第38話 お隣さん

「終わったー!蒼紀っち助かったわー」

「全く…優美はサボりすぎだな」

「メンゴメンゴっ!」


お昼すぎ頃になって、ようやく優美が抱えていた数学の課題が終わった。あれから因数分解以外にもわかっていなかったところが見つかって、あちこち躓いたのだ。


「シャーロット、こっちは終わったよ」

「あ、はい。こっちも今、ちょうど終わったところですよ」


阿久は、少し離れた机で課題をしていたが…。その机にはキレイな模様が描かれた絵が置かれていた。阿久はというと気力を使いはしたのか机の上に突っ伏していた。


「はうあー神楽坂さん、ありがとう。これで何とか美術の課題を提出できそうだよ〜」


阿久は、腕だけが強化されたヘラクラーンだ。それ以外の箇所とのギャップて握力などの制御が甘く、掴んだ筆が片っ端から砕けたり折れたりする。


そのため、まともな課題が提出できなかったとか。


しかし、ここから見るに、阿久がすいぶんとキレイな絵を描いたように見える。シャーロットは、一体どんな魔法を使ったのだろう。


「なるほど。これって…スプレーアートかぁ」

「はい。細かい作業はそれでも難しいですが、絵筆を使うよりは遥かに向いています。腕の動く速度だけの問題にできるのと…あとはスプレー缶を握りつぶさなければ…」


阿久は机に突っ伏したまま、呻くように声を出す。


「いくつか缶を潰して、潰さない手加減だけはできるようになったから…なんとかできたよぉ」


潰しはしたんだ…缶を。阿久の握力って、缶すらうっかり間違って握り潰すレベルなのか…。シャーロットもよく教えることができたもんだ。


阿久は制御については目下、練習中とのことだ。今は、手にあまりものを持たないようにして、スマートフォンなども使う際も、操作は音声操作しかしないらしい。


「河合はすげーよな。なんでも出来て成績よくて顔もよくて背も高いし…か◯は◯波撃てるし」


確かに阿久は背が低いが、卑下するようなものではなく、いいところもたくさんありそうだがな。


「何でもは出来ないし、か◯は◯波は撃てねぇよ」

「えー!火焔の背中に入れてたの、こう『波〜』ってポーズだったし、そもそも河合が『波〜』って言ってたじゃん?」

「あれは単なる発勁の打撃技だ。まぁ、うん。ポーズは確かにそうだったかもしれない」

「だよな〜ボクも波、撃ちたい〜波〜」


双按の構えから手を伸ばすときに、確かに両手がそれっぽかったし、使ったのも蒼だったな。


「ちなみに俺は家庭科が苦手だ」

「そうなの?」

「ああ。成績表には一応4がついたけれど、あれはレポートが得意だからってところが大きい。料理そのものは壊滅的なんだよ」

「そうなの?なんかオリーブオイルたっぷり使って塩胡椒をこう高いところから、こーんなポーズで肘に当ててパラパラしながら、パスタとかスマートに作りそうなイメージあるけど…」

「なんじゃ、そりゃ。それはどういうイメージとポーズなんだよ…なんでそんな高いところから塩胡椒を振るんだ?無理無理。何故だか知らないけどとにかく料理はダメなんだ…」


料理の話題に、脳内のユイが俺を睨みながら恨みがましい声を出してきた。


『いくら半自動セミオートにしても料理だけはどうにもならないのは、たぶん呪いの類いだと思います』

『呪いって…AIの発言じゃねぇよ…』

『だってー理屈に合わないですよーー!』


頭を抱えてしまった。俺の運動音痴を克服してくれたユイですら、料理だけはどうにもできないらしいのだ。そんな感じで俺、家庭科、特に料理は本当に苦手である。


「まー俺の家庭科の話はともかく、2人とも、とりあえずこれで課題の提出はできるだろ?さっさと不動先生に渡して帰ろうぜ」

「そうですね、そうしましょう」


俺とシャーロットがそう言って持っていくように促すと、優美と阿久が立ち上がった。


「んじゃ、シャーロットと蒼紀っちはここで待ってててね。私たちは職員室行ってくるから」

「ホントに助かったよ!後でお礼させてくれよ!」


そう言って2人は、たった今完成させた課題を持って職員室に向かう。賑やかな2人が出ていき不意に静かになった教室に、俺とシャーロットが取り残された。


「シャーロット、お疲れ様」

「ううん。蒼紀くんもお疲れ様です。優美ももう少し真剣に取り組んでくれればいいのに…とは思うんですけどね」


優美に教えてて、頭が悪い感じはしなかった。どちらかというと、勉強に真剣に取り組まない姿勢とか普段の習慣とかそっちの方が問題そうだ。


「あー、そういえばさ、俺、火焔に大怪我させたことで降格しちゃってさ…寮がシャーロットと同じ芝公園のになったよ…あはは」

「ええっ?そうなんですか!?でも…そんな…だって…あれは…」

「不動先生には、手加減が出来ただろうにしなかったことを怒られたよ。怒りに任せて異能を振るってはダメだって、ね?」

「そんな…」


俺の降格に、ややショックを受けた様子のシャーロット。自分たちを助けに来たことで、俺が降格になったことを内心で悔いているのだろか。


「まぁ、先生の言うことはその通りだし、理解できるから別にいっかな。落第しなけりゃ、特に成績にこだわりもないし。まーあと、ほら?シャーロットと同じ寮になるしね?」

「え?あっ…」


そう言うと、意味がようやく頭に浸透したのか、ボッ、とシャーロットの顔が真っ赤になった。うーん可愛い。


「俺は509号室だけど、シャーロットは?」

「え?わ、私は510号室です…」

「もしかして、隣?」

「はい…」


当然、不動先生の配慮の賜物だろう。そこまで露骨に気を使うかね…。そんなにカップルを作りたいのだろうか?異能使いって引き抜きとかも多いんだろうなぁ。


「あの…蒼紀くん!」

「なに?」

「蒼紀くんは、さっき料理が苦手ってお話をしていましたよね?」

「ん?ああ、うん。何度やってもダメダメなんだよね。レシピみたり、いろいろ工夫したけど前衛芸術みたいな料理ができちゃうんだよねえ」


頭の中のユイが不貞腐れながら『半自動でもできないっておかしいですよね』って未だにグチグチ言ってる。もう勘弁してください。


「あのっ…せっかく…お隣さんですから…その…今度…私がご飯をつくりに行ってもいいですか?」

「え?…シャーロットが来てくれるってこと?」

「う、うん」

「いいの?俺は嬉しいけど…大変じゃない?」

「ううん。作ったの誰かに食べてほしいから…」


顔を真っ赤にしてモジモジしながら、上目遣いでそう話すシャーロットを前にしたら、こっちが言うことは決まっている。


「ぜひ!シャーロットの料理が食べたい!」

「えへへ〜うん。頑張りますね」

「あ、でも無理はしないでね、シャーロットができる範囲で構わないからさ」

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