第39話 弱み
「このあたりでお昼ごはんって言ってもさー、ぜーんぜんお店がないよね…」
阿久がボソリと言った。
2人が無事課題の再提出を終えて戻ってきてから4人で昼ごはんを食べに行こう、という話を俺が提案したのだが、それを受けての阿久の発言だ。
昼も食べずに必死に課題をやっていたからか、すでに時刻は午後1時。昼時を過ぎている。
だが、先ほど阿久が言った通り、ここ虎ノ門付近はキレイに整備された官庁街であり食事ができる店は極端に少ない。
「西なら市ヶ谷か、東なら有楽町、北なら神保町、南なら大門くらいまで歩けばあるけど…」
「河合さー。それはいくらなんでも遠いよ〜どこも歩いて30分はかかるじゃーん。お腹がすいてて今からそんなに歩きたくないよー」
「それもそうだなぁ」
阿久の言う通りだ。俺も空きっ腹抱えてそんなに歩きたくはない。女性陣はなおさらだろうから、出来れば電車だけで行けるところがいい。
「というか、阿久、ランクCの寮って最寄り駅はどこになるんだ?」
「ん?ボクたちの寮は有楽町線の辰巳だね。あそこ倉庫街じゃん?」
「まぁな。江東区南部で、東京湾沿いだからな」
「そうそう。で、ばーんとデカい倉庫みたいな中にさらにデッカイ2階建てのコンテナハウスが並んでいて1人あたりが、えーとどんくらいだっけ?」
そう言って阿久が優美の方を見る。優美は、うーんと唸って思い出しながら阿久の問いに答える。
「間取りは1LDKで広さは確か60平米とか言ってた気がする」
「へーコンテナハウスなのか…C寮は、1番人が多いから増設とかしやすいようにそうしたのか?まぁいいや。辰巳だな…ここからだと永田町駅か桜田門駅から有楽町線1本で行けるように、配慮はしてくれているんだな」
皇居の南側、虎ノ門付近にはとにかく地下鉄の駅が数多くある。銀座線の虎ノ門や溜池山王、有楽町線の永田町や桜田門、丸ノ内線の霞が関や国会議事堂前など。
駅の間も近く徒歩で10分も離れていない。そのため最寄りは虎ノ門であっても、利用できる駅の選択肢は数多ある。
「ここからいけて…食べるところがあって…俺たちの帰りも楽で、みんなも楽か…月島かな?」
月島は大江戸線と有楽町線が通っている。俺やシャーロットは大江戸線の赤羽橋駅で降りれば歩いてでも帰れる。阿久と優美は、有楽町線にまた乗れば月島から辰巳までたった2駅だ。
「待って、蒼紀っち、俺たちの帰りって、なんでシャーロットの帰りと自分の帰りをまとめたの?」
……君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
優美に面倒な感じでからまれそうなので隠していたのだが…。とは言え、ここまできて嘘を付くわけにもいかないので、ここは正直に言うことにした。
「俺さ、さっき火焔をボコリ過ぎたせいで、寮のランクを落とされて、シャーロットと同じ芝公園になったんだよ」
「不健全!同じ屋根の下に!むっつりスケベの蒼紀っちと純真無垢なお嬢様のシャーロット!何も起きないわけもなく…」
「そういう意味ならお前らだって同じ屋根の下だろうがよ…だいたい俺がむっつりスケベだと!?」
『ご主人様、ただいまの優美の意見について具申しますと、概ね正しいと思われます』
『生成AIに裏切られた…これがAIの反乱!シンギュラリティィィ!!』
俺の反論は脳内でも否定されたが、こっちのリアルでは無視されてしまったようだ。
「ま、河合がむっつりスケベか単なるスケベかはともかく、みんなで月島に行こっか?お腹すいた」
※※※※※※※※※※
東京都中央区月島。
すぐ隣の佃島と繋がった小さな人工島にある町だ。佃島自体の歴史は古い。江戸時代に徳川家康が大阪の佃から連れてきた漁師、森孫右衛門に与えた浅瀬に始まる。
森孫右衛門は与えられた浅瀬を埋め立て、それが現在の佃島になった。佃島は拡張され、明治初期には人足寄場だった石川島と繋がり、明治中期にはさらにそれを拡張する形で埋め立てられ、月島が誕生した。
