第17話 進路

愛花をベンチに寝かせて、身体の上に俺の上着をかけた。その近くのベンチに俺が座ると、ガタイのいい男性も合わせて隣に座ってきた。


「俺はこれからどうすれば良いんですか?」


俺は不安を押し殺して可能な限り、平穏な声でそう聞いた。


この人の話だと、俺の身体は国家レベルの機密を抱えていることになる。何せ、一般人の記憶は消して回るような組織だ。となれば、このまま何もなく解放ということにはなるまい。


「残念ながら河合の今後については国の方針である程度、決まっているんだ…ほかの処理班がくるまでその説明をしておこう」


ガタイのいい男性はそう言って語りだした。


この男は自らを不動ふどうばくと名乗った。そして不動さんは、いつのまにか点けていたタバコを深く吸ってから、煙を吐き出すと、ゆっくりと語りだす。


「それは20年前に、前触れもなく、突然変異のように現れたんだ」


ある子供は、何もないところから火を出した。


ある子どもは、触るだけで水を凍らせたり、あるいは翼が生えて飛べたり、重機なみの怪力を発揮できたりなど、様々だ。


こうした能力を持つ子供は、20年前から、世界中で同時多発的に現れ、確認されている。


能力の発現に規則性はほとんどなく、親子での遺伝も見つかっていない。そして、今のところ世界全体には、千人ほどの国家に登録された異能者がいるらしい。


そして、日本国内だけ、人口比で言うと20〜30倍ほどの発見率があることはわかっているとか。


そのため世界的な異能の研究機関の多くは日本国内に存在するそうだ。その研究でも日本で発現しやすい理由はわからないが、今のところ日本の地理的要因があるのではとの推測が有力だ。


ほか統計的に判明しているのは、本人の性向にある程度、寄り添った異能が発現しやすいこと。そして1人につき発現する異能は1つであること。


「河合も、何かお前に見合ったような能力を得たんじゃないのか?」

「国の管理なら、いずれ話すんですよね。それなら隠す必要もなさそうなので言いますが、たぶんそういう傾向の能力です」

「そうか。ま、詳しいことは、あとでゆっくり聞くさ。話の腰を折って悪かったな。続けるぞ」


また、12歳の誕生日から15歳の誕生日までの間に発現するということ、発現してそれが見つかるのは世界で年間50人程度、そのうち日本国内では年20人前後もいるらしい。


「異能力者は発見され次第、全て、国の管理下に置くことが国際的な取り決めになっている。日本の場合は、国で定めている高校、大学に進学して、卒業後は警察庁所属の国家公務員になってもらうことになっているな」

「そ、そうなんですね…その国家公務員ってどんな仕事をするんですか?」

「開花した能力と、それを本人がどう使いこなすか次第だな。精神操作能力テレパシーは難事件解決として全国の警察に派遣される」


テレパシーってことは、他人の記憶を読んだりとかが、出来るんだろうなぁ。たしかに警察の捜査には大きく貢献できるだろう。


「一番多いのは…無登録で、違法行為を行う異能力者…通称タイラントへの対処だな」

「タイラント…」

「ああ。全国で一斉に異能を持っているかどうかを検査をするわけではないから、どうしても国家の監視網から漏れてしまう異能力者がいる。彼らが大人しくしていれば、特に問題はないのだが…」

「ああ。犯罪に使う人もいるでしょうね」

「そういうことだ。特に日本は異能の発現率が高いと話しただろう?だから当然、異能犯罪者タイラントの数も多いんだ…」


ほかの異能使いとの戦い…か。


問答無用で金縛りをする不動さんや見ただけで人を洗脳するきらりのような異能力者がいる中、とてもではないが、脳神経製の計算機シナプスカリキュレーターで太刀打ちできるとは思えない…。


