第22話 じゃあ、メイドさんをナンパしに行こう
『ご主人様おはようございます』
俺のここ最近の目覚めは、決まった時間に脳内へ響くユイの目覚ましボイスから始まる。
『あーうん。おはよう』
『ご主人様、さぁ、起きましょう!』
『起きる…起きるから…』
『まーた、やる気が出ていませんね。あの事件からすでに1ヶ月経っています。いい加減立ち直りましょう』
『……』
わかっちゃいるんだけどねぇ。
正直なところ、最初の1週間で9割は立ち直ってはいたんだよ。ほら、ユイも俺自身の問題でしかないから切り分けて考えるべきって言ってたしね。
だけど、まださー、たまに思い出しちゃっては、アンニュイになっちゃうんだよね。それは許してほしいところでもある。
『ご主人様はきちんとノルマはこなされているのであまり強く言うつもりはありませんが…』
ここ最近は、ユイの提案に従って、国会図書館の閉架資料にある、過去の格闘術の資料を読み漁っていた。そして国会図書館が閉館時間になったら、家に帰って今度は格闘術に関する動画の閲覧をする。
土日にはあちこちの合気道、太極拳の道場に飛び入り参加して見学させてもらったりした。
『そりゃあ、目的のためと言われていたからな…なんだかんだかなりの数を見てきたけど…あれで大丈夫なのか?』
『大丈夫です。それぞれの格闘技の教えと、受け身などの型から、奥義となる力の流れについては完璧に掴めました。合気道と太極拳は網羅しています』
『そうなの?』
『はい。格闘術において型とは理想とする動きになります。そのため型に沿った動きにするための力の流れを逆算すればいいのです。そして逆算した型を式に直して、あとは相手の動きという変数を入力します。そうすれば、都度、型にたどり着くための最適解が導き出せるのです』
あーうん。そりゃあ、普通の人間には無理だわ。
計算処理が得意な
『ご主人様のここまでの努力に関する主張は理解しました。そのため、本日はご主人様のやる気を出すような訓練をしましょうか?』
『やる気を出す?』
『はい。ご主人様は、私がシミュレーションした以上に、見た目がかなり良くなっています』
『うーん。成果が出てるかな?』
それは自分でもちょっと感じる。
まず顔がシュッとして、小顔になった。ユイが提示したメニューを食べて、さらに運動して痩せたのもあるが、顔面の神経を刺激して動かすのが効いてるようだ。
メガネも外した。いやー裸眼でこんなによく見えるのは本当に気持ちいい。
身体もそうだ。寝ている間にも、神経を自発的に使って鍛えにくい筋肉も含めて刺激していているためかなり体型もよくなった。いわゆる細マッチョと言われる体型だろう。
自力の努力として、毎日10キロの走り込みもしたりで、体力もかなりついてきた。1ヶ月だか数年分の効果が出ているかもしれない。
『すでに偏差値75という私のシミュレーションを達成していますから、このままいけば高校入学までに最終目標値の81か2くらいまでは見た目がよくなりますね。まさに高校デビューというやつです』
『おーめっちゃモテそうじゃん!』
『モテると思いますよ。なので、ここからは女性と仲良くなる訓練をしましょう』
81なら、1000人中1位だから、コンテストとかあっても優勝できるレベルのイケメンだな。
『ご主人様の大好きなメイドがたくさんいる秋葉原に行きましょうか。あそこは男性の外見についての平均偏差値が下がるので、ご主人様の見た目なら無双できますよ?』
『お、おいっ!さらっととんでもない発言してきたなこの生成AIは…秋葉原の人たちに謝れ!』
俺は秋葉原が好きなのだ。
悠里さんが秋葉原に会社の事務所を構えていて、メイド喫茶の経営もしている。そのため、悠里さんにお世話になるようになってからは、秋葉原に行く機会がかなり増えた。
あそこはパッと見オタクの街に見えて、それだけでは語れないカルチャー面でのディープさがある。そして様々な面でかなり偏った人たちでも伸び伸びとできる、懐の深い街なのだ。
『まさかとは思うけど、もしかしてメイド喫茶でナンパをさせるのか?』
『メイド喫茶でのナンパは禁止ですよ。番号を渡したりしてはいけません』
うむ。悠里さんからも、さんざんそのことは教えられてきた。まだメイド喫茶に行ったことはないがルールを破るようなことはしまい。
『ただ、番号を渡されるのは禁止されていません』
『屁理屈かよ…』
『メイド喫茶で働く女性は18〜28がメインの年齢層です。ご主人様にとってはほぼ全てがお姉様となります。つまり年下好きを見つけて、攻略してみましょう』
そんなユイの言葉に乗せられて、メイドさん見たさもあり、俺は久々に秋葉原へ来た。今住んでいる家がある虎ノ門からは、銀座線1本で末広町に降りるのが便利だ。
末広町は一般的に秋葉原と言われる地域の北端にあたる。一般的にといったのは、本当に『秋葉原』という住所なのは、ほんの一区画でしかないのだ。
大半の人が思っている秋葉原の住所は実は『千代田区外神田』になる。
『さすがに、悠里さんが経営しているお店には行きたくないな』
『問題ありません。河合悠里氏のバッカスエンターテイメントならびにその子会社が運営しているメイド喫茶ならびコンセプトカフェは秋葉原に12店舗あります。それ以外のお店のうち、暴力団が関与しているいわゆる『ぼったくり店』を除いても86店舗残ります』
そうだった。秋葉原には依然としてぼったくりの店舗が絶えなかったんだ。しかもパッと見に、素人には区別がつかなくて困る。
『ご主人様、あのアリス服みたいなメイド服着ている女性にしましょう。あの店舗はたしかアリステイル・ティーパーティーと言って、ぼったくりではなくさらに河合悠里氏の経営系列ではありません』
『なんであの人なの?』
『はい。あのメイドさんがカバンにつけている缶バッチは、たしか年下少年が多めに出てくるいわゆる『ショタ好き向け』のアニメ、並びにスマホゲームのものです。ご主人様は15歳。彼女は推定20〜22歳ですから、バッチリストライクゾーンです。いけます』
『え?このAI…怖い…』
『ご主人様は年下ですから、男らしさよりは愛想と笑顔で攻めましょう!』
というか、そもそも年上の女性に声を掛けるのはかなりハードルが高い。ユイは『別に何かを失う訳でもないですよ。腹をくくってください』と煽るが…あーもー、よしモテるようになるため…えいや!
