第16話 異能者
「そこまでにしようか」
場違いな、だが妙に落ち着いた、低い男の声が公園に響いた。
すると、その低い声に乗せて、きらりが先程の出していた力の波のようなものを感じる。途端に、俺を押さえつけていた男たちが突然、ぴくりとも動かなくなった。
「なっ!?なにがっ!?」
見てみれば、愛花を押さえつけていた警官も、まるで石像になったかのように動かなくなっている。
そして、周りの男たちが固まった直後から、押さえつけられている力が急速に抜けているのを感じた。俺は慌てて、男たちの拘束から抜け出してから、愛花のもとに駆け寄る。
「愛花っ!大丈夫かっ!」
固まって動かない警官を蹴り飛ばして、愛花を抱き上げる。返事はなく、やはり先ほど気を失ってしまったままらしい。
ただ胸は上下していて、呼吸はしているので命の心配はなさそうだ。服も乱されていない。
(何が起きた?この男たちが何で動きを止めたのか理由はまったくわからない…が、さっきの低い男の声と関係ありそうだ…)
とにもかくにも、愛花がひどいことに遭う寸前でどうやら助かったらしい。
「はい。ヴィクティムが9人、ストレイが1人、もう1人もたぶんストレイです」
さっきの声の低い男が何か話している。今さらながら俺はその声の主を初めて見た。大柄で、ぴっちりとした背広を着ている男だ。
どこかしらに電話をかけていて、言葉遣いから、その相手は男よりも立場が高いらしい。
「はい、はい、確保しました。で、ヴィクティムたちはどうしますか?」
パッと見には、30歳前後。角刈り頭にがっしりとしたガタイは山田より一回り大きい。恐らく格闘技をやっている。
身体には高そうなダブルのスーツを纏っているが、正直サイズが合ってない。盛り上がる全身の筋肉を少しも隠せていないのだ。
「やっぱり部分的な記憶消去ですね?そうなりますか…知り合いがいる人間には酷ですが…はい…はいわかりました…手配お願いします」
話している内容はよくわからないが、あまり穏当なことには聞こえない。すると、ちょうどガタイいい男を見ていたタイミングで視線があった。
「その女の子は君の恋人かい?」
「はい」
「そうか…で、だ。キミ…河合蒼紀は、どうやら他人とは違う何かを持っているね?」
「!?」
「なるほど、図星か…つまり、キミもストレイということだな…」
内心の驚きが顔に出てしまったようだ。まず俺の名前を知っているところから不意を突かれてしまったせいなのだが、完全なミスである。
筋肉男が言うストレイの意味はわからないが、何かを当てられたらしい。文脈からすると…俺の
「実はな、キミや星空きらりが使った普通には説明できない能力のことを正式には…国家などで使う正式な文書では…『異能』というんだ」
「…異能…ですか…?」
国家?正式な文書!?急にスケールが大きな話になってきたぞ…。
「それでだ。そんな異能を持つ人間はキミたちの2人だけではない。俺も当然、異能を使える…
「その…ほかにも持っている人が…いやいやそれよりなんで、俺たちの名前を知っているんですか?」
「観察していたんだ、キミを…ま、キミはどっちかというとオマケだったんだけどね」
そう言って、彼はきらりの方を見る。
「一昨日、池袋駅周辺の繁華街と有楽町線内で、彼女が異能を使った洗脳を行い、その痕跡が見つかっている」
一昨日…というとテスト初日。愛花と仮初の恋人になった日。そして、きらりと愛花が出会ってしまった日でもある。
痕跡を残した、ということは、そのタイミングでこの洗脳能力をきらりは使えるようになったのだろうか?それとも、もっと前から使えたのだろうか?
「そこから周辺情報を洗い、まずは星空きらりにたどり着き、さらに観察をして、彼女が異能を持つ人間だと確信したんだ…そこで星空きらりの周りをチェックしていた訳だ」
「きらりをチェックしていれば、自然と俺にも当たるという訳ですね」
「そういうことだ…」
そう言えば、この人はさっき『人の形をした生き物を動けなくする』能力を持っていると話していた。つまり、さっききらりに洗脳された人たちが動かなくなったのはこの人のお陰ということなのか?
「その貴方が持っている異能?を聞く限り、さっき俺たちを助けてくださったのは貴方ということですよね。ありがとうございます」
「いやいや構わんよ。こっちは仕事だしね。で、河合は星空の洗脳が効かないようだし、さっき叫んでもいただろ『お前も何か力を持ってるのか!?』ってな。それで河合も何かの異能を持っているんじゃないか?って疑ったんだ」
「そしてカマをかけた、と」
「ああ、そうなる」
見事に引っかかったが…。さて、この異能がバレてしまった場合どうなるのだろうか?
