第40話 おウチデート
味のしない(主観)もんじゃをみんなでワイワイ食べたあとは、優美と阿久を月島駅有楽町線の改札で見送った。
「さて、俺たちも帰ろっか?」
「あ、じゃあ、この辺で晩ごはんの食材を買って帰りましょうか」
たしか芝公園の寮のあたりではスーパーなどが少なかったはず。だが、ここ月島ならまだお店があるから食材が必要ならば買って帰った方が良さそうだ。
「もちろん、作ってもらうんだから俺に材料費は出させてね?」
「そうですか?じゃあ、お願いしますね」
駅に直結しているビルにスーパーが入っていたので2人揃って入る。
カートを引っ張ってきて、買い物カゴを取って乗せた。カートを引いて…シャーロットと並んで…野菜コーナーを見てたら、なんだかドキドキしてきた。
学校の帰りに、女の子とスーパーに寄って晩ごはんの買い物。これって同棲しているみたいじゃない?
シャーロットが値段を見て、物がいいかも見て…慎重に野菜をチョイスしていく。だけど、何かおかしい…半分のキャベツ、単品のじゃがいも、玉ねぎ、にんじん…妙に量が少ない気がする。
「シャーロット、それで2人分なの?さすがに少なくないかな?」
「え?これ、蒼紀くんの分だけですよ?」
「え??あの、一緒に食べないの?」
「え、そ、その…」
何かを言いづらそうにしているシャーロットは、ちら、ちら、と上目遣いで俺を見てきて…やがて意を決したように口を開く。
「私なんかと一緒に食事していいのですか?」
「ど、どういうこと?」
「だ、だって蒼紀くんに悪いかな…って…」
「いやいや…一緒に食事して悪いとかがあるの?むしろ1人食べるっていうのも寂しいから、一緒に食べてくれると嬉しいな」
「う、うん。わかりました。やっぱり蒼紀くんは優しいですね…」
一緒に食事したいと言っただけで優しいって、一体どういうこと?シャーロットの顔には、嬉しさが溢れているから、本気なのだろう。
「えーと、その…普通のことだと思うけど…」
「そ、そうなのですか?私、異能の寮に入る前は…食欲失せるとか…ブスだから一緒に食べたくないとか…言われていましたから…」
「はぁ?ええっ!?」
そういえば、昼のもんじゃのときも、ほとんど食事に手を付けないなぁとは思っていたんだけど…。勝手にダイエットか何かだと思っていたら、まさか、そんな理由があったなんて…。
「だから、蒼紀くんにも嫌な思いをさせたくないかな、と…」
「そんなやつの言うことなんて忘れた方がいいよ。俺はシャーロットが嫌じゃなければ、一緒に食べたいよ!お願いしたいくらい!」
「いいんですか?」
「違うよ、俺がお願いしているんだ。いいかな?」
「はい!」
シャーロットが、妙に自信がないというか、何かに怯えているというか、これまでにもそういうことが時折見かけられた。
その理由の片鱗が見えた気がする。シャーロットは今のその体型が原因で、通常の学校に通っている間はイジメられていたのだろう。それもかなり酷く。
『ご主人様。もっともっとシャーロットを肯定してあげましょう。正直、見ていて気の毒になることがあります』
『だよね。いじめにしても、なぁ…』
『不愉快な話です。幸い、ご主人様はシャーロットの信頼を勝ち得てますから、このまま甘やかしてあげましょう!彼女なら甘やかしても、きらりのようなことにはなりませんから』
シャーロットは親御さんからかなりしっかり躾けられているのが伺える。普段の姿勢や言葉遣い、動作の一つ一つが丁寧なのだ。大切にかつ、厳しく育てられたのだろう。
振り返れば、きらりのご両親は、きらりに甘すぎたのかもしれない。何というか…親としての厳しさを持ち合わせていなかったように思える。
「よし。じゃあ、シャーロットの食べる分も一緒に買おうか?」
「はい。えへへ…何か嬉しいです」
