第23話 実地訓練2
「いらっしゃいませ、迷い人様」
リサが扉を開ける。すると、中にいたメイドさんたちが俺を見て、一斉にそう声をかけてくれた。
「リサ、迷い人って一体なんですか?」
「このお店は、不思議の国なので、初めてきた人は迷い人様になるんです」
「なるほど…」
そういう設定、ということか。ま、設定とか口に出したら怒られそうだが。
「カウンター席とテーブル席がありますが、どちらにしますか?」
「ええと1人なのでカウンター席でお願いします」
カウンター席があるのに1人でわざわざテーブル席だとなんか、ボッチ感が強くて嫌だ。
「じゃあソーキくんはこっちにどうぞ」
「リサ、ありがとう」
言われるがままに8席ほどあるカウンターに座ろうとした。しかし、隣の席へすでに2人の客が座っていたので軽く声をかけることにする。
「すみません、隣、失礼しますね」
「あっ、あっ!?はいっ!?」
声を掛けると、驚いたように振り向いたのは、真ん丸とした目が印象的な金髪碧眼の少女だった。金髪少女は、数瞬だけ止まった後、大丈夫ですと、口の中で小さく繰り返して、何度かカクカクと頷いた。
横目で見た後ろ姿からは金色に染めているのかと思ったが、顔立ちをみるに天然っぽい。
「突然、声をかけて失礼しました。脅かせてしまいましたね」
「あっ、いえっ、そのっ、大丈夫ですっ」
何だかかなりテンパっているみたいなので、一応、こちらの非礼を詫びておいた。
この金髪碧眼少女、顔立ちはキレイなのだが、よく見なくてもわかる、かなりの肥満体型をしている。そのため、頭を下げるたびに、座っている丸椅子が悲鳴を上げていた。
『ご主人様、余計なこと、特に女性の体型は絶対に口にしたらだめですよ?この場にいる全員から総スカンを食らいます』
『いくらなんでもそれはしないよ』
金髪碧眼少女が、繰り返し頭を下げる様子を見かねたのか。さらにその隣にいた、恐らく連れだろう黒髪の軽そうな雰囲気の少女も、顔を上げてこちらを見てきた。
「おっ?なんだぁ〜?ナンパか〜?」
「えと…その?」
「んん?よく見るとちょーイケメンじゃん?で、イケメンくんはシャーロットをナンパしてるの?」
シャーロットとは、恐らくこの金髪碧眼マシュマロ少女のことだろう。何故、軽く声をかけたことがナンパに変わっているのか。
「あの…えーと…『隣を失礼します』と後ろから声をかけてしまい驚かせてしまったようなので、お詫びをしただけです」
「なーんだ、そっか!イケメンくんゴメンね?」
「あ、いえ…恐縮です」
黒髪少女の勢いに押されて、こちらはコミュスキル低いのがあっさり露呈する慌てぶり。なんというか会話がグダグダだ。
『ご主人様!全然、ダメダメ過ぎです!もっと軽やかに、優しく、女の子を立てて会話しなくてはいけません!』
『無茶を言うなっ!』
あまり長く席につかずに話していたから、リサが困ったような顔をした。
「あーその、ソーキくん、そこの席に…」
「あ、すみません。座ります」
座ろうとしただけで、女子2人組に絡まれしまい、今さらながら着席を促されてようやく席につくことができた。
俺が席につくと、リサが簡単にシステムやらを説明してきた。お店の設定から、メイドさんをナンパして連絡先渡したりしてはダメとか、そんな注意事項まで、丁寧な話を半ば聞き流して、最後にコーヒーとケーキを注文する。
「イケメンくん、話しかけてもいいかな?」
金髪碧眼マシュマロ少女の、さらに隣にいたあっけらかんとした黒髪少女が、また絡んできた。
「構いませんが…その一応、河合蒼紀という名前がありますので…そちらで呼んでもらえると…」
「おっけー、河合っち、私の名前は飯田優美っていうんで、よろしく。で、こっちの子が…」
そう言うと、飯田さんは金髪碧眼マシュマロ少女の椅子を軽く回して、俺の方を向けさせた。
「あのっ、シャーロット・神楽坂ですっ」
「飯田さんに、神楽坂さんですね」
「はいっ」
何か短時間で女の子とどんどん知り合いになってる気がする。これって、やっぱり
「んでさ、河合っちはさ、何で秋葉原来たの?メイド喫茶が目的?それともナンパ?」
「飯田さんは、すぐナンパに繋げますね」
今回に限って言うと半分くらい正解だけどね。それを表立って言う必要はないだろう。
「俺の叔父さんがとにかくメイド喫茶好きで、よく話を聞いていたので一度来てみたくて…」
「へー。じゃあ、この店を選んだのは?」
「そうですね。さっき案内してくれたリサが美人だったから、ですかね?」
