいです…いくらなんでもこのご時世でナンパなんか難しいですよ」

「えー。ついさっき、女の子と普通に話して、連絡先も交換していたんですから、ナンパは成功してるじゃないですか?」


結果論からすればそうだけど、あれはほぼ向こうから話しかけてきて、向こうの提案で連絡先を交換した。自力でどうにかしたわけではない。


「さっきは口説くとか、何も考えてなかったからですよ。連絡先だって向こうの提案ですし…でも、端っからナンパしようって思って話しかけるのは難しくないですか?」

「私なんかどう?」

「いやいや、リサはメイド喫茶の人なんだからナンパなんかしたら出禁になっちゃうよ」

「ふーん…」


という感じでリサの攻めに思わずヘタレてしまったのだが、頭の中ではユイが大ブーイングを始めた。


『ちょっと!なんでこのタイミングで攻めないんですか?ご主人様はバカなんですか?』

『いや、そのっ、つい…』

『彼女が欲しいと言ってる割にヘタレですね』


俺の頭の中の生成AIが辛辣すぎる。ご主人様にもっと優しくしてくれても良いのではないか?


ということで、俺は現実に逃げることにした。


「ところでリサはなんか趣味とかあるんですか?そのキーホルダーとか何かのアニメですか?」

「え?これ?」


そういえば、声を掛けるときに、ユイがリサのカバンにつけてるやつのことをアニメだかスマホゲームだかとか話していたので、そのことを聞いてみた。


「これは、アニメも展開しているけど、元々はスマホゲームだね」

「へー。どんなゲームなんですか?」

「私にそれを聞いちゃう?」

「え?あ、はい」

「えーとね。主人公の社会人の女の子が異世界に転生するっていう設定はありがちなんだけど、このゲームでは大国のお姫様に転生するんだ。で、転生って言っても赤ちゃんからじゃなくて、17歳の来年結婚相手を決めるってところから始まるの。だから異世界転生にありがちな成り上がりとか、逆転とかそういう要素は一切なくて、その分誰と付き合うかっていう恋愛要素に話が集中するのもいいところかな。ちなみに結婚相手の候補者っていうのが年下の公爵様とか、ムキムキの騎士団長様とか、ショタジジな魔法師団長様とか、俺様な隣の国の王子様とか基本的には、みんな美少年でビジュ強いのばっかりなんだけど、また、こう私の性癖からしてもすごくいい感じの子ばっかりで…。何より私好みの年下美少年くんが結構多のが得点高いのよ。でもそれだけよりどりみどりのイケメン美少年たちの中から1人を選ばなくっちゃなんだ。だから選ばれなかったときのイケメンの悲しい顔が見たくなくて葛藤しまくるの。でも必ず1人を選ばなくっちゃ国が滅びるとかそんな裏設定があって、で、ああイケメンが私を取り合うっていうこのシチュエーションがまた…じゅるり」


さっきの神楽坂さんと同じ、好きなことを饒舌に話しているだけなのに…。なんでこんなに印象が違うんだろうなぁ。


もうわけがわからないので、うんうん適当に頷きつつ、話が終わるのを待つことにした。


「で、で、で、私の推しがこのアクア様!」

「ほ、ほぉ〜」


リサはスマホ画面にそのアクア様を表示しながら、うっとりとした顔になる。


「2つ年下の男の子。背は高くてシュッとしてて、でも自信があまりなくて、ちょっとヘタレなんだけど顔が良いからすべて可愛く見える」

「へ、へぇ?」

「ソーキくんってさ、どことなくアクア様に似てるよね?」

「そ、そうですかね?」


いつの間にか丁寧語が抜けていたリサが、目を血走らせながら、グイグイと顔を近づけてくる。


「私、17歳よりは上だけどさ、ほら、さっきソーキくん私をキレイって言ってくれたじゃん?」

「はい。言いました」

「アクア様はヘタレだから、あんまりそういうことを言ってくれないんだけど、こういうシーンがあってね…アクア様と初めての出会う舞踏会で、アクア様から声をかけてくれるの。で、踊り終わったとき『なんで声をかけてくれたんですか?』って聞くと…」


『おい。まさか』

『まさかですねぇ』


「『お姉さんがキレイな人だったので…つい』って言うんですよ!私さっき、ソーキくんが同じこと言ったんで心臓止まるかと思ったんだよ!リアルアクア様キターーーってなって!」


やっぱりそうかー。意識せずにゲームキャラクターと同じセリフを口にしてしまうとは…。


『このゲームの細かい中身までは私のRAGデータになかったので…予想できませんでしたね』

『なんかリサがすっごい目してるけど』

『良かったじゃないですか?ナンパ大成功ですよ』

『違う…そうじゃない』

『女の子をキャッチアンドリリースしちゃダメですよ!そんなのはもはや通り魔同然ですよ!』

『リリース以前にキャッチしてねぇ!』

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