「普通のことだよ。それに、これからもさ、シャーロットが嫌じゃなければ、いろんなもの一緒に食べに行こうよ」
「え?え?いいのですか?」
シャーロットの過去には、嫌なことがあったのだろう。それは変えられない。でも、これからは違う。シャーロットのこれからは、いくらでも楽しいことができる、未来は楽しくできるってことを教えてあげたい。
「もちろん!今日のもんじゃもまた来よう?学校からなら30分も歩けば銀座にいけるから、今度おいしいケーキ屋でも行こうか?原宿に行ってクレープもいいな。あ、あと新宿においしい中華料理の店があるんだ…あとは池袋の…」
「ふふふ…すっごく楽しそうです。蒼紀くんと一緒に行けるなら、さらに楽しそうですね」
「そうだね。きっと楽しいよ!これから3年間クラス一緒なんだし、楽しい思い出いっぱい作っていこうよ。2人でも行きたいし、みんなでも行きたい」
「ふ、2人で…」
そう口にしたシャーロットが、また顔を真っ赤にした。照れるシャーロットを見てたら、発言したこっちまで照れくさくなってくる。
「む、無理にとは、いっ、言わないから、そのシャーロットが良ければって話…だから、ね?」
「あ、は、はいっ、そ、蒼紀くんが良ければ、そのっ…あの…ふ、2人きりでも行きたいです」
「じゃあ、その…どこに行くかは、これからゆっくり話し合おうか?せっかくのお隣さんだしね?」
そんな感じでシャーロットとは、どこに行きたい、何が食べたいなんて話をしながら、楽しく買い物をして、楽しく帰路についた。
やはりシャーロットは女の子の常というか、甘いものが好きらしく…ただダイエットとかを考えて、かなり控えめにしていたようだ。
それでも食べる前後で、ウォーキングなどでしっかり消費すれば問題ない。食後の軽いウォーキングは血糖値の上昇を抑えて、肥満防止にもなる。
食べることと身体を動かすことをセットにすれば、痩せるまでは行かなくても、食べることをそこまで抑制せずに、太らないことは可能だ。
「身体を動かすのは苦手で…」
「あはは、俺も苦手なんだよ」
「え?でも、あんなに強いですよね…」
「あれは前にもちょっと話したけど、異能を使っているからなんだよ」
「今朝、蒼紀くんからそのお話しを聞いてからずっと気になっていました。蒼紀くんの異能は脳の強化ですよね?それがどうしてあんな強さになるんですか?」
「俺の異能は、完全記憶能力と計算処理能力。簡単に言うと格闘技の動きを完璧に覚えて、計算式に直して、相手の動きを常に数値化して計算式に当てはめた処理して、その通りに動いている」
目をパチクリしたシャーロットは、しばらく俯くような、考えこむような、仕草になった。やがて、なるほどたしかに、とか口の中で小さく呟いてから、またこちらに視線を戻す。
「それでそんなことが出来るんですね」
「細かいところは異能に調整して動かしてもらってる。何せ脳は神経を支配しているから、身体を動かすこともできるしね」
「それは、そうですね…なるほど…神経まで…それなら納得です。それにしても、全てを数値化して処理するのって、何となく生成AIの仕組みに似ていますね」
「そうだね。実際、情報処理用に頭の中に生成AIをインストールしているからね」
シャーロットは頭が良いからな。俺のこれだけの説明で理解してくれたのだろう。優美だったら『ちんぷんかんぷんてわからないー』と文句をつけてくるに違いない。
「え?インストール?それってどうやって…って、あ、つきました。ここですね」
シャーロットが止まって手で示してくれたのは、今日からお世話になる寮だ。赤羽橋駅から徒歩15分ほど。日比谷線の神谷町駅だともっと近い。
5階建ての真新しいマンションで、住人は全てセンチネルの関係者らしい。