「あはは!やっぱりナンパだぁ〜!」
飯田さん、めっちゃ陽キャだな。目が覚めるほどの美人とかではないが、小柄で童顔な顔立ちは、なかなかに可愛らしい。男ウケはかなり良さそうできっとモテるのではなかろうか。
そして何がおかしいのか、コロコロ笑顔が絶えず愛嬌があって、人と距離を詰めるのがうまい。会って5分も立たないのに互いに笑い合って話している。
「ほら、シャーロットもイケメン河合っちに何か質問してみたら?」
「え?え?」
「河合っちいいよね?」
そして一緒にいる神楽坂さんにも気を使うところとか見ても友達が多そうだ。
「はい。飯田さんだけでなく、神楽坂さんともお話できたら光栄です」
「はうあっ!ふえっ?」
「あ、いや、無理はなさらなくて大丈夫です。話したいと思っていただけるのなら、です」
「あの、じゃあ…そのっ」
神楽坂さんは、なんというか箱入りお嬢さまって感じがする。見た目といい、名前といい、アングロサクソン系とのハーフなのだろう。
「河合さんはワンちゃん派ですか?ネコちゃん派ですかっ?」
「ぶは、唐突!シャーロット、ウケる!可愛い!」
「へ、変かな?」
「変じゃない!シャーロットの質問に変っていうやついたら私が殴る!」
「で、でも今、優美、笑ってた…」
「メンゴメンゴ!」
タイプが違う2人は、どうやら仲が良さそうだ。お嬢さまっぽい神楽坂さんが、飯田さんにツッコミを入れてる、ということはそれなりに信頼関係が築かれている証だ。
しかし、犬派か猫派か。これは容易には答えられない質問だな。
「うーむ、難しい質問ですね…俺は犬も猫も好きなので。それでも強いて言えば、ううむ」
「河合っちは、イケメンの上に真面目か!」
「いや、犬派猫派は重い議論です。世界三大どっち派と言われるほどの…」
「待って!ほかの2つは?」
「チョコ菓子は、き◯こか、たけ◯こか。そして嫁はビア◯カか、フロ◯ラか」
「なんじゃそりゃ!」
飯田さんは本当に明るい子だ。でも愛花とはまた異なる、不思議なオーラ?カリスマ?みたいなもので周囲を引き込む明るさを持っている。
「ということで、神楽坂さん、難しい質問でしたが俺は犬派です。神楽坂さんはどちら派ですか?」
「私も河合さんと同じです。どっちも好きなんですけど、どちらかというとワンちゃん派です」
「大型犬と小型犬では、どちらが好きですか?」
「あはは。それも難しい質問ですね…これもどちらかと言うと、ですけど大型のワンちゃんです」
「俺も大型犬派です。大型犬って、あの存在感がいいですよね。またデカい癖に、甘えん坊が多いところとかも可愛いです」
「わかりますっ!そんなところが良いですよね」
神楽坂さん、さっきはおどおどしていたのに、犬の話になったら食いついてきた。妙に前のめりだし、よほど犬が好きなんだなぁ。
「ありゃ。2人、盛り上がってるねぇ」
犬議論に置いていかれた飯田さんがポツリと漏らしてから…。次に、犬のことを夢中で話す神楽坂さんのことを見て、ニヤリとした。
「よし。河合っち、仲も深まったし、メッセージSNSを交換しよっか?」
「…俺、もしかして逆ナンされてます?」
「あははっ!それも面白いね!ほら、シャーロットも交換しよう?」
と連絡先交換に巻き込まれた神楽坂さんが、また先程のまでと同じようにあわあわしだした。
「えっ?えっ?えっ??」
「ほら、早く友達登録用のQRコードを出して。っていうか、今ここで、シャーロットだけ仲間外れにする理由ある?」
「あのっ、でも河合さんは、嫌なんじゃ?私…こんな見た目ですから…」
もともと俺はぽっちゃり気味が好きなのであまり気にはならないが、やはり彼女は、自らの体型に悩みがあるのだろう。
むしろ悩みを抱えていて、この真面目な性格で、この体型ということは…単なる肥満ではなく何らかの理由…病気や投薬の可能性もある。
ならば、なおさら忌諱する理由にはならない。
「もし、神楽坂さんが良ければ、俺と交換してもらえませんか?今、神楽坂さんとお話していて、とても楽しいので」
「おい、河合っち、何か私のときと態度が違わないかい?」
「それは神楽坂さんの人徳じゃないかな?」
「あーそれはわかる。シャーロットってば、めっちゃくちゃいい子だもんなぁ」
こうして、メイドさんと連絡先を交換するという密かな目的を達成するより早く、お客さんとして来ていた2人組の女の子と連絡先を交換することになった。
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