「あの、すみません、良いですか?」
ユイがターゲットとして指定した、リサ、と名札に書かれたメイドさんに声をかける。それも、できる限り自然な笑顔で。
「あ…はい…はひっ!?」
「え?あの…?」
リサさんは、俺の顔を見て、一瞬だけギョッとしたので、思わず俺もキョドってしまった。
「あああ、はいっ!なんですかっ?」
「あの、お姉さんのお店はどちらにあるんですか?良かったら教えてください」
「ええ?あーはい。このビラに地図があるんですけど…これ、わかりづらいですよね〜」
渡されたビラを見ると、今いる表通りから2本ほど入った裏通りのビルなので少し複雑な道ではある。が、わからないほどではない。
そう答えようとしてユイに止められた。
『ご主人様!女性は共感ですよっ!』
『あん?』
『共感です!』
つまり、わかりづらいということに賛同すべきということだろうか?まーここは、ユイに従うことにするか。
「そ、そうですね…頑張ればいけるかもしれませんが俺にはちょっと難しいかもしれません」
「ですよね。ちょっとまっててくださいね。ちょうどビラ配り交代の時間で戻るところなので、案内をしちゃいます…ホントはダメなんですけどね」
と言ったリサさんは、トランシーバーのようなインカムに話しかけて「これから道がわからない初めてのお客様を連れて戻る」と説明していた。
何回かやり取りをしてから、リサさんは俺に人差し指と親指で作った丸を見せてきて、インカムを切った。
「オーケーが出たので、ぜひ!行きましょう!」
「はい。よろしくお願いします」
何か、ちょっと前のめり気味なのが怖いが、顔には出さず、軽く頭を下げた。
「ええと、ご主人様のお名前を教えていただいて良いですか?」
「ええと、ソーキです」
秋葉原では、名前はと聞かれてもまず、本名は名乗らない。ハンドルネームというかペンネームというか、いわば『アキバネーム』を名乗る。
俺は面倒なのでそのままにしたが…。
「ソーキご主人様は、うちのお店に来るのは初めてなんですよね?」
「はい」
「なんで、来ていただこうと思ったんですか?」
なんで…さて…どうしよう。頭の中の生成AIが声をかけろと言ったとは説明できないしなぁ…。
『ご主人様!女性は褒めて!ですよ!』
『ユイさぁ…俺は、女の子と話すの、得意とは真逆の位置にいるんだからな!助けてくれよ…』
『だから、練習です!とりあえず褒めて!』
めちゃくちゃ言いやがる。あーもう、ままよっ!
「お姉さんがキレイな人だったので…つい…」
「ええっ!?…………あ、あーえーと!その、ありがとうございましゅぅ」
なんだろう、気のせいかリサさんの鼻息が荒く感じるんだけど。
「ええと…お名前は…リサさん、でよろしいですか?」
「はい。でも、私のことは、リサと呼び捨てでも良いですよ!」
キラキラとした目でそう言ってくるリサさん。これはなんというか、断れない圧を感じる。
「えーと、リサ?」
「はい!」
「あのー…俺もご主人様と呼ばれるのは、さすがに恥ずかしいので…」
「わかりました。じゃあ、そうですね…ソーキくんって呼びますね」
「それでお願いします」
リサの隣を付いて歩くこと3分。ずいぶんと古びたペンシルビルについた。秋葉原のメインストリートから2本入ったここ昌平橋通りは、道路幅に比して人通りが少ない。
中央通りに比べて家賃が安いということもあるのだろう、かなりの数のメイド喫茶が軒を連ねている。
「さぁ、ここの3階です!」
「…」
「ちょっとビルは古いですけどね。お店は最近改装したばかりでキレイですよ!ええ!」
たしかに、このビルにあると知っていても入るのには勇気がいるくらい、雰囲気がある。リサはそのことがわかっているのか、取り繕うように言うが、なんだろう、慌てている感が拭えない。
『メイド服が下ろしたてといった感じなので、まだ歴は浅いのでしょう』
『なるほどね』
『あとご主人様の見た目が思いの外ストライクだったみたいでテンパってるみたいです』
『ソウデスカ…』
それは良いことなのか?
良いこととしておこう。少なくとも見た目を良くすると言う課題が、着実に成果を出しているとも言えるのだから。
リサについていってエレベーターに乗った俺は初めてのメイド喫茶に足を踏み込むことになった。
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