立地的には銀座まで徒歩で20分程度、豊洲などの湾岸地域も同程度の徒歩圏内で、非常に便利な地域でもある。
何より、比較的古い町並みが残るこの街は、東京の地元グルメとも言える『もんじゃ焼き』の聖地の1つとして都内でも知名度のある町だ。
「月島と言えばもんじゃだけど、もう1つ、地元の月島民しか食べないグルメがあって…」
「蒼紀っち、なんでそんなに月島に詳しいの?」
「……」
それは俺が最近見たアニメ「月島舶来ガール」の聖地だからなのだが、あまり公言もしたくない。
「月島舶来ガール」の主人公ナターシャは、月島に移住してきた、ゆるふわでお嬢様な金髪碧眼巨乳少女である。そして、この作品は彼女が月島を中心に東京下町のグルメやら見どころをそれとなく紹介するアニメになっている。
実はその主人公が、シャーロットに似てるなぁと思って見始めたのがきっかけだ。もしバレてしまったら、特に優美は何を言って脅してくるかわかったものではない。
「蒼紀っち、なんか怪しいな」
「怪しいって、何がだよ?」
君のような勘のいいガキは…以下省略。
俺は話題を変えるため、優美からは目を逸らして、月島もんじゃストリートの方へ出る階段に向かおうとする。
だが、優美はそれを自然に阻んできた。
「これ、なんかアニメの看板?」
優美が、今度は駅に飾られている立て看板に目をつけたらしい。oh…まさにその俺が見ていたアニメ、そのシャーロットに似ているなぁと思ったキャラクター、ナターシャの立て看板である。
1人で来ていたら、是非とも写真を撮っておきたいところだ。が、ここはグッと我慢して知らないフリを通すことに。
「あー知ってる〜月島が舞台のアニメだよね。この女の子が確か主人公だったと思う」
阿久も『月島舶来ガール』を見ていたみたいだ。まぁ、今のアニメ作品はテレビだけでなく、サブスクの動画配信なんかでも見られるから手軽である。視聴人口も、テレビに出す視聴率とは無関係に多かったりする。
優美がさっきから立て看板を見ながらしばらく、うーん、と唸っていたが、何かに気がついたのか、ポンと手をついた。
「このアニメキャラクター、誰かに似ていると思ったら、今気づいたわ。シャーロットに似てない?」
「そ、そうかな?私、こんなに可愛くないよ?」
こいつ、どこまで…!これ以上、ツッこむと絶対にバレるから余計なことを言わないようにして…。
「蒼紀っち、急に黙ったな………」
ホントにヤダ、この子。優美は、俺を見て…立て看板を見た。そして、また俺を見てから、再度立て看板を見る。
しばらく、そのまま立て看板を見ていたのだが、やがて最高の獲物を見つけたと言わんばかりの、弑虐のこもった笑みを浮かべてこちらを振り向いた。
「ははーん?」
あ、終わった。と思ったら、いつのまにか側まで近寄ってきていた優美が、俺にしか小さな聞こえない声で囁く。
(蒼紀っち、このアニメ見てたんでしょ?このキャラクターがシャーロットに似ているから)
(!?)
(ほーか、ほーか。やっぱりむっつりスケベだなぁ蒼紀っちは。まぁ、みんなには黙っててあげよう…代わりに…んん?蒼紀っち、わかるね?)
人さし指と親指で輪っかを作る優美。おいおい金で解決しろってか…。こいつは全く…。
仕方ない。今日の飯を奢ってやることにしよう。
「今日はさー俺が出すよ。実は月島にはオススメのお店があってそこでどーしても食べたくなってね、あははは…」
そのあと、近くの豊洲市場から仕入れた新鮮で美味しい海鮮が入ったもんじゃを出すオススメの店に行った。
だが、食事中、視界にちらついてくる優美の愉悦の笑みが気になりすぎて、もんじゃの味はほとんどしなかった。
※ちなみに蒼紀が言いかけた月島の隠れグルメはレバーフライです。豚、あるいは牛レバーを叩いて伸ばしてからフライにしてソースにたっぷり漬けたB級グルメです。月島近辺の居酒屋で出したり、近辺の肉屋、スーパーなどで買うこともできます。
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