「別に、無理に戦わせたりはしないさ。飽くまでもも適性を見て、というところだな」


俺の不安を見透かしたのかだろえ、不動さんはそう付け足した。


「いずれにしても、キミの将来は国家が保証する。国家公務員という中でもかなり特殊な立ち位置だから、相当の高給と立場が約束されている。決して悪い話ではないはずだ」


不動さんは、そう言って懐から出した1枚の紙を差し出してきた。受け取って読んでみるとどうやら、それらの説明が書かれた書類のようだ。


守秘義務やら、やむなき理由で高校に入学できない場合など、様々なことが書かれていたが…。


その中に『高校に入学した時点で期間業務職員と扱われるため、月20万円をベースにした額を支給する』と書かれているのを見つけた。


俺の視線の先を見て、不動さんは何に驚いているのか簡単に見当をつけたらしい。


「ああ。そこに書かれているように学費は取らないし、逆に給料が支給されるんだよ。ちなみにそれは一応、税金やら保険やら差っ引いた手取り額だからな。さらに高校、大学の成績次第ではボーナスも支給されるぞ」

「ほ、ほんとですかっ!」


俺は叔父夫婦にお世話になっており、それはただ一方的にお金をもらっているのと同じだ。


だから、俺は都立高校を選択して、金銭的な負担を極力減らそうと考えていた。いくら悠里さん桜子さんがものすごく金を持っていると言っても、やはり金は金だ。親でもない人が金を使ってくれることに、遠慮があるのは当然のことである。


それがなくなるとすれば、あの優しい夫妻にかける負担もなくなる。いつも抱いていた申し訳なさも少しは軽減するだろう。


「ああ。カリキュラムは普通学習に加えて、かなり特殊な授業もあるから大変だろうがな。まぁ、それはああいう女をきっちりと教育するためにある」


ちらりときらりを見る。呆然としたままのきらりは先ほどから微動だにしていない…。


「きらりですか?」

「ああ。異能者を全てその高校にぶち込むのは異能を持つと少なからず、ああいう性格が破綻したやつが現れるからだ」


人智を超えた能力に溺れるというのはわからないでもない。事実、きらりの性格は破綻した。


「悪いが、お前の幼馴染がそのままでは世には放てないのはお前でもわかるな?きっちりと教育して倫理観を植え付ける必要がある。もしカリキュラム内で性格が矯正できなければ…」

「できなければ?」

「残念ながら、人権すら無視した『処置』が施されることになる。異能は精神的なトリガーで発現させるが、薬の投与でこれを認識できなくする。記憶障害や精神障害も起きるが、これは国全体の安定にもつながることで世界的にも黙認されている措置だ」


精神障害や記憶障害って怖い話だが、それも納得もできることだ。何せきらりのは見るだけで相手を洗脳できるような恐ろしい力なのだ。何らかの安全装置なしでは、一般社会に放つことなどできはしないだろう。


国としては殺さないだけ有情なのかもしれない。


「そのためこの高校…一応、名前は霞ヶ関高校というのだが…全寮制の高校に通ってもらう」

「全寮制…」

「ああ。もちろん、人によっては実質、軟禁となることを前提にそうしている…お前の幼馴染はこの後問答無用で入寮と軟禁生活だ」


高校生なのに何故か払われる給料と、それにともなう行動制限。なるほど、国が絡んでいるだけのことはある。


「お前もできればすぐに寮へ入ってくれ。無理にとは言わないが、入寮すれば三学期はまるまる学校に出なくて良くなる。寮では電気ガス水道インターネット寮費が全て無料だ。一応、課題は出すが、それをこなす以外は比較的、自由にできるそ」

「その代わり、俺のデータが取られるわけですね」

「そうなる。ま、いずれにしてもデータは取るから高校入学後か、それより先になるかだけの話だな」


なるほど。それなら先に寮に入ってしまいたいな。


悠里さんの近くにいると、自然と愛花の情報が入ってきそうだからだ。


記憶がなくなった愛花の話を聞いてしまうと、いろいろと辛い気持ちになるのは想像に難くない。もし顔を合わせても、きっとこっちは知らないフリをしないといけないだろうしな。


「すぐに入寮させてください」

「そうか。記憶失った恋人からは距離をおきたいだろうからな。わかったすぐに手配をしておく」


トントン拍子で話が決まっていった。


あのとき、そう脳神経製の計算機シナプスカリキュレーターを手に入れたときから、もう俺は普通の中学生生活、高校生生活といった青春を手に入れることはできない運命にあったようだ。

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