「実は、国家間の話し合いでな」
「国家間…」
国家の文書の次は国家間の話し合いと来た。要するに異能というのは世界スケールの話らしい。何かもう話の規模が大きすぎて、一中学生の俺にはついていけない。
「そう、可能な限り『異能』の存在を世間一般に知られないようにする。各国はそうなるように可能な限り努力をする。そういう取り決めがあるんだ」
冷静に考えてみて、例えば、きらりの能力なんて、世間に広まったら大変なことになる。俺の能力だってズルいやらなんやら言う人がいるかもしれない。
しかし知られないようにする…か。
先ほどこの人が電話先の誰かと『部分的な記憶消去をする』云々と話をしていたよな…。異能がほかにもいるなら、記憶を操作できるような異能がいてもおかしくない。
「もしかして…その国家間のルールみたいなのがあるから……異能とやらを使って…愛花の記憶を消すんですか…?」
「ああ。消す」
「……」
ガタイのいい男は、おほん、と咳払いをして、愛花や未だに白目を剥いた上に、動けないでいる男たちを見た。
「そこの少女と操られていた男たちの記憶は消させてもらう。もちろん、全部ではなく、キミ、河合蒼紀と…星空きらりに関する記憶を消すだけだ。だから今、襲われた怖い記憶も消えるだろうな」
「!?」
記憶を消す、というとネガティブなイメージしかなかったが…。そうか…怖い記憶を消す、ということもあるんだ。
「河合蒼紀…星空きらりの幼馴染で、14歳。5年前に両親を亡くし、現在は叔父であるバッカスエンターテイメント社長の河合悠里が保護者になっている。得意は勉学全般で知能は高い。運動が苦手だが何故か、女優見習いである恋人の殺陣の相手を勤めている」
「よく調べましたね」
「これくらいならばな…」
角刈りマッチョは、先ほどから俺のような子供と話しているのに、妙に紳士的だ。見た目に反して話し方も、かなり理知的だし、丁寧だ。
「その…きっとあなた達は国家組織とか何かなんですよね?」
「察しがいいな…そ、俺たちは国家機関だ。組織図上は警察庁警備局の特定犯罪対策課、通称センチネルという。そのセンチネルが国家間で決めた『可能な限り広めない』という約束を守るために奔走する組織という訳だ」
「広めないため…ですか」
「まぁ、河合の異能は運動神経が突然上がったのと関係があるのだろうが…観察をしていてもそれ以上はなんだか分からなかったがな。でも、こっちの彼女のはさすがに隠せないだろ?」
声を掛けるだけで、男たちが白目を剥きゾンビのように従う…洗脳のような操り方をしていた。どう説明をしても、きらりが異様な能力を持っていることは隠せないだろう。
ましてや、この人の言い方だと操られていた人たちにも記憶が残っているみたいだ。そうなれば、なおさらこのままでは誤魔化せまい。
「でも、あの記憶を消せば、愛花が体験したあの怖い記憶も消えるんですよね」
「ああ。そうなるな。広まることを防ぐのが一義的な目的だが、恐ろしい記憶を消すこともそうだし、異能と関わることで様々なトラブルに巻き込まれることもある。そういったことから一般人を守る意味もあるんだ」
だが、そうだ。俺の記憶を消すのだ。それは愛花との別れも意味する。
愛花との時間は楽しかった。もともと付き合えるのはあと数日のことかも知れないが、もっと彼女のことが知りたかったのも確かだ。
愛花の嬉しそうな顔。
愛花の少し照れた顔。
愛花の真剣な顔。
俺に向けていたあの表情が失われる。俺のものではなくなってしまう。でも、あんな連中に襲われた記憶なんかなくなった方がいいだろう。
そうだ…愛花のためにはそれが一番なんだ…。
それにこの人の話だと、こんなヤバい能力を持っているやつがほかにもたくさんいるらしい。もし、そんなのに愛花が狙われることになったら…そう考えるだけでゾッとした。
「わかりました…お願いします」
気づけば、涙が溢れていた。
もともと愛花との恋人ごっこは長くて1週間程度の話だった。まもなく別れがくることは決まっていたことではある。
それでもだ。
こんな形で終わる予定ではなかった。お互いに思い出を持って、それぞれの道を行くはずだったのだ。
それが…両翼で揃いぶみの思い出の片方が、千切られることになった。俺はその原因となった…幼馴染の女を睨みつける。
きらりは、どこか呆然とした顔で地面に座り込んでいた。あいつは今、何を思っているのだろうか?
「キミとこの子との関係を知っているのは、キミの叔父夫婦だけかな?」
「あ、はい。いや、あと今日立ち寄った美容室の店主だと思いますが…まさか!?」
「ああ大丈夫。その美容室の店主は…あとで確認しておこう。それとキミの叔父夫婦には国から話を通すから記憶は操作しない…保護者にだけはさすがに隠しきれないからね…秘密保持契約をして説明することになっている。もちろん協力の見返りもキチンとするし、国から護衛もつくから安心してくれ」
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