玄関は中が見えないタイプで、重々しい金属製の扉になっていた。横には宅配ボックスも見える。
「オートロックか…」
「はい。セキュリティ的にもオートロックは必須ですからね…」
不動先生から、渡された鍵をポケットから出して玄関のインターフォン近くにある鍵穴に差し込む。ふると、すいーっと、見た目の重々しさに反して軽く玄関扉が開いた。
「さ、行きましょう」
「うん」
入ると、中は2階まで吹き抜けのロビーのようになっていて、椅子やテーブル、飲み物やパンなどの自販機もあるが人影はない。
「ここはセンチネル関係者しか入らないので、たまにミーティングしている人とかいますね」
「へー」
「ほかにも完全に空いている会議室という名目の部屋が地下まで含めてたくさんあります。あ、こっちがエレベーターホールです」
エレベーターは2基。こじんまりとしたマンションの割には2基もエレベーターがある。
『階段が見当たりません。法令的には集合住宅は外階段を作る必要があったと思いますが…恐らく侵入経路を減らすためでしょう。
エレベーターで上がり、5階まで行く。部屋と部屋の間隔は、まぁ普通でファミリー用のマンションなのだろう。
部屋は10部屋でシャーロットの部屋は廊下の1番奥。俺の部屋はその手前だった。部屋の扉を開けて中へ入るように促す。
「じゃ…じゃあ、その、どうぞ…」
「お、お、お、お邪魔しますっ!」
と言っても俺も初めて入る部屋だが。女の子を部屋に入れるなんて、きらり以外は経験がない。
「男の子のお部屋に入るのは初めてですっ」
「そ、そうなんだ」
お嬢様っぽいシャーロットなら、さもありなん。
「その…えーと…さ、早速、料理作りますね!」
「あ、あ、うん。お願いしようかな?」
包丁やまな板は虎ノ門の寮にあったものがそのままこちらにもあった。調味料は…うん。みんな湿気っていたり、悪くなっていたりしたから、新しく買ってきている。
「蒼紀くんは、引っ越しで移動したお荷物の確認をしててください?私はその間にお料理を作っちゃいますね」
妙にご機嫌に見えるシャーロットの鼻歌をバックミュージックにしながら、俺は部屋の整理を始めた。
1時間後。
部屋の荷物の場所をあらかた確認し終わったところで、シャーロットから「ご飯が出来た」と声がかかった。
テーブルに並んでいるのは、ご飯、肉じゃが、おひたし、味噌汁、サラダと王道の和食である。
いただきます、と言ってから喜び勇み箸をつけたのだが、あまりの美味さ加減に絶句してしまった。
「やばい…シャーロットの料理…いくらなんでも美味すぎるんだけど」
「えへへ〜良かったです。蒼紀くんのお口にあったみたいで…」
「お口にあったとか、そんな次元じゃないよ!人生で食べた肉じゃがの中で1番美味しいかも…」
虎ノ門の寮に来て、給料を貰うようになった。せっかくなので、結構高めの料理も食べにいったりしたが…。
『ご主人様、この絶品な肉じゃが、銀座で出せば一皿1500円は取れます。
『そんな確率、算出しなくていいよ…』
桜子さんもかなり料理が上手なので、悠里さんはいつもそのことを惚気ていたのだが…。シャーロットの料理は、桜子さんを明らかに超えている…。
「このお味噌汁もすっごい美味いよ…出汁の取り方といい…毎朝、作ってほしいくらいだよっ!」
「お味噌汁…毎朝…あっ…」
「あっ…」
興奮のあまり、俺ってばなんということを…。こんなん昭和のドラマの、プロポーズじゃねぇか。
「その…いいですよ…蒼紀くんなら…あの、お隣ですし…明日の朝も…作りに来ますよ」
「!?い、いいの?」
「はい。1人用意するのも、2人用意するのもそんなに変わりませんから…」
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